私は『感情』というものを知らなかった。

造られた魂である私は、人並みの感情を教えられることが無かったからだ。

でも、彼は私に笑ってくれた。

『笑う』ことを教えてくれた。

あの時から、私の中の『彼』が変わった。

たった一人の大切な人。

最初は、『あの人』を奪われると思った。

私には何も無かった。

『あの人』が私に寄せる信頼以外。

でも、違ったの。

私は、何も見ていなかった。

目を背けていたのかもしれない。

『あの人』は、私を見ていなかった。

『彼』は、私を見てくれた。

ヒトツニナリタイと思い、願った。

無への回帰ばかりを願っていた私。

初めての、『私』の願い。

人を好きになったの。

初めて大切だと思ったの。

望んだことは、ただ一つ、そのために私はここにいる。

約束したの。カヲルと。

もう、悲しませない。

一人ぼっちにしないって。

私は今、碇君のそばにいたい。









 






 

寂しがり屋な子供達
第四話



 

 

 

 

 





「やっぱクーラーは人類の至宝。まさに科学の勝利ね」

手で仰ぎつつ、ミサトはふうっと息をついた。

車内を冷やす、クーラーの冷気。

火照った体には強すぎるくらいだが、構わない。

そのミサトの隣りで、リツコが受話器を置く。

「シンジ君が気付いたそうよ」

「で、容態はどうなの?」

「外傷は無し。少し記憶に混乱がみえるそうだけど」

「まさか、精神汚染じゃ!?」

「その心配は無いそうよ」

「そう・・・・・・」

ほっとしたように息をつくミサト。

「そうよね〜いきなりあれだったものね」

「ムリもないわ。脳神経にかなりの負担がかかったもの」

「コ・コ・ロの間違いじゃないの?」

キツク睨みつけるミサト。

リツコは軽く肩をすくめた。

「それで、どうするの?」

「なぁにが〜?」

「シンジ君よ。会うんでしょう?」

あきらかにミサトの顔が曇る。

「まあ、ね」

「会いたくないの?」

「会いたくないってわけじゃないのよ・・・強いて言えば、会いづらい、かな?」

「ミサトらしくないわね」

「だって・・・何もわからない子供に、戦いを強制させたのよ?最低じゃない」

嫌だと叫ぶシンジの声が、今でも耳に残っている。

ミサトは、軍人としての自分の、非情な行為を嫌悪した。

わかっている、頭ではわかっているのだ。

戦場において、情はためにならないという事は。

死ぬか生きるかの瀬戸際に、なりふり構って生きていけないことくらい。

それをわかっているからこそ、ミサトはジレンマを感じた。

軍人としてはよい選択であるかもしれないが、人としては最低だと、ミサトは思う。

本来、守るべきはずの子供達を孤独な戦場に放り込み、

自分達は安全な場所で指示を出すだけ。

何もできない。

だから、これからシンジにどう接してよいかわからない。

シンジは、自分に心を許してくれるだろうか?

戦いでは、部下の信頼は何よりも必要なものとなる。

(ヤダな・・・私、シンジ君のことを道具扱いしようとしてる・・・・・・)

また、思考を戦いに結びつける自分が、ミサトは嫌いだった

「最低なのは私も同じよ。人類を守るためだとか言いながら、結局は他人に頼ってる。

それも、たった14歳の子供にね」

リツコの顔には、自嘲するような笑みが浮かんでいる。

ミサトは、そこに自分と似たジレンマがあることを感じた。

「へぇ・・・・・・リツコでも、そう思うんだ」

「・・・・・・どういう意味?」

「いや〜リツコもやっぱ人の子ねぇ、私はてっきりオニの子かと・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ミサト」

地を這うような声に、ミサトは己の失言を知った。

や・・・殺られる。

タラリと、ミサトの背を一筋汗が流れた。

クーラーがバッチリ効いている車内に、それを上回る冷気が湧き上がる。

「あ、そうそう、レイの怪我って、どうやって治したの?」

切羽詰ったミサトは、逃げにでた。

感じていた謎を、リツコにぶつけることで。

「確か、もっとかかるんじゃなかった?ほとんど治っていたようだけど?」

「初号機とシンクロすることで、治療したわ。」

話題のすり替えに成功したようだ。

ミサトはリツコに気付かれぬように、ふう、と張り詰めた息を吐き出した。

「シンクロ?シンクロで治療ってできるの?」

「治療というよりは・・・・・・修復したという感じね。」

「しゅうふくぅ〜?って、あんた、レイを物みたいに・・・・・・」

「他に良い表現が見つからないのよ。こればかりは仕方ないわ。レポート、読む?」

そう言ってリツコは傍らにおいてあった資料をミサトに投げてよこした。

ミサトはそれにざっと目を通す。

「・・・・・・シンクロ率、99.89%?」

「そう、最初は24.65%しかなかったシンクロ率が、その後、急激に上昇。

99・89%で安定。その時、レイの身体損傷がほとんど修復されたわ」

「セカンド・チルドレンでさえ、90%いったことが無いのに・・・なぜ?」

「わからないわ・・・でも、もしかしたら・・・・・・」

「何?」

「いえ・・・・・・何でも無いわ」

「気になる物言いねぇ・・・言ってみなさいよ」

「やめとくわ。憶測だけで物事を決めることはできないもの」

(それに、ミサト、あなたには知られるわけにはいかないのよ。)

