浜松市における高齢者の口腔内状態の実態

第2報

特別養護老人ホーム「芳川の里」での調査結果

コスモス・ケア・スタッフ、浜松市歯科医師会 高齢者歯科保健部*)

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井上 佳代子、池田 いづみ、伊藤 多美子、鈴木伊予子、

金井 晃子、小宮山 ひろみ、山田 圭子、竹田 祐美、

三谷 敬子、本樫 佳世、竹田 明美、影山 洋子、

高田 美穂、鈴木 さと子、柏木 照正、天野 重直、

藤本 雅清*)、大林 繁樹*)、糟谷 宇一*)、糟谷 政治*)

緒言

 欧米諸国に類を見ないスピードで、日本は高齢者社会へと移行中である。加齢に伴い、いろいろな疾病に悩まされる危険性が大きくなる。また、たとえ健常者でも身体能力は次第に落ちてゆく。

 高齢者の中には、脳の退行性病変としての「痴呆」が社会的な問題となっている。このような高齢者をケアする施設として特別養護老人施設があるが、その設置基準には歯科医の参加は義務づけられておらず、口腔内の治療の必要性やケアについての報告はあまり多くない。1,2)特養施設の性格上、入所者の疾病が急性期にあることはないので、日常生活を如何に快適に過ごすかを考えてゆく必要性があると思われる。

今回、特養老人ホーム入所者を調査し、口腔からのQOL(Quality Of Life)について、若干の考察を加えてみた。

調査対象と方法

T..調査対象

 特別養護老人ホーム「芳川の里」の入所者男性14名、女性33名の計47名を調査した。平均年齢は、81.65歳(男:80.27歳、女:82.23歳)であった。年齢分布は表1の通りである。

         表1 調査対象の性別と年齢分布

年齢

男性

女性

合計

65〜74

10

75〜84

19

22

85〜94

15

合計

14

33

47

U.調査内容

1.ADL(Attitude of Daily Life)を摂食行動、排泄、着脱衣、移動、歯磨きの5項目については「自立(5ポイント)、自立に近い(4ポイント)、場面によって介助(3ポイント)、観察と介助(2ポイント)、完全介助に近い(1ポイント)、完全介助(0ポイント)」の6段階で評価し、情動については覚醒の状態を「良く笑う(5ポイント)、時々笑う(3ポイント)、無表情(1ポイント)、ほとんど眠った状態(0ポイント)」で評価した。食事内容については、「普通食(5ポイント)、固いものを除く(4ポイント)、柔らかい物だけ(3ポイント)、キザミ食(2ポイント)、流動食(1ポイント)、経管栄養(0ポイント)というように評価した。

2. Breslow3)が提唱している健康項目、すなわち「朝食、睡眠、喫煙、間食、飲酒、運動、体重」について調査した。あわせて、食欲の有無も調査した。


*Breslowの健康習慣

 ライフスタイルが健康状態に強く影響を及ぼすことを示した研究として、カリフォルニア大学のBreslowの研究がある。7種の健康習慣、すなわち「朝食、睡眠、非喫煙、適正体重の維持、飲酒、適度な運動、間食」について点数化して評価する。

朝食:毎日取るか? 睡眠:7〜8時間とっているか? 喫煙するか?

体重:中程度の体重を維持しているか?

飲酒:中程度か全く飲酒しないか? 間食をとってはいないか?、

適度な運動をしているか、などで、各1点、計7点になります。

0〜3点の人は全母集団の2.5倍も死亡率が高く、6〜7点の人はその1/4のリスクしか負わないと報告している。


3.口腔内の状態についての調査

 1)口腔内の状態:歯牙については、WHOの検診法に準じて診査した。あわせて、歯の動揺度も診査した。その検診基準は以下の通り。

 歯の動揺度

0度=生理的な動揺のもの(0.2mm以内)

1度=唇舌方向にわずかに動揺するもの(0.2〜1.0mm)

2度=唇舌方向に中等度に、近遠心方向にわずかに動揺するもの (0.2〜1.0mm)

3度=唇舌方向、近遠心方向に動揺がみられ(2.0mm以上)、歯軸 方向にも動揺するもの

 また、口腔内の清掃状態については、良と不良の2段階で診査した。

 歯肉の炎症については、Loe & Silness の Gingival index により判定した。今回の調査では一歯単位ではなく、一口腔で当該のスコアが存在すれば、それを判定スコアとした。

