延長ミッションでは、多くのエキサイティングな選択が可能です。延長ミッションの手法の一つは、通常ミッションで行われる観測の多くを、異なる位置関係や機器で繰り返すことです。おそらくカッシーニは土星の新しい衛星や、さらなる研究に値する奇妙な磁場異常を発見するでしょう。例えばボイジャー探査機は、打ち上げから20年以上たっても使用されており、外部太陽系と太陽風のデータを集め続けています。1973年4月に打ち上げられたパイオニア11号は1979年に土星から2万1000キロ以内を通過し、つい最近運用のための電力を使い果たしたところです。カッシーニもボイジャーやパイオニア探査機のように、延長ミッションでの成功が期待されています。事実、もし姿勢制御についてだけ言えば、カッシーニは姿勢の安定を失うまでに、最長200年は生き延びるでしょう!
しかし通常ミッション後のカッシーニには、あらゆる種類の奇抜なチャンスがあります。土星最大の衛星タイタンの周回軌道に入ったり、タイタンの重力アシストをつかって土星から脱出することさえできるのです!他の惑星に行ったり、どこかのアステロイドを訪れることさえ可能かも知れません(それには何年もかかるでしょうが)。しかし、土星系は十分興味深く・・また、何かびっくりするようなことが残っているかも知れないため・・カッシーニにはたくさんの有意義な観測事項が残されていることでしょう。
厳密なところ、延長ミッションの間カッシーニは何をすることになるのでしょうか?4年の通常ミッションの後、土星とその周辺では、たくさんの面白いことが可能です。まず第一に、土星とリングへの経路を時間を追って変化させるのは科学的に非常に重要です。長い期間にわたって土星およびその周辺を研究することには大きな価値があります。4年というと何かを研究するには長いようですが、地球の気象--竜巻、エルニーニョ、地球温暖化、オゾンホール、あるいは単なる天気予報についてさえ、いかに多くのことがわかっていないか想像してみて下さい。地球に関する知識のほとんどは、もっとずっと長い年月にわたって積み上げられた研究と経験によって得られたものなのです。
ここでは、カッシーニ延長ミッションのための項目のいくつかをご紹介しましょう。
土星重力圏からの脱出 タイタンの重力を用いて探査機の軌道を変え、土星から脱出することができます。このプロセスには、公式ミッションをどの位置で終了するかによりますが、少なくとも数回のタイタン・フライバイが要求され、最低6ヶ月かかります。最後のタイタン・フライバイで、探査機はフライバイの前に土星周回軌道に入り、フライバイ後、土星から脱出するコースに到達します。そのあと探査機がどこへ行くかは未定です。しかし、遠い将来(おそらく非常に遠い将来)もう一度土星フライバイを行うか、よほどたくさんの燃料が残っていない限り、土星軌道からそう遠くへは行けそうもありません。
タイタン近距離を飛行する 「ツアー(訳注:土星を周回する期間。対語は、地球から土星に至る「クルーズ」)」の間、たくさんのタイタン・フライバイが行われ、その際にタイタン独特の大気を調査することができます。しかし、探査機はタイタン大気の「風」による抵抗を受けすぎないように、非常に近くまで接近することはできません。ごく低高度でのフライバイは、低高度で大気の性質を試験するための延長ミッションの選択肢としてなら、まだ芽があります。
実際、タイタンを周回する軌道に入ることさえ可能かも知れません!「エアロブレーキング(大気制動)」、つまり天体の大気を用いて宇宙船を減速する技術は、他の探査機で試験済みで、少なくとも1回、将来JPLの他のミッションで使用される予定です(訳注:前者は金星探査機マゼラン、後者は火星探査機マーズ・グローバルサーベイヤーおよびマーズ・クライメイトオービターのことです。グローバルサーベイヤーは実際に大気制動を用いて火星極軌道に乗り現在も観測中ですが、クライメイトオービターは火星到着時に遭難してしまいました)。エアロブレーキングと探査機の軌道操作(またはいずれか一方)によって、カッシーニを効率的にタイタン周回軌道に乗せることができ、長期にわたって非常に近いところからタイタンを研究することが可能になります。
