記事タイトル:デザイナー志望の方へ 


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お名前: ひぐち   
美術家、画家、彫刻家、イラストレーター、デザイナー等、美的感性を持ち味とした職業はあら
ゆる場所や物、事にたずさわり活躍されています。これからはその重要性(需要)は益々高まり
活躍の場は広がって来ます。
ここでは、それぞれの職業の大まかな違いを取り上げます。進路の参考にするにはその職業の方
のお話を直接聞く事をお薦めします。
大ざっぱにそれらは、美術家(画家、彫刻家、書家等)、イラストレーター、デザイナーの三つ
の分野に分かれます。美術家は、自分の感性と思想的発想で美的表現を絵や書などに託します。
結果としてそれを求める人が居たり特別に制作の依頼がきたりします。古くはヨーロッパで見ら
れる宮廷画家や江戸時代の屏風絵とか襖・天井画などがそれに当たります。現在でも良く見られ
るのは公共建築物のホールに飾られた彫刻などです。この進路を希望するには、芸術大学とか美
術大学へ進むか著名な美術家の弟子入りの方法がありますがどちらも厳しい素養と現在の腕前が
入学または入門の判定になります。一度専門家の方にご自身の絵を見て貰って下さい。
次にイラストレーターは、三つの分野の中の中間的な職業でとても幅の広い位置にあります。
絵心の素養とデザインの基礎知識が必要になります。美術家やデザイナーから転向してこの職業
につかれる場合もあります。イラストは書籍や生活用品、服飾品、広告物などに使われ本来の目
的を効果的(付加価値)にする役目があります。進路の幅も広く学校も沢山あります。
デザイナーは自らイラストをおこし服飾品や素材を造ったりします。美的感性を持って物を造る
のがデザイナーです。私は建築家ですので建築デザイナーの場合を例に例えると建物の全体の形
をイメージしてその形とその建物に求められる耐久性、機能性を考慮した素材と色を総合的に判
断して外観とかインテリアがデザインされます。同じ様な事が車、飛行機、船そして身近なとこ
ろでは服飾品などのデザインの現場でも行われています。デザイナーはデザインする対象物によ
って素材の力学的知識とか素材の生産的知識が必要になります。素材をより専門的取扱いをする
職業をエンジニアと呼びます。どちらも専門的な知識が必要で、何のデザインを希望するかによ
って進路は大きく変わりますから早い時期に決める事が進路の分かれ道になります。
ご自分の素養と感性がどの進路に適しているかの判断の方法として三つの分野それぞれに定期的
にコンテストなどの募集をしてますのでそれに応募してみるのも良い方法です。著名な方の多く
は、学生時代から何度も挑戦して腕を磨いた方が沢山いらっしゃいます。頑張って下さい!
[1998/07/15 23:25:24]

お名前: 森岡寛貴    URL
私は、小値賀町納島育ちのグラフィックデザイナーです。小値賀の北松西高校を卒業してから東京の
デザイン学校に入りました。そこで、2年間デザインや美術の勉強をし、その後2つのデザイン会社に
勤めてから23歳の時に会社を辞めてフリーランスとなりました。それから、数年間フリーランスを続
けたのち自分の会社であるGEON GRAPHIC Inc.(ジオングラフィック)を設立しました。今は、他の2名
のスタッフと日立や環境庁、NHK、小学館、マガジンハウスなどの仕事をしています。数ある仕事の
中にはホームページ制作の仕事もあり、その合間にこの六島のホームページを見つけました。立志の
部屋とはなかなかいい企画だと思います。私自身、小値賀時代はデザインや美術の情報に飢えていま
した。今は、インターネットでかなりの情報がつかめるからいい時代だと思いますね。小さい頃から
絵を描くのが好きでした。文化祭や体育祭などの行事があるときはいつも燃えていました。劇をやる
ときはストーリーをまとめたり背景のセットの絵を描いたり、体育祭の時は応援の巨大な旗を徹夜で
制作したり、卒業文集などをデザインしたり、小・中・高等学校時代はそれなりに絵的な面で頑張っ
ていたように思います。中学校の2年間は美術の先生にも恵まれ(西村章子先生!)、2年生の
時にはもうデザイナーか美術の教師になることを決めていました。しかし、その後の4年間はデザイ
ンや美術の勉強をするにはあまりよい環境ではありませんでした。教えてくれる人が周りにいなかっ
たのです。中3の時には美術の先生に恵まれず、高校の3年間は選択科目にすら「美術」の授業は入っ
てない。仕方ないので我流で絵や漫画をひたすら描いていました。夏休みになると親が必ず福岡や
東京に旅行に行かせてくれたので、その時がデザインセンスを充電する貴重な時間でした。高校3年
になって進路を決める時、東京に行って広い世間を見て決心しました。「東京でデザインだ!」。
その後は、怖いもの知らずです。職員会議で学校を少し休んで勉強をすることを認めてもらい。東京
の美術専門の予備校に通いました。そして、年明けて1月、何とか志望校に受かりました。それから
18年間デザインとの格闘の日々です。今は、仕事の合間にデザイン学校の講師も勤めています。
小値賀時代に描いていた夢は、とりあえず果たせているように思えますが、デザインの世界はまだ
まだ奥が深くて毎日が「努力・進化」の日々です。私が、今回こうしてメールを書いているのは、
昔自分が相談相手を探していたからなのです。適切な情報を望んでいたからなのです。今は、大好き
な故郷の「人」や「地域」の何かの役に立てたらと思うのです。最近、自分らしいデザインの仕事が
出来るようになってきて重要だと思うのは、やはり個性です。個性とは、その人らしさなのです。
物を表現するときに自分なりの感性が大事になってくるわけです。島に住んでいるということは、
素晴らしい感性を磨くのに役に立っているはず。島で生活していないと吸収できないこと、育てら
れないことをしっかり意識して欲しいと思います。広い意味でのモノ作りに必要なのは、そのための
教育(学校に行くこと)と自分なりの個性・感性のバランスです。高校卒業後に美術大学・デザイン
専門学校に進学しても、まずデザイン科のある高校に進学してもどちらでも問題ないと思います。
進学は家族の支えも大事ですから、学費の件など家の人とよく相談してみてください。私は、今年
の夏納島に帰省しますので、なにかあればメールを送ってみてください。from h.morioka  URL>http://www.geon-j.com
[1998/07/14 01:03:45]

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