まるこのひとりリゾッチャ体験記
4月15日(土)
ここのとこずっと忙しかったので、何も準備をしていなかった。昨日も残業で帰ったのが10時。それから荷造りをしたら、なんだかんだで寝たのは朝の4時だった。朝8時15分の飛行機に乗るのに、時間に余裕を持って空港まで行くためには5時半には起きなければならない。いきなり睡眠時間1時間半という、ハードな出発となった。大丈夫、ホテルに着けばいくらでも寝られるさ。沖縄まで行って、昼間っからホテルで眠る。この贅沢感がたまらない。
今回の旅行は、いわゆる“逃避願望”から決めたものだった。だからケータイも置いていくつもりだったのに、会社から「緊急で連絡を取らなければいけないことがあるといけないので、ケータイは持って行ってくれ」と言われてしまった。親しい友人にさえ内緒で出掛けようとした旅なのに、会社がそんなところまで追いかけてくるというのか。しかし、それより問題は久米島に電波が届くかどうかということだ。だって久米島だよ。「離島ですから、電波は入らないと思いますよ」と、とりあえずささやかな抵抗をしてみたが、「大丈夫、大丈夫、沖縄なら入るから」とあっさり言われた。だから久米島なんだってば。たぶん無駄なことだとは思ったが、そんなに言うならとりあえず持っていってやろうと思った。でも、電波が入らないために連絡が取れなくても、それは私のせいじゃないもんね。
朝、名古屋は雨。天気予報を見ると沖縄もあまり良さそうではない。せっかくの旅行も天気が悪ければ台無しだが、それも運なので仕方ない。あとは神様が味方してくれることを祈るだけ…。
空港の待合室で私と同じ那覇行きの飛行機を待っている人の顔ぶれをざっと見回してみたが、リゾート目的の若者の姿がほとんど見当たらない。様々な年齢の人たちが親しげに話しているところを見ると、どう考えても慰安旅行の団体だ。いまどき、それもこんな時期に沖縄にリゾートに出掛けるもの好きは私くらいしか居ないのか。そりゃそうだよね。バカ高い国内旅行のパック料金を考えれば、同じ代金でハワイやグァムに行けてしまうのだから。那覇までがこのメンツなら、久米島などという地味な島に行く飛行機はどうなるというのか。さすがの私もちょっぴり不安になってきた。
慰安旅行らしきその1団体は、飛行機の座席の8割をも占めていた。まるで遠足に行く小学生と同じ電車に乗ってしまった時のようで、げんなりしてしまう。大人は子供ほど騒いだりしないが、たまに居るすごくうるさいヤツを叱咤する先生のような役割の人も居ないのだ。でも、そんな心配もつかの間のこと。窓際の座席に座るとすぐ、私には睡魔が襲ってきた。
しばらくして飲み物のサービスが始まったところで目が覚めた。どんなところでも平気で眠れる私は、わずかな時間だったが完全に熟睡していたようだ。ジュースを飲んだら到着までまた寝ようと思ったのに、そんなわけにもいかなくなった。なんと、機内でビンゴゲームが始まったのだ。機内で一丸となってリゾート気分を高めようという企画らしい。リゾート気分を高めるというより、何だか部外者の私が慰安旅行の団体に無理矢理交わらされているような気分だ。“素敵な商品”というのが気になり、とりあえず私も参加してみたのだが、ひとりでカードにプチプチ穴を開けていてもあまり面白くない。結局、何も当たらないままゲームは終了。何もくれないんだったら、もっと静かに旅行させて欲しいんだよね。
ビンゴゲームが終わったら、今度は機長がしゃべり出した。とにかくよくしゃべる機長だ。到着が定刻より10分ほど遅れる理由を、こと細かく延々と説明してくれた。飛行機にはもう何十回も乗っているけど、今だかつてこんなに話好きな機長に出会ったことはない。彼はたぶん、5分くらいはひとりでしゃべり続けていた。でも、何となく人を引き付ける話術の持ち主だったので熱心に聞いていたら、それから眠れなくなってしまった。
10時40分、おしゃべり機長の予告通り、定刻よりぴったり10分遅れて飛行機は那覇に到着した。那覇はくもり。思ったより気温は低い。こんなんで海に入れるのだろうか? 私はちゃんとリゾートが出来るのだろうか? 一抹の不安がよぎる。
那覇には何度も来たことがあるが、この前最後に来たのは、もう5年くらい前だったような気がする。狭くてオンボロだった空港ビルが、新しく建て変わっていたことにまず驚いた。久米島行きの飛行機は12時20分発。充分に時間があるので、私は広く新しくなった空港ビルを探検することにした。しかし、乗り継ぎの乗客が行ける範囲には、面白いものは何もない。すぐに飽きて、待合ロビーに戻ってきた。
