安吉の名にかけて!「のりもの」篇

【新幹線13番線の謎】
キングスクロス駅の9と3/4番線のごとき幻のホームがナガオカ駅にもあるらしい。投稿者さん談、

長岡に帰省の際、いつもはすぐに新幹線を降りたら改札に向かうのですが、ホームにしばらくいてみて気付きました。12番線ホーム(東京→新潟方面)の反対側にある、白い柵の向こう側の部分は何なのでしょう?

線路は敷かれてないもののどうみてもホーム。
13番線を造る計画がある(あるいはあった)のでしょうか?

あらっ、ほんとだ。新幹線はしょっちゅう乗るのにどうして気付かなかったのだろー。たまに回送車両がバビューンと通っているのを見ることがあるので、ソレ用?とも一瞬思いましたが、線路がないんだから無理ですよねえ。銀河鉄道かK100か……って、古すぎ……。
(2004.05.15)

ほとんどの読者さんを置きざりにすると思われた主宰の激古コメントにもかかわらず、続々と続報が。

■新幹線13番ホームの謎ですが、以前TVで取り上げていたキオクがあります。
13番ホームが設置されている理由は、「北陸新幹線」(だったかな)を通すため、なのだそうです。
東京〜新潟間を結ぶ上越新幹線と、北陸側の都市(富山、金沢方面ですね)を結ぶ新幹線との乗り継ぎのために、上越新幹線長岡駅が出来た当初からそれ専用のホームを設置した、とのことでした。
しかし不況のせいか利用客がそれほど見込めないためか?北陸新幹線の計画は頓挫、13番ホームも出番なしという現状なのだそうです。
(女性/昭和40's)

■これは、上越新幹線開業頃の幻の計画、北陸新幹線のためのホームではないかと思います。
当時は富山・金沢方面への新幹線の計画が複数ルートあり、長岡から直江津を経るルートも有力視されていました。その時になってホームを拡張するのは手間、という判断だったのでしょう、あらかじめ1レーン増設されていたようです。
最近新幹線ホームに行ってないので未確認ですが、確か反対側にも1レーン、レールのないホームがあったような…。
(男性/昭和40's ……送信ボタンを押すと、メーラーが立ち上がって意味不明の(正確にはURLエンコードされた)文字列が本文としてはいるんですが、大丈夫でしょうか。

■北陸新幹線を長岡に通すつもりで角栄さんが長岡駅にホームを作っておいたものの、結局使われずじまいでおわりそう、って噂を聞いたことがあります・・・違ってたらごめんなさい。
(?性/?'s)

■新幹線13番線ホームですが、故田中角栄氏が将来北陸新幹線を通すために作らせたものだそうです。
国鉄に勤めていた祖父(故人)が「角栄さんが作ったけど使われてない」ってなことを言ってたのを記憶しています。
今年の初め、朝日新聞新潟版の[新潟のイフ]という特集でも取り上げられていました(新潟のイフ(8)角栄さんが健在だったら…… )。
(?性/?'s)

■トレイン他スポッティング、新幹線13番ホームについて。
あれは、かつて北陸新幹線用に作られたものです。
正確に言うと、角栄さんが作らせた・・・。
上越新幹線開業時には長岡から柏崎を経て北陸方面へ向かう新幹線が計画されていました。
しかしその後、ほくほく線(北越急行)開業や長野新幹線(北陸新幹線)の長野以北建設が推進されたため、現在、この計画は白紙に戻っています。
柏崎あたりは、フル規格新幹線でなくとも、スーパー特急での計画復活を期待しているとかいないとか・・・。
角栄さん御健在なら、このホームから北陸方面へ新幹線が出ていたかもしれませんね。
(男性/昭和40's)

うおー、なるほど。キーワードは『北陸新幹線』『田中角栄』のようですね。いにしえの列島改造期の遺物。なんとなく恐竜の足跡化石を思わせる……。

そして業務連絡。2番目の投稿者さん、ウチの投稿フォームが怪作動してすみませんです。本来はメーラを立ち上げずに送信されるハズなんですが……。他にも起こっているかたはいらっしゃいますでしょーか? URL文字(「%8C%9F%8D%F5」←こんなのですね)なのは、それがデフォルトなのでおっけーでございます。
(2004.05.23)

