人工生命(1)    98/10/16   

 【人工生命とは】

 『人工生命 Artificial Life』( A-Life, AL)
とは何なんだろうか。そしてこの言葉によって、研究者たちは 何を目指しているのだろうか。
 言葉だけを聞けば、魅力的に感じる人もいれば、むしろ平凡なイメージを受ける人もいるに違いない。考えてみれば 「人工的に生命を造る」ことは、古代からいつの時代も変わらず人々の夢であったし、悪夢でもあった。ピグマリオン、 ゴーレム、フランケンシュタイン、鉄腕アトム、などなどのヒーローやアンチヒーローたち、あるいは精巧をきわめた からくり人形が、その何よりの証拠だ。

 科学の文脈内にこの言葉を取り込むためには、まず具体例に即して人工生命のイメージを掴んでおくために、 レイノルズの「ボイド」の紹介から始める。

 【コンピュータの中の鳥の群】

 クレイグ・レイノルズ
は大学卒業後、コンピュータ会社のアニメーション部門で働いていた。コンピュータ・グラフィックス を使ったアニメーションにいかにして自然の動きを与えるかが当面の課題だった。とりわけ、動物の群のふるまいを アニメーションで表現することが問題だった。

 彼は実際の鳥の群を根気よく観察した。鳥たちは群をなして飛び立ち、いっせいに急旋回したり、分かれたり、 乱れたりしてもまた一群にまとまっていく。まるで群全体が一つの命令に従っているように見えたが、実際には そんな命令を出している鳥などはいないことに、レイノルズは気づいた。(本稿終わりの『群知能』を参照のこと)

 インスピレーションーー鳥の群は、驚くほど統制の取れた振る舞いをするが、しかし一羽一羽の行動はあくまで 分散的で、近くの鳥の行動にしか反応していない。個々の鳥たちの行動に、近くの鳥の行動に反応する簡単な規則を 与えてやれば、鳥の群全体が自然なふるまいを引き起こすのではないか。

 彼は考えた結果、次の3つの規則を作ってみた。
  1。近くの鳥たちが、数多くいる方へ向かって飛ぼうとする。
  2。近くの鳥たちと、飛ぶ速さと方向を合わせようとする。
  3。近くの鳥や物体に近づきすぎたら、ぶつからないように離れる。

 この3つの規則に従うコンピュータ上のシミュレーション・モデルを「ボイド( Biod)」(鳥もどき)と名付けた。 このボイドは予想以上の”自然”な動きを見せ、スクリーンの中の障害物も回避した。

 【メダカ・スクール】 (メダカの群のシミュレーション)

 ブルーバックスの本に、上のボイドと同じ主旨ののシミュレーションがあるので紹介する。
 この例では、魚(メダカ)の行動に『5つの行動規則(領域)』を決めている。

  1。衝突回避領域・・これ以上に近づくと離れようとする
  2。並行運動領域・・隣のメダカと並行して泳ごうとする
  3。求心運動領域・・離れすぎたので、近づこうとする
  4。探索領域・・・・・群を見失ったので、ランダムに探して近づく
  5。死角領域・・・・・相手が見えないので、〃  〃  。

   プログラムのダウンロード ( FISH.exe 108 kB)  

 プログラムのパラメータ設定で、上の5つの領域の大きさ(幅)を変化させると、メダカの群としての 運動が変化するのが分かる。
 一般的な傾向として、衝突回避領域が大きくなると、メダカは互いに離れて行動するようになるので群は 広がる。並行運動領域が広がると、並行して泳ぐメダカが増える。また、求心運動領域が大きくなると、 群から脱落するメダカが少なくなるので、群が分裂することはほとんどなくなる。

 魚は「目からの情報」の他に、水圧を感じる「測線」からの情報も使って群を感知しているらしい。 (このシュミレーションでは、目からの情報だけを使っている)。

 【群知能】

 レイノルズのボイドやメダカのシミュレーションで、個々の鳥(魚)に簡単な行動規則を与えるだけで、 群としての自然らしいふるまいが出来ることは分かったが、これで全ての謎が解けたとはいえない。
 群を作っている鳥(魚)は、捕食者に攻撃されたとき、噴水行動や四散(フラッシュ)行動を示す。 瞬間的な見事な集団行動だ。これといったリーダーがいるわけでもないのに、鳥(魚)群がまるで一個の 生物のような統一行動を取ることが出来るのは何故なのか。この統一行動は、群全体がもつ何らかの知能に よって起こされている可能性が高く、『群知能』と呼ばれているが、このメカニズムはまだ解明されていない。