1時間ほど窓の外の飛行機を見ながらボーっと過ごしていたところで、初めて私は気がついた。今まで飛行機の乗り継ぎといえば海外でしかしたことがなかったけど、ここは国内なのだ。入出国の手続や税関の審査が必要なわけじゃないんだから、1時間40分も時間があるのなら一旦外に出ればいいじゃない。航空券を見せて金属探知機を通るだけで、すぐまた中に入れるんだから。何のために私は窓越しにぴかちゅうの飛行機を見ながら1時間も過ごしていたんだろう…。でも、何事もこういう失敗のひとつひとつが経験となって実になっていくんだよね。
時間になったので、バスで久米島行きの飛行機の乗り場へと向かう。バスの中には野菜を詰め込んだスーパーの袋を持った現地民らしきおばさんの姿も見られる。飛行機で那覇まで食材のお買い物をしに来たというのだろうか。他を見回してみても、どうも顔つきが現地民っぽい人たちばかり。那覇と久米島を結ぶ飛行機は、どうやら島民の足代わりになっているようだ。ベストシーズンから少しずれているからなのだろうが、逆に私のようなリゾート目的の観光客は異次元から来た訪問者のように、完全に浮いてしまっている。私は不思議な世界に迷い込んだような感覚に襲われた。ここは国内のはずなのに、私ひとりが異邦人だった。
そんな人たちと乗る飛行機だから、プロペラのついたちっちゃなやつだったらどうしようかと思ったが、真ん中の通路を挟んで両側に3席づつある、ちゃんとしたジェット機だったので安心した。再び窓側の座席に座った私は、わずか30分ほどの低空飛行を窓に貼りついて楽しんだ。しかし、私は機内で衝撃の事実を聞かされてしまう。久米島の気温は20℃。これじゃ、名古屋と同じじゃない。最近は名古屋でも22℃くらいまでは上がる暖かい日があるのだから、少なくとも25℃くらいの気温は期待してきたのに。これでは海に入るどころか、水着になって浜辺で寝そべるのも無謀である。
12時50分、久米島空港着。相変わらず、雲は厚い。名古屋と気温は変わらないにせよ、海風が強いので体感温度は低い。せっかく南の島までやってきたのに、ちょっとガッカリだ。思い出したようにケータイの電源を入れてみると、案の定“圏外”。しめしめである。もう誰も私を追いかけてくる人は居ないのだ。私が泊まるホテルの電話番号だって、旅行会社の人しか知らない。もし、このまま行方不明になっても、しばらくの間は誰も気付かないかもしれない。
ホテルの場所は「空港からタクシーで3分」と書いてある。車で3分のところなら、タクシーなんかに乗らなくても、歩きで充分じゃない。私は地図を見ながら、ホテルまで歩くことにした。しかし、その道は片側が海風をしのぐ林になっていて、片側が畑になっている完全なる田舎道。案内板も何もないし、人も車も通らない。本当にこの先にホテルなんてあるんだろうか…と少し不安になってしまった。
でもまぁ、時間はたっぷりあるのだし、間違ってたら引き返せばいいやという気持ちでしばらく歩いていると、1台の白い乗用車が後方からやってきて、私を追い抜いて50メートルくらいのところで停まった。何? もしかして誘拐? こんなところで誘拐されて殺されたくはない。冗談ではなく本当に行方不明になっちゃったらどうしようと、私に緊張感が走る。
停まった車から、アロハシャツを着た怪しい男性が降りた。明らかに私がその場まで近づいてくるのを待っている様子だ。私はどうしたらいいのだろう? このまま誘拐され、殺されて海に捨てられ、“久米島で忽然と姿を消した名古屋のOL”と、ワイドショーで取り上げられてしまうのだろうか。「彼女はなぜ、ひとりきりでこんな地にやってきたのでしょう」などとレポートされてしまうのだろうか。会社の上司とかに「急に休暇が欲しいって言われましてね。忙しい時期だから先に出来ないかって言ったんですけど、どうしても休むってきかなくてね。まさかひとりで行っているなんて知りませんでした」などと証言されてしまうのだろうか。や…やだ。まだ着いたばかりで、リゾートも何もしていないというのに。殺して海に捨てるなら、せめてリゾートを満喫してからにして欲しい。
恐る恐る歩いて車の方に近づいて行くと、案の定その男性は私に声をかけてきた。「○○ホテルまで行かれるんですよね?」 私が「はい」と返事をすると、その男性は「僕、ホテルの従業員なんですけど、よかったら乗って行かれませんか?」と言う。車にはホテルの名前など入っていない。そんなのに乗る? 普通、乗らないでしょう。仮に車にホテルの名前が入っていたとしても、彼がゼッタイに安全な人だという保証はどこにもない。こんな淋しい田舎道で、そんなデンジャラスな行為を買って出るほどの勇気などない。「私、色々見ながら歩いて行きますから、結構です」と、丁重にお断りをした。
そういえば、私が19歳で初めて京都にひとり旅をした時、声をかけてきた2人組の男のコと途中から一緒に行動して、そのコたちの車に乗っちゃったことがあったっけ。その2人がいい人たちだったから良かったようなものを、今から考えると、それはとてつもなくデンジャラスな行為だった。その頃は、人を疑うということすら知らなかったのかもしれない。この世には悪い人は居ないと思っていたのかもしれないな。
