2002年
11月
私は名伏し難い人間間の永年の不幸と悲しみを味ひ、
すゝんでそれは嫌悪感となり、
今生の人間世界の業に耐へ難いものを思つた。
サルトル以下フランスの氣のきいた進歩主義者たちが、
知恵はつてゐたか、良心をもたないといふことも、
今度の事に当たつて、彼らが具體的に教へた。
それも悲しい、しかも不快が憤りに先立つ、やりきれない感じである。
 世渡りの知恵は、卑怯に他ならない。
卑怯から生まれる知恵が、今生を泳ぎわたる要提だというふことを知つた時、
純情の若者は憤激するより悲哀に沈むだらう。
しかも彼が傍観者とか第三者の立場でない時は、悲哀より発する憤激は、
みな己れにかへるものである。こゝで強く正しくといふ信條を貫くことは、
生命を賭す他ない、それが人道の高貴を賽踐する唯一つの方法かもしれない。
覆面によつて、学部長を脅迫し得ても、チエコで行はれてゐる、
より大きい絶對的な人道の蹂躙者に對しては、覆面ばかりでは何事もなし得ない。
平素立派さうに言動した變節者たちの不潔さが、ひしひしとわが身に迫つて、
わが身をさいなむかのか如き感のする時、これを排除する方法は覆面や角棒ではなかつた。
保田興重郎文庫19
「日本浪漫派の時代」より