 0=正常歯肉

 1=軽度の炎症。軽度の色変化、浮腫があるが、探針により出血しないもの

 2=中等度の炎症。発赤、浮腫があり、探針により出血するもの

 3=高度の炎症。著しい発赤、浮腫、自然出血の傾向、潰瘍形成のあるもの

2)義歯については、所持の有無、使用状況(不使用の場合はその理由も)、形態を図示し改善の必要性の有無、義歯の使用開始年齢、義歯の清掃を調査した。

3)咀嚼能力の評価:朝倉らの報告4)にある17品目の食品について、同じ評価法で調査した。調査内容は以下の通り。

・調査食品

 バナナ、柔らかいうどん、牛乳につけたパン、マグロの刺し身、ご飯、ウナギの蒲焼き、茄子の煮付け、きゅうり、生シイタケの煮付け、赤飯、リンゴ、白身の刺し身、キャベツの千切り、薄切り牛肉、薄切り豚肉、酢ダコ、古たくあん

・判定基準

 そのまま食べられる=0点

  小さくしたり、柔らかくすれば食べられる=1点

  咬めない=2点

  咬んだことがない=3点

・食事中の「むせ」の有無と頻度についても調査した。

結果

1.ADLについて

1)年代別・性別による集計結果(表2)

年齢

性別

人数

摂食状態

排泄

着脱衣

移動

歯磨き

情動

食事

内容

ADL

合計

65-74

3.0

1.6

1.6

1.6

1.6

2.4

3.2

15.0

 

4.0

3.2

2.8

3.2

2.8

4.6

4.8

25.4

75-84

5.0

0.7

1.3

2.3

2.0

3.7

4.7

19.7

 

19

4.5

3.0

3.3

3.3

2.8

4.1

4.7

25.7

85-94

5.0

3.7

3.3

4.5

3.2

3.7

5.0

28.4

 

4.5

3.4

3.7

4.2

3.2

4.2

4.5

27.7

2) 歯磨きと他のADLスコアーとの相関係数(表3)

従属変数

摂食

排泄

着脱衣

移動

情動

食事

相関係数

0.548

0.855

0.825

0.002

0.530

0.270

2.食欲について(表4)

年齢

性別

人数

ある

ない

65-74

 

75-84

 

19

19

85-94

 

3.Breslowの調査項目の調査結果を以下に示す。

 1)朝食をとるか?

   とらない者が84-94歳代の女性2名

 2)睡眠時間 平均8.43時間

 3)たばこを吸わないか?

   喫煙者は65-74歳代の男性1名、75-84歳代の女性1名、84-94歳代の女性1名の計3名。

 4)間食(おやつ)をとるか?

  全員がとっている。平均1.8回内容は、牛乳やジュースなどの飲み物、果物、手作り菓子など

 5)酒を飲むか?

 75-84歳代の女性1名と85-94歳代の男性の2名。

 6)運動をするか?

  運動をする者は19名 (40.4%)。うちわけは、男性が4名で女性が15名。

 7)体重を気にする

  気にしない者が2名。

総合平均は男性で4.6ポイント、女性で5.3ポイントであり、全体では5.1ポイントであった。(最高:6、最低:3)

6.口腔内診査

1)歯種類については、下顎の両側の犬歯が残存する傾向がわかった。(図1)

2)歯牙の状態(表5)

表5:歯牙の残存状態

 

年齢

性別

人数

健全歯

未処置歯

処置歯

残存歯数

C4

本数

一人

当り

本数

一人

当り

本数

一人

当り

本数

一人

当り

本数

一人

当り

65-74

19

3.80

13

2.6

14

2.40

46

9.20

26

5.20

42

8.40

0.8

66

13.20

112

22.4

13

2.60

75-84

0.00

1.33

1.00

2.33

0.00

19

26

1.37

0.21

43

2.26

73

3.84

0.32

85-94

29

4.83

0.67

18

3.00

51

8.50

1.00

10

1.11

1.00

1.00

28

3.11

0.67

男女

14

48

3.43

21

1.50

35

2.50

104

7.43

32

2.29

33

78

2.36

17

0.52

118

3.58

213

6.45

25

0.76

全体

 

47

126

2.68

38

0.81

153

3.26

317

6.74

57

1.21

 

