第一三話 運動会其ノ拾・暗黒の鍋

「暗黒の鍋」は、この空間に「無」を呼び出し、周りのものを全て吸収してしまう術です。

一説によると、ブラックホールにも通じていると言われていますが、本当の所は分かりません。

そしてもし制御に失敗してしまうと、暴走してしまい、最悪の場合、この宇宙全てが「無」に飲み込まれて

しまうのです。浅川君が意識を取り戻したとき、「無」は直径1.5mに達しました。張蹴燕の足元の小石が、

「無」に吸い込まれていきます。張蹴燕が吸い込まれるまで、1分もかからないでしょう。

その時、浅川君が咆哮しました。

全身から「氣」のオーラが立ち昇りナイフの傷がみるみるふさがっていきます。

「氣」は、張蹴燕全体を包み込み、他のメンバーの傷も治っていきました。

しかし、その間に「無」は直径2mに達していました。すでに、浅川君の髪の毛の一部が

吸い込まれ始めています。張蹴燕はその場を離脱しようとしました。

しかし、急に身動きが出来なくなってしまったのです。全身が硬直し、呼吸すら出来ません。

鹿島君の放った「影縛り」の術です。さっきナイフを張蹴燕に返した際、数本のナイフが外れて

地面に刺さりましたが、それは外れたのではなく、外したのです。鹿島君は、ナイフを返す時に

魔力を込めておきました。そしてそれを、地面に写った張蹴燕の影に命中させたのです。

影を通して鹿島君の魔力が張蹴燕に干渉し、張蹴燕の一切の動きを停止させました。そして20秒後、

「無」が張蹴燕を覆い尽くしました。淵谷君は呪文の詠唱を止め、別の呪文を唱え始めました。

それに会わせて「無」が縮小していきます。そのとき突如、「無」の中から鎖が飛び出てきました。

鎖は15mほど離れた木の枝に絡まり、その鎖をつたって、浅川君が出てきたのです。

「無」に取り込まれた瞬間、「影縛り」の効力が消失し、身動きが可能となりました。

その時、鎖鎌の鎖を投げ、脱出に成功したのです。しかし、いくら動けるようになったと言っても、

空気も重力も熱もない「無」の中では、人間など一瞬で死んでしまいます。

とても脱出など出来るはずもありません。しかし浅川君はそれをやってのけました。

そして、出てくるや否や緋虎に対し攻撃を仕掛けてきたのです。これは、反則です。

本来なら騎馬が組めなくなった時点で、浅川君は失格なのです。攻撃をしようものなら、

観客や生徒から集中砲火を浴び、一瞬で肉片と化するでしょう。しかし今、緋虎や浅川君がいるのは

結界の中です。裁きを下す者達はいません。結界の中にいたのが、あだとなりました。

浅川君は、愛刀の白蛇刀(サーペント)を振りかざし、淵谷君に切りかかりました。

鹿島君の空気壁が間に合わなかったため、淵谷君は体をひねり、すんでの所でかわしました。

しかし、そのため淵谷君の呪文の詠唱が途切れてしまったのです。「無」は縮小を止め、

急速に膨張し始めました。「暴走」です。恐れていたことが起こってしまいました。

そんなことを知らない浅川君は、なおも攻撃を続けてきます。が、次の瞬間には、

淵谷君の術によって、氷漬けになって地面に転がっていました。

「暗黒の鍋」は、ものすごい勢いで膨張し始め、もはや淵谷君の力を持ってしても、

止めることなど出来ません。浅川君は放っておいても「無」に吸い込まれるでしょう。

淵谷君がゆっくりと手を挙げると、緋虎がもやに包まれました。その時です。

突然氷にひびが入ったかと思うと、次の瞬間には、浅川君が氷を破って出てきたのです。

そして、白蛇刀を持って、緋虎に向かって突進してきました。

よもや、あの状態から動けるようになるとは思ってもいなかったため、完全に虚を突かれました。

淵谷君は死を覚悟しました。しかし、緋虎が消えるのが一瞬早く、刀は空を切りました。

そして、緋虎はこちらの世界に戻ってきたのです。


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