姉弟


5月17日、貴裕が生まれた。
ちょうど2年前のことだ。
ある日突然、かぁさんが、病院に入院し、家から消えた。
そして、2週間後、小さなお腹に変身して帰ってきた。
赤ちゃんを抱いて。
それは、今まで、かぁさんを独り占めだった3歳の菜月にとって、世界を揺るがす出来事だったに違いない。
しかも、その日を境に、
「菜月ちゃん、おねえちゃんになったの?弟かわいい?」
近所の人から話しかけられ、
「あれれ、もう、おねえちゃんになったんだから、できるんやないか、菜月?」
家族に言われる。
突然の「おねえちゃん」扱い。
菜月にとっては、混乱することばかりだったはずだ。


こわごわと赤ちゃんをのぞく菜月

(菜月、3歳1ヶ月

貴裕、生後0ヶ月)

そして、生まれてきた赤ちゃんは、と言えば...
たぶん、菜月の想像していたものとは、かなりかけ離れていたに違いない。
病院にやってきても、くしゃくしゃの顔で、ぎゃーぎゃー泣きわめく赤ちゃんを、菜月は、こわごわ遠巻きに見るだけで、最初、けして触ろうとはしなかった。
「弟」どころか、たぶん、自分と同じ「種族」だということも認識できなかったに違いない。
たった2年前のことだ。


少しなれてきました。

(菜月、3歳2ヶ月

貴裕、生後1ヶ月)



退院して帰ってくると、それでも、おそるおそる、貴裕のもとに座り、そぉっと手をにぎったりするようになり、
「かぁさん、赤ちゃんと握手できないのよぉ〜。」
と涙ぐんだ。
手を握ろうとしたけど、貴裕の手がないと言う。
「仕方がないよ、まだ赤ちゃん、服が大きすぎて、手が出てこないんよ。」
と言うと、いっぱい涙をためて、こくりとうなずいた。
貴裕、生後1ヶ月の時のことだ。


少しずつ、赤ちゃんになれてくると、今度は、なにやら、いろいろおもちゃを運んできた。
「赤ちゃん、持てるかな?」
と。
「赤ちゃんは、まだもてないよ。」
と言うと、
「赤ちゃんのてっては、小さいから、まだ持てないね。」
と納得して帰っていく。
そして
「赤ちゃんは、てって小さいから持てないねぇ。足ならどうかな?」
足におもちゃを持たせようとする。
「足も持てないねぇ。」
「おすし食べるかな。まだちっちゃいから無理かな。」
丁寧に、枕もとに、おままごとのおすしをお供えして帰って行ったりした。
貴裕が3ヶ月くらいの時だっただろうか?


こんなに大きさが違ったのだ。

(菜月、3歳2ヶ月

貴裕、生後1ヶ月)



その貴裕も、表情が出てきて、にこりとするようになり、寝返りもできるようになった。
菜月は、寝返りした貴裕の背中に、おもちゃを乗せた。
かえるのぬいぐるみ、ひつじのぬいぐるみ、ガラガラ、おきあがりこぼし...

ところが、ある日、突然、おもちゃではなく、菜月が、寝返りした貴裕の上にのっかった。
「よし、のってみよう!」
と。
もちろん、貴裕は大泣きで、びっくりしたかぁさんも
「そんなことやったらダメ!」
って怒ったのだけれど...
どうも、聞かないのだ。

毎日毎日、貴裕が寝返りをするたびに、菜月は、貴裕の背中に、おもちゃのカエルや、がらがらを乗せた。
そのたびに、貴裕は、大泣きで...
「だ〜か〜ら、やめなさいって!」
そのたびに、菜月は怒られることになるのだけれど...
それでもやめなかった。
そして、ある時、菜月が、ぽつりと言うのだった。
「じゃぁ...じゃぁ、何が乗ればいいの?」
と。


寝返りできるようになりました。

(貴裕、生後6ヶ月)



菜月、飛びます!

