リディアの豊かな黒髪が宙に舞った。 「きゃああああっ!」  川の中から出てきたそいつが、リディアの足に食いついたのだ。バランスを崩し、 たまらず彼女は水辺に倒れた。草を攫み、泥に爪を立て、彼女はあらん限りにもがき のたうって逃れようとするが、かなわない。そいつは彼女を川の中に 引きずり込もうとしているのだ!  俺は躊躇しなかった。水をはねかして川の中に入ると、リディアの足をくわえた そいつの、ぬらぬら光る黒い頭の付け根を、剣で一刺しした。黒い頭? 俺は、 その瞬間まで、そいつの色や形さえ知覚していなかった。そいつは川辺の水底と まぎらわしい、黒光りするマーブル模様の肌をしていた。おまけに、 その図体の割りに異様に平べったい。ちょうど押しつぶされた人間のような影が、 川の中ほどまでゆらめき伸びている。俺は、まあ人間としてはいろいろと化け物を 見た方だと思う――その俺にして、このような奇襲向けに特化された恐るべき 化け物は見たことがなかった。俺独りなら、絶対に数分以内に川の中で 奴の食事になっていた。  だが、奴にとって残念なことに、俺たちは二人連れだった。獲物の足を くわえていたため、そいつは身動きできなかったので、奴を串刺しにするのは たやすかった。あの、壷の中の木の実を欲張ったために手が抜けず、人間に 捕まった猿と一緒だ。俺は黒坊主のようなそいつの息の根が止まるまで、 何度も何度も剣を突き刺した。ぬめる、何と言うか剣越しにも触感の悪い、 プルッとした気味の悪い奴だった。  しまいには、そいつの首が半分ちぎれてぶらぶらしはじめた。どす黒い血は (血と呼べるものならば、だが)、淀んだ川岸の水中にゆらゆら漂い、 一層俺の不快感をかきたてる。しかし、貪欲な黒坊主はリディアの足を 放そうとはしない。 「きゃ、あふ、あ!」  彼女はパニックを起こしてわけのわからない悲鳴をあげ、川岸で もがくだけである。黒い体液と泥と水を全身に浴び、リディアは先ほどの 軽やかな容姿を失っている。べっとり額に張りついた髪から奴の黒い体液が 幾筋も流れ、ただでさえ浅黒い彼女の顔は今や泥まみれのマクワウリのようだ。 俺は奴の首を切断しようと、剣を振り下ろした。  その瞬間、あまりにも嫌な感触が剣先から伝わってきて、俺はたじろいだ。 正確には、それは「無感触」だった。くたくたの肉塊を切断するにしては、 あまりにも軽く頼りない手ごたえだった。 「……まさか、……!」  そのときの俺の顔は、とてつもなくみっともないものだったに違いない。 いや、後にも先にも、ここまで狼狽したことはなかった。それは、 剣士にとっては死よりも悪い運命だった。  剣身の半分ほどがないのだ。溶けた飴のように、そこから先がなくなっている。 いや、剣の上半分に限らず、残りの刃も古びた雑巾のようにくすみ、穴だらけに ささくれ、ぼろぼろに腐食している。  見れば、その黒坊主の体からにじみ出た体液は、今やどす黒い網となって 川の半分を汚している。その液体が触れた俺のすね当てと拍車から、 細かい泡がぶつぶつ涌いている。  俺は茫然となりながらも、何とか岸によろめき這いあがった。上の空で リディアを引き上げるが、その後五分ほどの間に何があったかなど、 全く覚えていなかった。  俺が我に帰ったとき、リディアはもうとっくに気を取り直していた。だが、 俺にはいまだそのできごとが信じられなかった。信じたくなかった。まだ、 頭の芯に白い霞がかかっているようだ。 「俺の……剣……」 「さっきからそればっかり! しっかりしなさいって!」  しっかりしろと言われたって……。 「あいつはサンショウウオよ。それも、かなりの歳を経た。……どうやら、 あいつの血には金属を殺す力があったみたいね。