『茜色の夏』
青々と、茂る木々。
白い雲は、空高く。
甲高い、セミの音だけが、妙に耳にわずらわしく。
巡る季節。
今年もまた、あの人を失った夏が来る。
落陽とともに、いってしまったあの人の季節。
茜色の夏。
8月の風が、緑色の丘をなでる。
眼下に広がる、ひまわり畑。
丘のてっぺんに、大木が一つ。
そこに少年が一人、たたずんでいる。
「・・・会いに来たよ」
強すぎる風が少年の長めの前髪をもてあそび、
笑い、さざめくような、葉擦れの音が耳に届く。
大木を見上げ、少年は。
虚ろな笑みを、その顔に浮かべた。
別れはふいに、突然で。
取り残されて、抜け殻になって。
何をするでもなく、この季節になれば、この季節が巡ってきたら。
いってしまったあの人に会いに行く。
「ねぇ・・・どうして、いってしまったの?」
ボクダケヲノコシテ。
「君がいなくなってから、僕は・・・・・・」
眼下に広がるひまわり畑。
あの人もひまわりの花が好きだった。
「いっそあの時・・・・・・」
ドウシテ、イッテシマッタノ?
「ねぇ・・・・・・どうして・・・・・・・・・?」
少年の言葉に答えるものはなく、頬をなでる風と、どこからともなく聞こえてくる子供の声。
「どうして・・・?」
つぶやく言葉は誰にも聞かれることなく風に溶けて。
幹を撫でる手のひらも力なく。
初めて会った。
たった一人の人だったから。
好きになった人なのに。
手のひらの温度。今はもう、感じない。
ふいに目の前にやって来た。鮮やかな茜色と一緒に。
そしていってしまった、茜色の夏。
「どうして・・・・・・?」
最後の瞬間、笑って・・・いった。
ただ、少年だけを残して。
「どうして、僕を・・・つれていってくれなかったの?」
好きになった人だった。
好きになってくれた人だった。
わかりあえると思ってた。
でも、いってしまった、遠い日の夏。
「アハハ・・・アハ・・・アハハ」
「・・・やだぁ・・・・・・もう・・・」
遊んでいる子供の声。
何も知らず、笑えたあの日。
君の存在も知らず、幸せだったよ。
幸せだと思っていたよ。
何も知らずに。
『さよなら』
答えられなかった、その小さな声に。
泣くことでしか、自分を慰めることができず。
何も見ないで。
何も聞かずに。
考えることなく。
ただ、ひざを抱えて。
聞きたくなかった、
そんなサヨナラ。
風が雲を連れてくる。
もうすぐ日が落ちる。
初めて会った、あの時のように。
ただ一つだけ、違うのは。
きみがそこにいない。
ただ、それだけ。
「・・・ですよーー。はやく・・・・・・かえりなさーい」
「・・・・・・・・・はぁーい!!」
紅く染まる空。
沈む金色の光。
ひまわりはただ、夕日を見ている。
「―――逝かないで」
壊れてしまった君。
いつも笑っていたから、わからなかった。
失った瞬間に、わかるなんて。
はかない、夏の残像。
「つれていってよ・・・・・・」
ああ、日が沈むよ。
遠くの海が、紅く染まって。
君が消えた、あの世界のように。
「・・・・・・くん」
「え?」
振りかえると、そこには、失ったあの人。
出会ったあの時、そのままの。
「会いたかったよ・・・・・・」
「・・・うん」
金色の夕日に、透けそうな君。
変わりなく、笑みを浮かべて。
そうして笑っていたから。
「ねぇ・・・僕も、つれていってよ」
「・・・え?」
「もう、君がいない世界なんて・・・・・・」
「・・・・・・」
「つれていって」
「・・・うん」
笑っている君。
笑顔はそう、あの時と変わりなく。
だから気付かなかった。
「じゃあ、いこう」
「うん」
手を取った。
細くキレイな白い手は、あの夏の記憶と変わりなく。
置いていかれないように、しっかりと指を絡めて。
ああ・・・・・・
また、
君がいない。
「・・・・・・・・・ウソツキ」
笑って、いってしまった人だから。
笑って、嘘をついていってしまった人だから。
また、取り残されて。
日が沈む。
あの時と、同じように。
君といた夏。
また、その季節は巡ってくるけど、
君がいない、
茜色の夏。