さらに続報! 数字の不吉さもそのミステリアスぶりに拍車をかけたと思われる13番線ですが、どうやら番号違いであるらしく。投稿者さん談、

新幹線の空きホームの件に関して修正点があります。
「東京→新潟方面」の乗り場は12番線ではなく、11番線です。(12番線は東京方面行きです)
従って空きホームは、正しくは10番線となります。
これは改札口に近い方から順に、1・2・3番線・・と呼ぶ為です。
また駅によっては、1番線の後ろにあるホームを0番線とする所がある為、今回の新幹線の空きホームに当てはめると、新潟方面行きの11番線の隣にあるので10番線と呼ぶ事になる訳です。
(男性/昭和50's)

あらま、抜けているのは「10番」でしたか! 10番といえばサッカーじゃエースナンバー。このさきずっと10番不在ですか、ナガオカは……。
(2004.06.19)

new!
なんと7年ぶりの続報!

長岡駅新幹線ホーム11番線の隣の幻の10番線の件についてですが、マニアック(?)な本に北陸新幹線ではなく、富山ー上越ー長岡ー新潟ー青森を結ぶ整備新幹線の一路線・羽越新幹線用のホームだとかの記述が・・・。
さらに、その本には東京方面行き12番線の隣には羽越新幹線用ホームの建設できるような構造になっているとの事で、12番ホームの壁寄りに若干隙間が空いているそうです。

マ、マニアックな本って、『鉄道スナイパー』とか『鉄族』とか、そんなのがあったりするのでしょーか。
そして新説「羽越新幹線」。北陸新幹線と上越新幹線と羽越本線を繋ぐ感じですかねえ。商業的にはあんまり成功しなさそうな地味ラインですが(^^;、今回の地震で太平洋側の東北ルートがしばらく使えなかったことを考えると、裏日本日本海側にバックアップ路線があるのもいいような気もしてくる今日この頃。(2011.07.09)


【循環バスの謎】
『くるりん』として華々しくデビューした循環バスだが、実は循環線は他にもあるらしい。午前中を中心に、「中島・日赤・江陽団地先回りの悠久荘・長岡駅」をくるくる回っている模様。路線番号は中島・日赤先回りが1番、北長岡・悠久荘・蔵王橋先回りが2番とのこと。同じ循環バスなのに、愛称もつけてもらえず、地味に路線番号で呼ばれているこのバスたちと、アイドル売りの『くるりん』たちは、深夜の車庫でケンカしていないのだろうか……って、機関車トーマスか。なお、この扱いにグレているのか、『1番』『2番』バスたちは、一周しても駅からの通算で料金を取るらしい(『くるりん』は一周すると初乗り料金の150円)。
また、運転席左上方にある、停留所ごとに紙がパタパタ落ちてくる料金表は、メーカーと共同開発した越後交通オリジナル機器であるらしい。

続報。車庫内バトルが懸念された二つの循環バスだが、『くるりん』は越後交通本社営業所、『1番2番』は北長岡営業所管轄なので、同じ車庫に入ることはないとのこと。ならば駅バスターミナルで擦れ違った時などに小競り合いが……って、ウンナンの地下鉄コントか。

続々報。そんな 『くるりん』にもバリアフリーの波。歩道の高さからほとんど段差なしで乗れる超低床バス(ノンステップバス)が運行中。同タイプのバスは悠久荘路線にも採用されているらしく、上記『1番』『2番』に格差が生じないものか、危惧されるところ。また、ハイテク化の波も押し寄せ、停車案内がテープからデジタル(データ方式)になったらしいとのこと。いまに人工知能搭載に……って、ナイトライダーか。って、どんどん例えがマニアックに。

続々々報。この↑新ノンステップバスは、今年(2001年)7月から走りはじめた中型タイプとのこと。大型のものは平成9年の開設当時から運行していたそーです。悠久荘路線のほうは、同じノンステップバスでも、銀バスボディーとのこと。同路線は北長岡営業所の管轄、南北対立の構図が浮き彫りに!?……あ、『南』じゃなくて『本社営業所』か。

2003年、『くるりん』バージョンアップ情報。行き先を表示する方向幕が、従来の巻取り式の『幕』から電光表示板になったとのこと。昨年夏に入った短尺ノンステップの2台がまず電光化、続いて年明けに開設当時からある大型のノンステップ2台も、だそーです。……主宰の利用している都内多摩地区のO田急バスはいまだ『幕』だなあ。