……父さんの差し金だわ。 父さん、怪物を召喚するのが得意だもの」  茫然とする目で、俺は周りを見た。確かに、そこかしこに数匹の怪物が 見えかくれしている。 「ま……ずいところに、まずい連中がまあ……」  陸行魚が近付いてきた。フナのような間抜け面に、丸太のような四つ足が 生えた化け物だ。頭は魚らしく水っぽいが、生命力と馬力と食欲だけは 普通の怪物以上にある。要するに、丸腰の剣士には充分なまでに脅威なのだ。 だが、格闘戦の覚悟を決めた俺の目の前で、奴らは突如爆発した。俺の横では、 リディアが盛んに腕を振り、印を組んでいる。腕の軌線に合わせて、 乾いてツンとした空気が、川面の湿った空気を裂く。数秒の間を置いて、 怪物は一点から白煙をあげ、炎上する……魔法を使っているのだ。見れば、 数匹の怪物のケシズミが辺りに転がっている。  それは少々うそ寒い光景だった。俺の知っている人間の魔術師は、 もっと派手だった。押し出しはとてつもなく陰気で、やたらに小難しい話題を好み、 説教をたれ、その魔法たるや派手そのものだった。同じ状況にあれば、 おそらく彼なら「ハァー」とか「ホャァ」とか奇声を上げ、腕から放った 巨大な火の玉で敵を焼き尽くしただろう……但し、一匹のみ。リディアの動きも派手だが、 何かもっと合理的で、最低限の動きで必要ぎりぎりの効果を引き出しているように見える。 俺は魔法は知らない。だが、練達の剣術の神髄なら、師匠のそれを見てきた。 同じものを、彼女の動きに感じるのだ。……これが、「アールヴは魔法の名手」たるゆえんか。  しかし、彼女がいくら魔法の名人であるとはいえ、怪物の数には際限がない。 「逃げよう」  俺はそう言うのがやっとだった。 「そのつもりよ。ようやく意識が戻ったわね」  リディアは複雑な「踊り」をやめ、ふうと息を吐いた。今日いくつの幸運に 出会っただろう。怪物はみな、動きの鈍い連中ばかりだ。俺たちは一目散に逃げ出した。  今日一番の幸運は、リディアに出会えたことだろうか。 「森に逃げ込みましょ! 森の奥は聖域よ。とりあえずつまらない殺し合いは しなくてもよくなるわ」 「これ以上森を乱すにはしのびないから、かい?」 「倫理的な問題からじゃないわ。あたしやあなたがお昼なり夕食なりに なっちゃったら、もう倫理なんて関係なくなるじゃないの。森の奥には強い力が 働いているのよ。古い古い時代からの、太古の魔力よ。ひとりきりの魔法じゃ、 太刀打ちできないくらいに強い魔力がね……」  逃げながら、俺はぼんやり考えていた。剣がなければ、俺は半人前だ。 この危機から逃れる術はない。リディアだけが、頼りだ。最初はただの かよわい小娘だと思っていたが……ところがどっこい! だいたい、しきたりから逃れ、 囲みを突破すること自体、強くなければできないことだ。実は守られ、 その明るさに照らされ、暖められているのは、……。  そこまで考えて、俺はやめた。久しぶりに安らぎなごむ自分に戸惑いながら、 俺はリディアに続いた。川岸近くに、森は迫っていた。鬱蒼として湿った空気、 僅かな木漏れ日が星のようにまたたく黒い天蓋が、目の前にあった。樹木の幹には蔦、 根にはキノコ、地面には灌木と草とシダの絨毯の広がる異界へ、浅黒い肌と 豊かな黒髪の娘はなぜかとても嬉しそうに、軽やかに入ってゆく。  それは、久しぶりの感情だった。俺はただ思った。生きよう、と。            *           *           *  私の姿を見るやいなや、ファイアードレイクは低いうなりを上げた。 本来誇り高い空の生き物は、地面に縛りつけられることを極端に嫌うのだ。 今度の狩りが終わったら、もう放してやる以外にあるまい。