(菜月、3歳5ヶ月)


よくよく話を聞いてみると、菜月が言うには、貴裕の寝返り姿は、飛んでる姿らしい。
貴裕君は、アンパンマンのように飛んでいる。
テレビで見るアンパンマンは、カバオ君とか、犬のチーズとか乗せて飛んでる。
そうだ、自分も飛んでるアンパンマンに乗ってみよう!と。
そういうことらしいのだ。
子供っておそろしいというか、すごい発想というか(^^ゞ
あれは、どれくらい前のことだったろうか?
1年半も前のことだろうか?


アンパンマンに乗るぞ!

(菜月、3歳3ヶ月)

それからは、瞬く間に時間がすぎたような気がする。
どういうふうに、時間がすぎていったのか、貴裕が何ヶ月の時に、何をしていたのか、はっきりと思い出せない。
が、あっという間に、あれから2年がすぎ、弟は立派に成長して、5月で2歳の誕生日を迎えた。

2年前の同じ頃、くしゃくしゃの顔で、ぎゃーぎゃー泣きわめく赤ちゃんを、菜月は、こわごわ遠巻きに見るだけで、最初、けして触ろうとはしなかった。
「弟」どころか、たぶん、自分と同じ「種族」だということも認識できなかったに違いない。
その弟は、まだしゃべらない。
お乳もやめられない。
でも、いまや、お姉ちゃんにも対抗して、けんかができるまでになった。
たたかれれば、たたき返しに行く。
最後は泣いて帰ってくるけれど、突然、おもちゃを持って、叩き返しに行く。
けして負けてはいない。


おねえちゃんが叩いた〜

(菜月、4歳11ヶ月

貴裕、1歳10ヶ月)



そして、なんでも、菜月と同じようにしたがる。
菜月が、指をけがしてバンソウコウを貼ってと来れば、自分も同じように貼ってくれとアピール。
菜月が、髪をゴムで結んでもらえば、自分も同じように結んでほしいと、髪を指差してアピール。
お茶をくめば、お茶を...お菓子を食べれば、同じお菓子を欲しがる。
トイレに行けばトイレの順番を争い、おふろに行けば、服をぬぐ順番を争い、階段をあがれば、あがる順番でもめる。


おねえちゃんの真似をして、ピースサイン

(菜月、5歳0ヶ月

貴裕、1歳11ヶ月)



おねえちゃんのマネをして髪を結ぶ

(菜月、4歳11ヶ月

貴裕、1歳10ヶ月)


日々、兄弟げんかばかりしている菜月に、
「ちょっとは、貴裕にやさしくしてあげてよ、なっちゃん。なっちゃんのかわいい弟でしょ?」
と言えば、
「貴裕君なんか、ぜんぜんかわいくないもん!なっちゃん、千紗ちゃんとこの由花ちゃんみたいな、かわいい赤ちゃんがよかった。」
間髪いれず返ってくる明快な答え。

そして、一緒におふろに入ってた時、
「なんか、貴裕君って、おなか大きいね。赤ちゃんが入ってたりして。」
と言う菜月に、
「生まれてきたりして。」
と冗談で言ってみたら...
「じゃぁ、貴裕君が赤ちゃん産んだら、名前は『みみちゃん』にしよっかなぁ。それで、貴裕君は、かぁさんにあげるから、なっちゃんは、みみちゃんにしようかなぁ。」
すっかり、その気になっている菜月。


公園では、もめごとも少なく

(菜月、5歳1ヶ月

貴裕、2歳0ヶ月)


2年前の同じ頃、くしゃくしゃの顔で、ぎゃーぎゃー泣きわめいていた貴裕。
それを、こわごわ遠巻きに見ていた菜月。

2年後の現在。
菜月、5歳2ヶ月。
貴裕、2歳1ヶ月。
毎日毎日、兄弟げんかの耐えない日々。
小さすぎて服から手が出てこない貴裕の服をにぎって、
「かぁさん、赤ちゃんと握手できないのよぉ〜。」
と涙ぐんだあの日は、たった2年前のことなのに、実に実に遠い昔の出来事のように思える今日この頃。


時々仲のいい2人

(菜月、5歳1ヶ月

貴裕、2歳0ヶ月)