リツコは己の心に走った苦い思いを、作り笑いを浮かべることで無視した。

「それでシンジ君のことだけど、気になる事があるから、私もついていくわ」

「事後処理はどうするの?いやあ、リツコがサボりなんてね〜」

「・・・あなたに言われたくは無いわね、大学でも、よくサボっていたじゃないの」

「あれはぁ、若き日の良い思い出ってヤツよん♪」

「・・・・・・・・・日向君も可哀相に」

つぶやいたリツコの声を、ミサトは引きつった笑いを浮かべることで聞き流した。









 

 

 

 






シンジは着替えようとして、ふと手を止めた。

シンジが寝ていた病室。

そこに今いるのは、レイとシンジだけだ。

特に大きな怪我なども無いため、シンジは退院を許可された。

届けられた制服は、きちんとクリーニングに出されており、

独特の、薬品の匂いが鼻をついた。

「綾波・・・・・・」

「・・・なに?」

「その、出て行ってくれないかな?」

「どうして?」

シンジが振り向くと、そこには不思議そうに首をかしげているレイ。

「どうしてって・・・その、恥ずかしいから」

着替える段階になっても、背を向けるでもなく、出ていくわけでもないレイ。

ただじっと、不思議そうにその紅玉をシンジの瞳に向けている。

女の子、しかも天使のような美少女にまじまじと見つめられ、

年頃の少年らしく、羞恥に身を焦がすシンジ。

シンジの頬がほんのり朱を帯びる。

レイはますます不可解そうな顔をした。

(碇君・・・恥ずかしい・・・・・・どうして?)

「なぜ、恥ずかしいの?」

「だって、綾波は女の子で・・・・・・僕は、その・・・・・・一応、男なんだし」

「・・・・・・それで?」

「綾波だって、その、男の人にハ・・・ハダカ見られたりしたら恥ずかしいでしょ?」

シンジの言葉に、一瞬、考え込むレイ。

レイの頭の中では、前回のレイの部屋での『あの事件』、

シンジに裸を見られた時のことが回っていた。

あの時は、大切なゲンドウの眼鏡を勝手につけたシンジにたいして、

怒りにも似た感情を感じたが・・・・・・・・・

裸を見られたことへの嫌悪感は無かったと記憶している。

LCLの中で二人目の意識と一つになった今のレイの意識体は、

不自然無く、二人目であったときに感じたことも思い出すことが出来た。

「・・・?そう、でもないわ。碇君になら・・・見せても、恥ずかしくない」

「そ、そう・・・・・・・・って、ええ??」

真顔で言い放つレイに、シンジの顔が真っ赤になった。

「・・・だから平気。着替えて」

「う、うん」

有無を言わさぬ様子のレイに頬を染めつつ、

シンジはシーツを身体に巻きつけながら着替えを再開した。












 

 

 

 



「シンジ君の病室は?」

「こっちよ」

方向オンチのミサトを先導しつつ、ため息をつくリツコ。

「ミサト、少しは慣れたらどうなの?」

「だってぇ〜ややこしいんだもん」

「使徒襲来のたびに呼び出されちゃかなわないわ」

「えへへ・・・ゴメン」

「ほんとに、もう・・・・・・」

ピタリと、リツコの歩みが止まる。

続いて、ミサトも。



 


目線の先には、一人の少年。



 


窓を開け放ち、少年は外の風景を見ながら歌っていた。

光を受け、長めの銀髪が透き通る。

高く、切ない、儚げな旋律。

少年の声に、リツコとミサトはただ、聞き入った。

頬を撫でる風。

少年は、歌っている。




 

 

『Three children sliding on the ice,

Upon a summer's day,

As it fell out, they all fell in,

The rest they ran away.

Now had these children been at hoom,

Or sliding on dry ground,

Ten thousand pounds to one penny

They had not all been drowned.

You parents all that children have,

And you that have・・・・・・・・・・・・』



 


驚いたことに、

少年の肩や指先には白い鳥が。

警戒するでもなく、

涼やかな鳴き声をあげて。

その歌に聞き入るかのように、集まっていた。

誰?と、ミサトが目でリツコに問う。

わからないわ、と、リツコが首を振って答える。

再び少年に目を向けた時、羽音と共に、鳥が空高く飛び立った。

少年が、ミサトとリツコ、二人のほうへ目を向けている。

二人が知る少女とよく似た、深紅の瞳で。

少年は、笑う。

「赤木、リツコ博士と、葛城、ミサト一尉ですね?」

懐かしいものを見るように、一瞬、少年の瞳が優しくなる。

「ええ、そうよ。あなたは誰?」

「渚カヲル・・・・・・フォース・チルドレンです。よろしく」

ペコリと、カヲルが頭を下げる。

一瞬の沈黙の後・・・・・・

「ええぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!??」

上がったリツコとミサトの叫びに、カヲルはおもしろそうに目を細めた。








 