今までこいつは 充分に働いてくれた。  アールヴの竜狩りと言えば、丸耳でも聞いたことがある者がいるかもしれない。 アールヴ社会において、自らの勇敢さを示すには、これほどうってつけの習慣はない。 ルールは簡単だ。飛竜・ファイアードレイクとたったひとりで戦い、 勝ってそれを従僕とする。誇り高く、頭の良い竜だからこそかなう無謀な挑戦だ。  竜は一定期間の「奉公」の後、主に解放される。期限の終わりは主が 竜のふるまいから見極める。大抵はその頃には主は竜の心が読めるように なっているので、問題はない。稀にタイミングのわからない奴もいるが ――まあ、あまり良い結果には終わらない。  巨大なヤマネコのような甲高く恐ろしい咆哮が、部屋の中に響いた。 馬の二倍ほどもある体躯が力強くうねる。バランスをとるためいつもピンと 固くそそり立っている尻尾が、まるで剣のように宙を斬る。全身を覆う硬い鱗は エメラルドのように輝き、太古からの狩人である己の武門の誉れを高らかに誇示している。 そう、こいつはこの世で最も誇り高き戦士だ。こいつの生きざまは、 まさに闘いの中にある。ところどころムラのある緑で迷彩塗装を施した、 大空の騎士だ。私にはどうしても納得できないしきたりがある。アールヴが 竜をしもべにしても、決して名前はつけてはいけないのだ。別れの際に 情が移るからである。本来、生粋の戦士である彼らを永遠に縛りうるものは 何もないのだから。だが、……この素晴らしい生き物を見ていると、 私にはどうしてもそれが杓子定規な決まりに思えてしかたがない。  私は台の上から鞍をとり、竜の背中に固定した。単に「竜部屋」と呼んでいる この部屋は、我が家の三階にある。三方を土壁で覆っただけの、質素な部屋だ。 寝藁と騎乗具、水桶、篝火用の松明のほかは何も置いていない。正面の木の壁は、 実ははね上げ式の出入口だ。この部屋に出入りするには、そこか、床からの 出入口しかない。竜は琥珀色の目をきらきらさせ、木の壁の方を向いていなないた。 外に出たくてうずうずしているのだ。  そこへナディーヌが、おずおずと入ってきた。どうも、女性というのは この竜が嫌いらしい。……いや、今回はそればかりでもないはずだ。 「出陣を、お見送りに」  そう。アールヴは――アールヴに限らず、丸耳もそうだろうが――戦の前には 必ず愛する者と別れの挨拶をしておく。彼女は出陣の前の挨拶に来たのだ。 少なくとも、私はこれを戦だと考えている。彼女はそれを察して、言わずとも 自ら出向いてきたのだ。そして無論、もう一つ――彼女は、リディアの侍女であり、 姉代わりであったのだ。彼女は妹のことも心配なのだ――恐らくは、 うまく逃げおおせたかどうか、がだ。多分、彼女は心の中で、リディアが 捕まらないことを望んでいる。 「私の呼吸が読めるとみえるな。さすがだ」  私はつかつかと彼女に歩み寄った。そして、顔の両側に垂らしてある 豊かな髪をかきわけ、彼女の頬を優しくはさんだ。瞬間、彼女はピクリと 身を震わせた。顔の細いことを気にしている彼女にとって、それはいきなり スカートをたくし上げられることに等しい。だが、私は、他ならぬ彼女自身によって それが許されている唯一の人間だ。彼女はときおり小刻みに震えながら、 静かに熱い息を吐いている。耳はすでにきれいな桜色に染まり、心地よい熱さを 私の掌に伝えている。忘れられぬ幾多の夜を想いかえしながら、私は彼女の顔を 優しく愛撫し、その柔らかでなめらかな感触を楽しんだ。 「……だめ、ですよ」  むしろそれが合図だったかのようだ。私はごく自然に、彼女を腕の中へと招き寄せた。 陽に灼けた髪の、ふんわりとした香り。少し火照った肌の温もり。