土星近距離を飛行する 4年間の「ツアー」ののち、探査機はおそらく北緯・南緯80度近くをとおる、ほぼ極軌道にあります。延長ミッションの選択肢のひとつは、土星への最接近距離をもっと減らし、Gリングの内側へ入れてしまうことです。こうすると、潜在的な破損原因となるリング粒子が高密度に存在すると考えられる区域をとばしてしまうことができます。この選択肢は、さらに軌道の傾きを少し増やすことができるという利点があります。リング平面のGリング内側を通過することによりリング粒子との衝突の危険は増大しますが、このようなリスクは延長ミッションならまだ受け入れやすいでしょう。
追加フライバイ 一般に観測時間の追加についで、追加フライバイは延長ミッションのもっとも明らかな利点の一つです。タイタン・フライバイの追加により、「レーダー(訳注:カッシーニの高利得アンテナを用いた電波観測システム)」のマッピング範囲の拡充、大気の力学および組成に関するデータの追加、タイタン重力場のより正確なマッピングが可能になります。もし通常ミッションのあいだにタイタンに興味深い特徴が見つかっていれば、延長ミッション中のタイタン・フライバイ時の地表経路(タイタン地表のどこを通るか)は、そうした地域をカバーするように設定されるでしょう。
タイタン以外の氷の衛星への追加近距離フライバイは、延長ミッションにおける他の観測目的を考慮しても、明らかな選択です。「ツアー」期間中にはこうした衛星への接近の機会はほんのわずかしかない(もっとも近いときでも数千キロ)ため、これらの追加フライバイは大きな恩恵となります。タイタンの追加フライバイは飛行コース設計者にとって重力アシスト源でもあり、周回軌道を土星系内の異なる、興味深い区域に動かすのに使うことができます。
より近距離からの土星リングの観測 「ツアー」のあいだ、土星の内側リングは遠くから観測されます。多くリング粒子が探査機の安全に対し脅威を与えるためです。しかし通常ミッション終了後なら、リング組成に関するより直接的な情報を入手するために、もっとリスクを犯す方向に傾くことができます。 事実、カッシーニの通常ミッション後数年間に起こる、リングに関するいくつかのイベント、例えばリング系の近くもしくは内部を通る衛星のフライバイなどがあります。リングをかき分けて進む小さな衛星の観測は、それだけで計画の継続に値するくらい興味深いかもしれません。
軌道傾斜を変更する 異なる軌道傾斜、つまり異なる軌道の傾きに到達するには、いくつかの科学的な目的があります。これは土星の磁場をすべて三次元でマッピングする上で重要で、また極地方を高分解能で観測するのに非常に役立ちます。しかし、軌道傾斜角の変更はタイタンからの重力アシスト(多くの科学的な目的に忙殺される)を必要とします。延長ミッション期間中は、通常ミッションの「ツアー」中よりも、高い傾斜または低い傾斜に到達する時間をより多くもつことができます(ツアー中は、すべての科学的な目的に等しく接する必要があるため)。
軌道を回転させる 「ツアー」中、軌道の形の違いにより、土星とその衛星の「位相角(phase angle)」の形も様々に変わります。「位相角」つまり物体を見る方向は、太陽がどの角度から表面に照らすかで測ります。たとえば「満月」は位相角ゼロかゼロ近くで、色や表面の組成を計測するのに最適です。「半月」のとき位相角は90度付近で、高地と低地の影が用意に識別でき、高度マッピングに向いています。「新月」では位相角は180度近くとなり、太陽が惑星の向こうを通過する太陽掩蔽(えんぺい)観測(主として天体の大気の情報を与える)に向いています。延長ミッションにおける軌道の回転により、通常ミッションでは不可能な(またはごく短い間しか使えない)位相角で土星系を観測するチャンスが得られます。
これらのシナリオの多くでは、何回ものタイタン・フライバイと、遂行するための多くの時間が得られます。探査機に多大なリスクをもたらすオプションでも、科学的な目的がすでに達成されたあとの延長ミッションであれば魅力的なものとなります。とくに、もしこれらのオプションにより、カッシーニがすでに発見した事を補強する機会が得られるのであればなおさらです。延長ミッションがどんな形になるかは、搭載推進剤の残量、探査機の状態、ここ地球上でサポートを続けるのに使える資金に大きく依存しています。