ナガオカのバスのアナウンスへのツッコミ一件。
例えばメガネ屋の近くのバス停の場合、バス停名をアナウンスしたあと……
 他地域:「宝石めがねの○○堂へおいでのお客様はこちらで御降りください」
 ナガオカ:「宝石めがねの○○堂へおいでのお客様はこちらがオベンリです」
「お元気」とか「お上手」とか、形容詞に「お」がつくのは悪くはないんですけど、なんだかくすぐったいとゆーか、おバカ丁寧ですね(笑)。

new!
2003年10月、『くるりん』にまたもライバル登場! 投稿者さん談、

昨年10月より「南循環バス」が運行されています。
主なルートは、長岡駅大手口・中央病院・長岡駅東口・市民体育館・花園町・錦町、曙町・南部体育館・宮内駅角・宮内小学校・市役所・健康センター・千手・大手通りです。
これが出来た事により、駅の大手口と東口がバスで直結されました。
ちなみに内回りは、健康センター・市役所方面先回り。
外回りは中央病院・長岡駅東口・市民体育館方面先回りとなります。
全便ノンステップバスでの運行で、東長岡営業所が担当します。
料金は、150〜190円の間で循環します。(くるりんと同じ料金体系)
長岡駅〜宮内1丁目(旧・宮内病院前)間で半周になります(190円)

最後に、ここ1〜2年で導入されたノンステップバスは全て、行き先はLED表示化(電光化)されています。幕式タイプは、北長岡営業所に2台だけあります。
(男性/昭和50's)

はいはい、これ乗ったことあります。市役所から駅に行くのに乗ったんですが、駅は終点だからボタン押さなくていーやとノンビリ構えていたら、運転手さんに「降りないんですか?」と言われてしまい、市内のメイン路線が循環になったことを知りました。エイプリルフールには「回り過ぎてバスがバターに…」のウソニュースをやってくれないかなあ、越後交通さん。



【越後交通バス停の謎】

悩める投稿者さん談、

「越後交通のバス停には赤いものと青いものとがありますよね。
あの赤と青には何か意味があるのでしょうか?
路線で色分けされてるわけでもなさそうですし。
長岡に生まれて30年以上たち、長年、越後交通のバスを利用していますが、基本中の基本を知らないまま、過ごしてきたような気が…。

    

赤と青といえば、以前はバスそのものも赤と銀のウルトラマンカラーのバスと青と白のタイプとがありましたね。
最近、青と白のバスを見かけませんが、なくなったのでしょうか?

はてさてこれはどういうことか。デニーズに赤デニと黄デニがあるようなものなのか、というわかりにくい例えはさておき、続報を待つ! 赤デニ黄デニの謎も内心ちょっとだけ待つ(笑)。

●続報が続々。まずは赤バス停と青バス停について。

「市内線と郊外線に区別していた時の名残りではないかと思われます」

「青は市内線(いわゆる各停バス)。赤は近郊の街を発着するもの(見附や栃尾、小千谷、十日町、柏崎、与板方面など)です」

とのことで、かつて市内線/郊外線の区別が明確だったころ、市内線を青、郊外線を赤と塗り分けていた名残であるらしい。両方の路線が利用する停留所もあるのだが、紫か!?という期待を裏切り、

「赤と青が半々になっている」

とのこと。キカイダー状態なんでしょーか。そんなレアバス停(やわらかいバス停みたい…)は、「柏町や宮原2丁目」「新町2丁目」で見られるらしい。ちなみに、

現在は基本的に、赤色は『越後交通本体の路線』で、青色は『越後交通の子会社の路線(廃止代替路線)』となっています。

であるそうな。親藩・外様ですか。

●そして、赤銀バスと青白バス問題。なんとなくバス停のカラーリングと同じ匂いを感じさせると思ったら、やはり。

『銀色に赤帯のバス』と『青と白のツートンカラーのバス』も現在では本体の路線と、子会社の路線に分かれています。
今は無き特急が、青いラインが入ったハイライトカラーバスが多かった。

ああっ、昭和っ子の主宰も「青っぽいバスは遠くまで行く」というイメージ保有でございます。そのカラーリングのそもそもの理由については、こんな驚くべき情報が到着。

実は『越後交通』に合併する前、当時の『中越自動車』が東急の傘下にありその時のボディーカラー(銀色に赤帯)が、今でも使われているんです。

にゃんと、払い下げボディカラーであったとは。オレンジ&緑の汽車(^_^;)が東海道線の払い下げだったことを知ったとき以来の衝撃。
ただ、現在はバリアフリーの波で、おニューのノンステップバスも増えているとのことで、