表2を平成5年度の厚生省歯科疾患実態調査報告5)を全国平均として比較したのが、以下の図2から図7である。

 男性の85-94歳の群と女性の65-74歳の群は全国平均よりも良い口腔環境を保持している傾向が見られる。

3)咀嚼能力

 食品を表6のように6群にわけ、年代別のグラフにしたものが図8である。ポイントの高いほうが、すなわち棒グラフの長いほうが、咬めないという事を意味するわけであるが、歳をとるにつれて固い物が咬めなくなってゆく傾向がわかる。

   表6:食品の分類

  第1群 第2群 第3群 第4群 第5群 第6群
 食品 バナナ、柔らかいうどん、牛乳につけたパン マグロの刺し身、ご飯、ウナギの蒲焼き 茄子の煮付け、きゅうり、生シイタケの煮付け 赤飯、リンゴ、白身の刺し身 キャベツの千切り、薄切り牛肉、薄切り豚肉 酢ダコ、古たくあん

 食物を表6のように6群にわけ、100点満点で評価してみると、最低が33.3点で最高は100点であった

3)口腔清掃状態

 歯磨きの習慣はあるようだが、良を0、不良を1で点数化すると、平均は0.49。

4)歯肉炎

 歯肉炎の罹患者は20名で、有病率は42.6%であった。歯肉炎指数は1人平均で0.68であった。

5)義歯改善の必要性

 14名(30.0%)。

6)残存歯数と咀嚼能力の関係(図9)

 無歯顎で義歯もない者はさすがに咬めないようである。残存歯の多い者のほうがよく咬めるという傾向が読み取れる。

7)「むせ」るか?(図10)

 多数歯欠損の者(8020未達成者)41名を、義歯使用群と義歯未使用群にわけると、義歯使用者24名中むせるのは4名(16.7%)であったのに対して、義歯未使用者17名中むせるのは10名(58.8%)であった。この結果をt検定すると、義歯未使用群のほうが有意に「むせ」が多いとなった。(危険率1%レベル)

 年齢による可能性も考えられるため、年齢に関してもt検定をしたが、年齢では有意差がなかった。

7)義歯洗浄剤

 使用経験ありは6名で、全員が「ポリデント」(義歯所有者の22.2%)を使用していた。

考察

1.ADLについて

 特養施設という性格上、排泄や着脱衣のスコアが低くなっているように思われる。食事は呼吸と同じく、生きてゆくために最低限必要なことであるため、この機能の低下は加齢とともにゆっくりと進行するようである。

2)歯磨きと他のADLスコアーとの相関係数(表4)

 歯磨きのADLスコアと排泄・着脱衣のADLスコアとの間の相関係数が高い。歯磨きという行動は複雑な手の運動であり、中枢の問題(痴呆)と末梢の運動能力低下の片方あるいは両方に障害があればできなくなってしまうものである。

 よって、排泄と着脱衣というADLのスコアを参考に、個人個人に対する口腔ケアの方法を検討したほうが良いと思われる。

2.ADLと咀嚼能力について

 食物の性状(普通食・キザミ食)とADLとの関係を調査した竹腰の報告6)によれば、ADLの高い群のほうが普通食を食べていた、としている。今回の調査においても、65-74歳代の男性においては、ADLの総合スコアが低く、咀嚼能力も劣っており、この傾向が見られる。しかし、全体においてADLと咀嚼能力の相関を調べてみると、相関係数は0.079であり、相関があるとは言えない。また、Breslowスコアと咀嚼能力の相関係数も、0.038であり、健康習慣との関連も薄いと考えられる。

2.口腔内の状態について

 1)残存歯数

 歯の喪失は、う蝕や歯周疾患や事故などの直接的な原因によっても起こるが、持って生まれた資質によるところも多いと考えられる。また、セルフ・ケアやプロフェッショナル・ケア、適切な保存治療がなされなければ、高齢になるまで残存する事はないと思われる。厚生省の歯科疾患実態調査に歯寿命の項があるが、もっとも寿命の長いものでも、男性の下顎左側犬歯の64.7歳である。歯は何もしないで放っておけば、命の寿命よりもかなり早くなくなる運命にあるのかもしれない。

 2)歯科治療の必要性

 未処置歯の本数は厚生省の歯科疾患実態調査よりも少ないが、C4と合わせれば一人平均2.02本が存在する。歯が痛ければ、食事は楽しいものではなくなる。よって、早期の治療が望ましいと思われる。

 義歯に関しては、改善の必要性を14名(30.0%)で認めた。後述する「むせ」(考察の6)との関連から、また消化器の入り口であるという口腔の役目からも早期の改善が望まれる。