私が断ると、その男性は「そうですか…」と、少ししょんぼりした様子で車に乗り去って行った。私としては、とりあえずひと安心。彼が本物のホテルの従業員であれば、この先にちゃんとホテルがあるということも間違いないのだし。でも、たとえ親切心から出てきた言葉にせよ、ホテルの従業員がホテル外でそういう行為を行うことは許されるのだろうか。いや、許されるのかもしれない。ここは久米島なのだから。
再び私は、自然があふれまくっているその道を歩き始めた。見たこともない色の蝶は飛んでいるし、草の葉にかたつむりも見つけた。何だか楽しい。途中には『ナビィの恋』に出てきたような、ほこらのような大きなお墓も見かけた。わずかな距離だけど、歩かないと気付かないものもたくさんある。
キョロキョロとしながらしばらく歩いていると、ホテルの入口が見えてきた。そのホテルは、旅行会社のパンフレットに載っていた写真ではとても美しかったのに、潮風ですでにボロボロになっていて全く美しくない。少なくとも“リゾートホテル”という風には、とても見えない。錆びついてきしんだドアを開けて中に入ると、フロントにはさっきの乗用車の男性が居た。従業員だという証言は間違いなかったようだ。アロハシャツはホテルのユニフォームなのだ。「先ほどはどうも」と私が言うと、横に居た上司らしき人が彼をチラリと見る。彼はちょっときまりが悪そうな顔をした。
しかし、私は何だかすごいところに来てしまったようだった。ホテルのプライベートビーチを覗いてみたら、そこは既に潮が引いていて、海水浴というよりは潮干狩りをするような状態になっている。ロビーにあるカフェもブティックも、こんな昼間っから“CLOSED”になっている。ゲームコーナーの機械には電源すら入っていない。ロビーの椅子には新聞を広げたオヤジが3人座っている。私は本当にこの地でリゾートが出来るのだろうか。ここは“パラダイス”と言っても、『探偵!ナイトスクープ』で桂小枝がレポートしている“パラダイスシリーズ”のネタになるような場所のようだ。
部屋に入ると、また急激に眠気が襲ってくる。夕食を18時に予約したので、それまでの間少し眠ることにする。ベッドサイドのアラームをセットしようとしたが、壊れていて使いものにならない。BGMをかけてみたが、最大音量にしても蚊の鳴くような音しか聞こえてこない。やっぱり、このホテルはただものではなさそうだ。仕方ないので持って来たケータイをアラームセットして使うことにした。ケータイも何とか役に立ったようだ。
眠っていたら、夢に会社の人が出てきた。何もこんなところまで追いかけて来なくてもいいのに。
ケータイのアラーム音で目が覚め、夕食を食べに行く。ホテルに1軒だけあるそのレストランは、全ての席が海が見える窓際にあるという、とても狭いところだった。リゾートホテルのレストランというよりは、食堂をちょっと豪華にしたような感じだ。
料理は洋食のコース。今日のメインは牛フィレ肉のステーキだというので、赤ワインを頼んだ。しばしの間、海を見ながらワインを飲み、のんびりと食事をする。なんという穏やかで贅沢な時間なんだろう。しかし、窓から見える海は風が強く荒れまくっている。雲は相変わらずどんよりと垂れ込めていて、明日の天気が気になる。明日は“はての浜”へのシュノーケルツアーを申し込んであるのだ。果たしてこんな天気、こんな気温で行けるというのだろうか。しかし、ここまで来て、長い間憧れていた地を見ずに帰ることも出来ない。
そんなことを考え、1杯のグラスワインをちびちびと飲みながらゆっくりと食事をしていら、途中で20人ほどの団体さんがいらっしゃった。彼らが宴会モードに入り始めたので、ちょっと気分を害された私は、退散して部屋に戻ることにする。
グラスワイン1杯では飲み足らなかったので、缶ビールを買って戻った。しかし、部屋に戻っても何もすることがない。ただものではないホテルだけあり、部屋には一応有料ビデオ(Hな映画だけじゃなく普通の映画も見れるやつ)の機械もあるのだが、作動していない。もちろん、テレビにはBSチャンネルなどの機能は備えていない。3チャンネルしかない民放テレビも、騒がしいだけで面白そうな番組はやっていない。静かな場所、ゆったりとした時間を求めて日本の南の果てまで来て、騒がしいだけのテレビ番組も見たくないので、ビールを飲みながら、持って来た本を読みながら過ごした。21時になったのでとりあえずゴールデン洋画劇場だけはチェックしてみたが、やっている映画は『ランボーV 怒りのアフガン』。これもリゾート気分で観るような映画ではない。ダラダラとしていたら、そのままベッドで眠ってしまった。
4月16日
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