砂糖菓子のように 柔らかい肌の、その下の骨のしっかりとした触感。耳元に微かな、彼女の息づかい。 ……もう、彼女が腕の中にいることが、私にとってごくあたりまえのことになっている。 こうして抱き合っていることが、こうも安らかで自然なことなのか……。  いつもそうだ。私のどこか、見えないくらい隅っこのところに、憶病で 甘えん坊な私がいる。絶対人には見せることのできない、――例え父上であっても! ――もう一人の自分。それを、人知れず、静かにいやしてくれるナディーヌ。 彼女だけが、頼りだ。戦に赴く前、だから私はいつも彼女に会いたくなる。  そして。こうして私と彼女が抱き合っている間、リディアはそのぶんだけ遠くへ 逃げることができる。普通なら相反する要求を、見事に融合させている。時々見せる 彼女のこの政治的手腕。  欲しい。私はこの瞬間、切実に思う。……ナディーヌが欲しい。一過性の 欲望からではなく、衝動からでもなく、……ずっと一緒にいたい。この戦から 帰ってきたら――父上に相談しよう。私は苦笑しながら思った。今まで、 私はどんな戦に出ても、死ぬことなど考えなかった。それが……「帰ったら」? なるほど。愛するとは憶病になることだ。だから、命を大事にできるようになる……。 「もう、時間だ」  私は名残を惜しみながらも、彼女の体を放した。僅かに私から遠ざかった彼女の瞳が、 彼女の様々な想いを映していた。 「……これは、戦だ。リディアにとっても。あれがそう望むのなら、自らの手で 奪い取ればいい。私から……そして、村から。竜は村の代表だ。二対一では 分が悪いかもしれんが、それだけの価値はあろう。それを問いに行くのだ ――腕ずくで、だがな」  そして私はナディーヌの唇を奪った。上唇、下唇の柔らかさを私の唇ではさみ、 柔らかさを確かめたあと、彼女の冷たく硬い歯の感触と、暖かく柔らかく、 吸いつくように蠢く舌の味を楽しんだ。何の抵抗もなく、お互いの舌はお互いに従順に、 激しくもつれあった。世界に響き渡る音は、お互いの頭蓋骨に直接響き渡る 唇の音だけだった。苦しさに唇を離すと、二人の間を糸が引いていた。 二度、三度口づけを交わしあううちに、二人は感覚を喪っていった。 そうやって、二人だけの無音の無時間の空間を、しばしお互いだけで漂っていた。  だが、私は今度こそ断固として体を引いた。私は、もう行かなくてはならない。 私がまたがると、竜は長い首をこちらに回し、怪訝そうな声で啼いた。 未だ夢見心地の中にいる私は、どうやら据わりが悪いらしい。 「扉を開けてくれ」  言うと同時に、ナディーヌは壁の滑車に手をかけた。梃子の原理で、 壁は女の細腕でもたやすく開くようになっている。キリキリという鈍い音とともに、 木の壁がゆっくり、上部から外の景色をのぞかせてゆく。二分くらいで、 壁は床と完全に平行になった。竜はいそいそと、滑走体勢に入った。 「……愛してるよ、ナディーヌ」  私はなぜか、どうしてもそれを告げたくなった。だから、竜が飛び出す直前に、 私は体を乗り出して彼女の耳元に囁いた。彼女がどう反応したかは知らない。 次の瞬間には、真っ赤に赤らんだ私の耳朶の熱さしか感じていなかったのだから。 竜は首を回してしげしげと私を見つめたが、それはきわどい瞬間に バランスを崩すようなマネをやってのけた私に対する非難ではなくて、純然たる 好奇心からのように見えた。……案の定、笑っている。竜という生き物は、 主を観察し、考察するほど賢いのだ。  私は腹立ちまぎれに竜の腹に拍車を当てた。竜もそれ以上深くは追求せずに、 速度を上げてまっすぐにヨクソールの川を目指した。さらに川面から立ち昇る 気流を掴むと、その身体を空の高みへと押し上げた。