 3)歯肉炎について

 歯肉炎の罹患率は厚生省の歯科疾患実態調査の65歳以上のデータでは男性23.3%、女性25.7%であり、合計では24.7%であった。今回の施設での調査では42.6%であり、かなり高率であると言える。口腔清掃状態と歯肉炎の相関は高いとされているので、この結果の意味するところは、口腔清掃が不十分であること、が考えられる。考察の1でも述べたが、口腔清掃の方法を検討し、適切な指導が必要であろう。また、義歯の汚れについては、義歯洗浄剤の使用などにより効率的な清掃を考えても良いのではないだろうか。

3。残存歯数と健康度の関係について

 残存歯数が多いほど健康的であるという内容の平野の報告7))や静岡県民生部の調査(昨年静岡新聞に掲載)があるが、今回の調査結果を統計分析をすると、口腔内の所見とは有意差がなく、ADLの総和との間に弱い相関をみただけであった。(有意差はない)

4.食欲の有無に関しては、ないと答えたものが7名(14.9%)であった。

 加齢により、味覚が弱くなる傾向が考えられる。また、義歯は粘膜を覆う構造であるが、粘膜における味覚受容や食感は食事を楽しむために重要な働きをしている。結果の2ー4)のおやつの項目からもわかるように、甘い物、水分の多い物が好まれるようである。こういった食物は嚥下の際に重要な働きをする唾液の分泌を促進したり、分泌の必要性をなくすものであるように考えられる。

5.咀嚼能力について

 残存歯数が多いほうが咀嚼能力は高いという報告は多く、概ね20本以上の歯があれば食物が不自由なく咀嚼できるとされ、「8020運動」の根拠とされている。しかし、高齢者においては、少ない残存歯数を義歯などによって補っているのが現状である。

 食物表を使った咀嚼能力の評価法というのは、主観的であるという欠点があり、今回の調査でも、本当に咬めているのか、飲み込めているのかは正確に判断できているとは言えないが、傾向としては、歯が多く残存したほうが良く咬めるし、義歯を使用したほうが咬めるようである。

6.義歯の使用とむせの関係について

 少数歯残存から無歯顎の者について、義歯の使用とむせの関係を調べてみると、義歯を使用している者のほうが明らかにむせが少ないという結果が出た。嚥下に関与する中枢や当該部筋力の低下が関与している可能性もあるが、嚥下に適した大きさの食塊にしたり、唾液と混ぜ合わせるという咀嚼という行為に義歯が関与している可能性も十分に考えられる。

 義歯を入れて、よく咬んだほうがむせない、と結論づけても良いと考える。

結論

 特別養護老人ホームの高齢者、男性14名(平均年齢:80.27歳)と女性33名(平均年齢:82.23歳)のADLスコア、Breslowスコア、口腔内状態について調査した。

1.歯磨きという行為は、ADLスコアの着脱衣や排泄との相関が高く、口腔清掃指導の

際にはこの2つのスコアを参考にして、無理のない指導方法や介助方法を検討したほうが良いと思われる。

2.残存歯数は、おおむね全国調査よりも少なかった。

3.残存歯数が多いほど健康的であるということはない。

4.小数歯残存の者において、義歯の使用群のほうが不使用群よりも食事中の「むせ」が起こりにくい。

5.歯科的な治療は、未処置歯など歯牙の面から、また歯を補うための義歯の面からも必要である。

参考文献

1)白浜立二:施設入居高齢者の口腔健康状態と治療必要性に関する研究、九州歯会誌、45:220-238,1991

2)後藤 博文、上田 照子、高坂 祐夫:精神薄弱者福祉施設入所者の口腔衛生状態とその関連要因に関する研究、日本公衛誌、38:498-505,1991

3) Breslow L,Breslow N :Health practices and disability some evidence from Alameda County,: Prev. Med : 22(1):86-95, 1993

4)朝倉由利子 他:義歯と食品に関する研究−食品の分類について−、補綴誌、27:417,1983

5) 平成5年 歯科疾患実態調査報告:厚生省健康政策局歯科衛生課編、財団法人 口腔保健協会

6)竹腰 恵治、小谷 順一郎、上田 裕:重度痴呆老人における食事形態および口腔内状況について、老年歯学、10:258,1996

7)平野 浩彦、石山 直欣、渡辺 郁馬、鈴木 隆雄:地域老年者の咀嚼能力および口腔内状況に関する研究 第2報 咀嚼能力と口腔内状況および身体状態との関連について、老年歯学、7:150-155,1993


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