越後交通のノンステップバスが、県内最多の13台(平成15年5月31日時点で)になっております

これらはきっと全面広告のラッピングバスですね。『くるりん』は独自デザインだし、払い下げとは言え懐かしの赤バス青バスはどんどん減っていくのでしょーか。


【ちっちゃいタクシーの謎】
 タクシーといえばセダンタイプの車を連想するが、ナガオカでは時おり妙にちっちゃい1000ccくらいのハッチバック・タクシーが走っており、いっちょまえに駅タクシー乗り場にも並んでいたりする。「友達の車に乗せてもらっているようだ」と利用者談。白タクではありません、念のため。
 また、車椅子リフトつきの福祉タクシーも、デミオなどの、このテの車両にしては妙にちっちゃいハッチバックが採用されている。ナガオカのタクシー業界は「妙にちっちゃいハッチバック」好きなのか。


【金色ワゴンの謎】
 ナガオカの「のりもの」界で、ある意味ナゾ度ナンバーワン。金色ボディのワゴン車に男性の顔と署名のペイントがある。個人蔵。「独特のカラーリングとあの似顔絵など、不可解過ぎる車を見て、小一(当時)の僕は、や○ざか!?などと思っていました」とのご投稿。しょ、小一……。
 かなり若い読者さんの次はかなり近い関係者さん談、「昔はピンクのGTOに乗ってたと思います」。そのまま乗用されていたら、ナガオカの「のりもの」界のハデな謎がひとつ減っていたわけですね。あ、ピンクのGTOでもハデですか、じゅうぶん。


【南海バス新規参入〜北回り関西路線】
なんと越後交通以外のバスが来岡(<長岡新聞とかでよく見る表現)! 投稿者さん談、

2008年4月25日より、長岡駅と大阪の堺市(JR堺市駅)を結ぶ高速バスが運行を開始します。(共同運行:南海バス)
1日1往復の夜行便で、長岡駅22時30分発、堺市駅に翌朝8時17分着。
堺市駅20時55分発、長岡駅に翌朝6時41分着との事。
片道約10時間で、料金は大人片道8700円、子供4350円。
北陸・名神・阪神道を使い、途中柏崎駅や京都駅を経由するとの事。
ちなみに長岡から乗れる県外高速バスは、新潟〜池袋線に次いで2つ目で、長岡駅発の県外高速バスはこれが初めてとなり、同時に県外のバス会社が、路線で長岡市内を走るのも初めてになります。
「学生や観光客の方に利用してもらいたい」と越後交通側は話しているそうです。
(なお1月12日付の新潟日報に、この記事が掲載されておりました)

長岡〜関西の乗り換えナシののりものはかつてはJR「雷鳥」で鉄板でしたが、いまでは金沢止まりですからねえ。琵琶湖&日本海のレイクビュー&オーシャンビューという水辺好きにはたまらない経路なので、夜行なのが残念な。(2008.02.17)

「雷鳥」なき今も、鉄道に長岡〜関西のりかえナシ路線がまだあるよ続報!

難波〜柏崎・長岡間の夜行バス参入まで関西地区からナガオカまで乗り換えなしで行けたのは急行「きたぐに」数少ない夜行急行列車です。
大阪を23時30分前に出てナガオカには7時30分前に到着します。
今やここだけのB寝台は3段で、中段、上段ははっきり言って苦痛というか寝るだけ・・・・・夜行バスが開設したのもあるのか夏休みや冬休みでも1ヶ月前SOLDOUTではなく何とか取れるようになってきて先行き不安の感じが・・・・。
そういえば昔は大阪〜新潟間の寝台特急「つるぎ」や名古屋〜松本・名古屋経由〜新潟の急行「赤倉」なんていうのもあり色んな方法でナガオカ入りできたんですがね。最近は年取ってしんどくなってきたので東京経由で新幹線でナガオカ入りです。

なんと、北回り関西ルートに寝台車があったとは。実は主宰、けっこう寝台車好きなのに、「きたぐに」知りませんでした。3段ベッドの寝台車って、カーテンだけのヤツですよね。もうこの路線しかないとは。たしかに心もとないですが、バスよりラクな気がするけどなー、と思うのは主宰がバス酔いっコだから???(2009.02.22)