 

 

 







「ねぇ、綾波」

「・・・・・・なに?」

「何、やってるんだろう・・・向こう」

「わからないわ・・・・・・」

心臓に悪い着替えをどうにか終えたシンジは、レイの誘導の元、病院から退院した。

そして、立ち止まった。

10mほど先の所には、リツコとミサト。

こちら側に顔を向けているので、その表情がハッキリとわかる。

二人はあんぐりと口をあけ、目を見開いている。

ミサトはともかく、リツコのそんな顔をシンジはもちろん、レイも初めて見た。

よくよく見ると、リツコの足元にはたった今まで持っていたらしい資料が散らばっている。

リツコらしからぬ行為だ。

(赤木博士・・・動揺してる。なぜ?)

レイは怪訝そうに眉をひそめたが、こちらに背を向けている人物を捕らえ、ああ、と納得した。

二人の気配に気付いたのか、その人物が振り返る。

「カヲル君!!」

その姿を捉えた瞬間、シンジはあふれんばかりの笑顔を浮かべた。

レイの手を握り、カヲルの元へと駆け寄る。

考えての行動ではなく、まったくの無意識のもの。

レイが目を見張り、あきらかに驚きと・・・そして喜びがにじんだ表情を浮かべた。

頬を染め、目を潤ませている。

(碇君・・・・・・あたたかい・・・)

手のひらを通して伝わってくるぬくもりに、ぽかぽかと胸のあたりにこもる熱。

ずっと前は知らなかった感情。

シンジと出会って芽生えた想い。

(これが・・・嬉しいってことなのね)

「やあ、シンジ君」

少年らしい透明な笑みを浮かべ、カヲルはシンジの名を呼ぶ。

「よかった!大丈夫だったんだね」

「ああ、あの後すぐにシェルターに逃げ込んだからね」

ちら、とカヲルがレイを見ると、

レイは半分トリップしていた。

「レイ?」

話しかけてみるが、聞こえている様子は無い。

カヲルは軽くレイの目の前で手を振るが、焦点が合っていない。

顔は当然ゆるみっぱなしである。

≪・・・・・・イ・・・レイ?≫

使徒として持つ力を変化させて、思念で話し掛けてみるがまったくの無反応。

(碇君の手が私の手に・・・あたたかい。そう、私、今碇君と・・・・・・)

どうやらすっかり自分の世界に入っているようだ。

カヲルは大仰にため息をつき、シンジと目を合わせて苦笑した。

「あ、あの・・・綾波?」

レイの顔をのぞきこみ、恐る恐るシンジはたずねる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?」

しばし間があって、ぼんやりとレイが答えた。

どうやら自分の世界から戻ってきたようだ。

≪シンジ君のことになると、君はまったく素直だねぇ≫

≪からかわないでよ・・・・・・≫

バツが悪そうに、レイは目を伏せる。

カヲルはそれを見て、またかすかに笑った。

あたたかいまなざしだった。

「ねぇ、カヲル君。怪我は無い?」

「ああ、大丈夫だよ」

「よかった。あの後カヲル君どこかに走っていったから・・・えと、ホントに怪我とか・・・してない?」

「ふふ、嬉しいなぁ・・・心配してくれているんだね」

「う・・・うん」

カヲルににこやかな笑みを向けられ、頬を染めるシンジ。

「シンジ君、レイから同居の件、聞いた?」

確認を取るようにレイのほうを見ると、かすかにうなずく。

シンジもうなずいた。

「え・・・うん。聞いた・・・けど」

「許可は取ってあるから。これからは・・・一人じゃないよ」

空いているシンジの手を取り、カヲルは握る。

自然な行為であった為、特別シンジも意識しない。

ちなみに、片方の手はいまだレイとつなぎっぱなしである。

カヲルとレイは同時に握った手に力をこめ、シンジにささやく。

「もう・・・一人にしないから」

「僕達がそばに、いるから・・・・・・」

シンジに会うために、戻ってきた世界。

同じことは繰り返したくなかった。

「シンジ君・・・」

「・・・・・・碇君」

二人に見つめられ、シンジはそっと、潤みだした目に手を当てた。

「・・・アリガト」

ボソリとつぶやかれた声にレイとカヲルは顔を見合わせ、また、微笑んだ。




























 


つづく


あははははははは(汗)

すんごく遅れてしまいました。

『寂しがり屋な子供達』第四話です。

ストーリーが全然進まない(爆)

そのうえ尻切れトンボ(核爆)

同居を期待した皆さん(いなかったりして)!!残念でした☆

うーむ・・・最近やはりスランプ気味。

次の展開が思いつかない・・・はぁ・・・・・・

ま、がんばってみます♪


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