蒼い天蓋と緑の絨毯に挟まれた そこは、風だけが小走りに通り抜けることを許された、彼だけの玉座だった。 この躍動する生命との一体感……ここへ来たことのない者は、所詮竜という生き物の 素晴らしさを到底知ることなどかなうまい。カエルなどではまるで想像もつくまい。 そこにいるだけでこの世の尊厳というものを感じ取れる空間が、天と地のあいだには 存在するのだ、と。  竜がいなないた。銀色に輝く小道のように見える川辺に、私は辛うじて戦いの痕跡を 見た。いや、ここからではいかな竜だとて、あの様子は詳しくはうかがえまい。 銀の小道と、圧倒的に広い緑の絨毯の狭間に、ほんの少しだけ灰色の境界線――河原がある。 その狭い境界線をさらに汚す黒いしみ――よほど注意深くなければ見落とすに違いない。 だが、竜には狩人の天性の感覚がある。血の臭いでも嗅ぎとったのだろうか。 竜は興奮しながらも、それを鎮めるかのごとくに慎重に、静かに螺旋を描きながら その一点へと降下してゆく。まったくたいした生き物だ。私はただ、獲物の元まで のんびりと連れていってもらえばいいだけだ。  そこには焼け焦げた化け物の死体がいくつも転がっていた。未だくすぶるその屍からは、 動物の体臭、むせかえるような焼けた肉の香り、そして血の臭いが漂ってくる。 竜はその強烈な臭気に興奮し、さかんに雄叫びを上げている――そう、これは こいつ自身の狩りの臭いでもあるのだ。竜はそのちょっとした墓場の近くの、 ひらけた河原に降りた。つい先ほどまで、屍肉あさりに化け物どもが来ていたのだろう。 その屍はいたるところに牙にえぐられた痕がついている。だが、その屍肉喰らいどもも、 今は竜のいななきに怯えてか姿を見せない。そこは静寂そのものだった。  だが、このくすぶる炎の匂いが、リディアがまだこの近くでもたついていることを示している。  それにしても、我が妹ながら見事な攻撃だ。最低限に抑えた火力で、 急所を一撃してしとめている。戦を知らぬことが不思議なくらい、余裕のある 戦いをしている。私は嬉しくなった。 「……なかなかやるじゃないか。分がないなんて、とんでもない――五分五分、かな?」  竜の背を降りた私は、竜の鼻面を叩いた。興奮さめやらぬ彼は、じゃれるような うなりをあげて、私に顔をこすりつけた。私は竜の背中にくくりつけた背嚢から、 リディアのハンカチを取り出した。竜はその匂いを嗅ぐと、鼻面を上げて森の方を 向き、ひときわ大きな声でいなないた。 「早いな」  私は竜の素早さに苦笑した。もう、獲物は射程距離に捉えたも同然なのだ。 そして、私は同時にリディアの意図も悟った。聖なる森に入るつもりなのだ。 あそこは古い魔力にあふれる土地で、そこに逃げ込まれてしまっては、死すべき運命の人の子の 手では探し出すことは事実上不可能。なるほどな、お互いに今やきわどい瞬間にいるわけだ。  私は竜に飛び乗った。バネのようにしなやかな竜の両の肢が、軽やかに地面を蹴った。 次の瞬間には、竜は風よりも速く、森の中を滑空している。強靱な鱗の鎧は、少しくらい 太い枝などものともせず、森を切り裂いてゆく。こいつは、剣だ。生命力あふれる、 生きた魔剣でもあるのだ。竜の背中から振り落とされまいと、私は必死にしがみつきながら そう思った。今この瞬間、一番生命の危険にさらされているのは、その剣を握っている この私なのだが。  竜が再びいなないた。それは竜の息吹――あまりにも有名な竜の炎を伴っていたようだ。 心地よい戦の炎の火照りを顔に感じ、私は全身が緊張に引き締まる、あの感覚を思い出していた。


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