【消えたローカル線】
 ナガオカのローカル鉄道も、他地域同様、昭和40年代からガンガン廃止されていった。

・栃尾鉄道
 通称「とってつ」。その名の通り、終点は栃尾。しかし、栃尾まで行く人はたぶん少なく、もっぱら悠久山に行くときの市民の足であったと思われる。表町の踏切付近にも駅があり、実は主宰も利用した記憶がある。主宰の幼い頃のアルバムに、この鉄道の廃止セレモニーのときみたいな写真もあるのであった。
 我々にはサビレ期の記憶しかない同鉄道だが、全盛期、それも花見シーズンには、ダイヤ無視の折り返し運転をやってもなお乗客がさばききれず、あふれた人々を貨車のなかに詰め込むほどの繁盛ぶりだったらしい。なんだかアジアン・ムード炸裂な。また、「父が、浦瀬駅から先のところで調子に乗ってスピードを出すと、すぐに脱線しちゃうんだよなぁなんて事をよく話しておりました」という、恐ろしくもノンキな談話も寄せられた。

・飯山線
 長野の飯山市までいく路線。近年、『ほくほく線』として復活。以来、上越新幹線が越後湯沢でびっくりするほど混んだり空いたりするようになった。『ほくほく』エリア人口、あなどれず。
 ……と書いたものの、すみません、わたくし間違えまくっておりました。『ほくほく線』と『飯山線』は別物で、JR飯山線は越後川口駅から長野県の豊野駅まで現在も元気に運行中、というツッコミがマジ殺到。そもそも『ほくほく線』はJRではなく、六日町から犀潟(北陸本線)を結ぶ、第三セクター北越急行株式会社の路線とのこと。「『愛奴隷』から『クイーン』のように、『クラブ・E』から『クラブ・いーとも』のように、名前が変わっただけじゃありません」というわかりやすいご説明も寄せられた。これなら小さなお子様も納得!……って、小さなお子様はそんな例を知ってちゃいけませんけど。ちなみに人気駅弁は『くびきの押し寿司』、なぜか長岡駅でも販売中。
 また、越後湯沢で上越新幹線から激しく乗り降りしているのは、『ほくほく』エリア人というよりは、『ほくほく』エリアを経由して富山・金沢方面に向かう人々らしい。現在この路線が東京・金沢間の最短ルートであるとのこと。そして、その結果、この『消えたローカル線』コーナーに追加項↓が……

・雷鳥/白鳥
 上記の富山・金沢行き新ルートの陰に、伝統ある路線が消えてしまった。それは、特急『白鳥』&『雷鳥』。『白鳥』は、大阪から北陸まわりで長岡を通り、さらに何と青森まで行っていた超ロングラン特急であったが、2001年3月2日をもって完全に消滅。大阪〜金沢・富山〜新潟ルートだった『雷鳥』は、同日、大阪〜金沢・富山に規模縮小されたとのこと。「昔は新幹線を乗り継いで京都に行って、帰りは雷鳥という修学旅行が一般的だったのに…」というお嘆きの声も。私も、あの琵琶湖のほとりを北上して日本海へ抜けていく路線って、旅情バクハツで好きでした。
#なのにこのマック、『雷鳥』が出ないし。『羅胃腸』『裸胃腸』『等胃腸』…。

・越後交通貨物線
 大島〜長岡技大付近を走っていた貨物線らしい。跡地は現在細長〜い空き地になっているとのこと。詳しくは長岡市非公認HP長岡の"迷"所案内へ。
 この路線、本名は『越後交通長岡線』、通称『長鉄』というとのこと。「ちょーてつ」と読むのでしょうか。往時は川西地区の西長岡を中心にして来迎寺から関原・与板そして寺泊まで走っており、なんと旅客営業していたらしい。それは1975年に全廃、貨物業務だけはひっそりと1995年まで来迎寺から西長岡まで営業していたという。「西長岡駅の跡は整地されて噂では住宅地として分譲するようです」とのことだが、線路跡の細長〜〜〜い空き地の行く末はあいかわらず不明。

 続報。上与板駅付近にはいまもなおレールが残っており、それは廃止当時「田中角栄がまた鉄道を復活してくれる」という噂がまことしやかに流れていたかららしい。いまは「真紀子さんが…」に変わっているのだろうか? また、貴重な現役当時(貨物線)の画像↓もいただきました。『世界の車窓から』のテーマ曲が聞こえてきそうな。

 田園風景に似合う貨物列車No.1、「ちょーてつ」に新メンバー(といってもすでに廃止されてますが)登場。
 「昭和50年代頃まで西長岡駅から今は無き日産化学の工場(多分岡村町のあたり天然ガスを使った肥料生産工場?)へも貨物引き込み線がのびていたようです。ですから西長岡駅からは3方面に渡って線路が広がっていたようです」とのこと。根強い人気と多面展開、「ちょーてつ」はナガオカ鉄道界のモー娘。か。

・北越グループ貨物線
 ↑こんな名前じゃないと思うけど、北越製紙や北越メタルの工場から北長岡駅にリンクしていた貨物線らしい。
 1985年頃に廃止されたようです、とのこと。また、「北越製紙と北越メタルは全くの別物です。製紙のグループは文化自動車学校やその前のニッカンがグループであり、メタルは北越製紙グループとは一切関係ないもん!!」というツッコミも。たやすく迎合しないのがメタル魂か。

・特急とき
 ローカル線ではないですが、廃止仲間ってことで。上越新幹線の陰にそっと消えた東京行きの『汽車』。蒸気機関車でもないのに、当時はそう呼ばれておりました。

・鈍行
 ……さえない項目名ですが、「上野発長岡行き鈍行列車」「長岡発米原行き鈍行列車」のご投稿があったので。これらもいまはもう無いそうです。『青春18きっぷ』ユーザーはいまはどうしているのだろう?
 しかし、先般終了した野島伸司ドラマ『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ』で市民に衝撃を与えた「タッキー&フカキョン市営スキー場遭難エピソード」において、ふたりはこの『鈍行』でナガオカ入りした模様。ナガオカ、そーゆー土地という設定なのね…。

 続報。『青春18きっぷ』ユーザーは、いまも元気に長距離移動しているらしい。かつての『鈍行』に代わるものは『長距離快速』。有名な『ムーンライト号』が代表格。青春18きっぷ利用の場合、「なんと東京往復が、最低\2300+\510(指定席料金)」だそーです。ヘビーユーザーは、これで東京から新潟まで行き、新潟港からフェリーで北海道へ向かうらしい。元気すぎ。
 また、昼間にも同様の列車はあるらしく、「長岡を7時前の電車に乗り、上野を夕方6時前の電車に乗ればその日のうちに帰ってくることが出来ます。たったの\2300で」と投稿者さん談。これまた元気すぎ〜。

・新幹線リレー号
大宮止まりだった頃の上越新幹線の名脇役。ショボいのにゴチャゴチャしていた当時の大宮で途方に暮れていた県民を、上野まで運んでくれていた。車中には『リレーガール』と呼ばれる客室アテンダントがおり、旅客のアコガレを一身に集めながら、トイレもない車両で飲み物をガンガン売るというサービスを展開していた。そのリレガ嬢は、当時をしのんでこう語る。

私は20年も前、東北・上越新幹線リレー号のリレーガールをしていたものです。
当時のリレー号にトイレは有りましたが、タレナガシ式でした。
乗り換え時間も15分間だったので、新幹線で落ちついたお客様が、使用してしまうのです。「走り出したら使用してください」と案内したにもかかわらず、停車時間に使用する方も多く、大宮駅7番線が大変汚かったのです。

あら、ありましたか、トイレ。でも、つぎはどーぞ違う思い出をっ。その他のツッコミどころは上越新幹線ソングの項参照でございます〜。

・お猿の電車
 路線は「悠久山の団子屋さんの裏手」とのこと。こ、これも「消えたローカル線」か…。

・モノレール
1960年代に存在したらしい。深緑色のボディ、吊り下げ式。運賃等は不明。設置場所は、大和デパート屋上。……え?

NEW!
ものっそ久しぶりの続報。投稿者さん談、

昨年、夏にナガオカに家族で行ったとき、大手通で転々と写真展をしていました。
ちょうど、大和の前に来たとき、この写真がありましたので、デジカメで撮りました。

ひいっ、これ、どういうアングルなんだろう。めちゃめちゃ高所にぶらさがってるんですけど! たぶんマッタリした速度なんだろうとは思うんですが、花やしき的なコワさが〜(^^;。(2008.10.13)

・プロペラ機
1960年代に存在したらしい。赤・黄・青・緑など色違いボディ4〜5機、吊り下げ式。設置場所は、成願寺温泉庭園。……ん?

...To Be Continued!


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