小説
2002. 1/ 8




春を待つ季節-後編-〜Side Stories From ClassMate2 #3〜


1/3(木)
 大学病院の入口に車が止まった。中にいるのは、今日も通院検査の桜子と母親。
「それじゃあ、八十八駅に三時だからね。遅れないようにしてね」
「うん」
返事をしながら指を動かす。
だが、なかなかシートベルトが外れない。どうにも苦手。
母親の苦笑い。運転席から手を伸ばして、あっけないほど簡単に外してしまった。
「まったく、シートベルトくらい慣れなさいよ。彼とドライブ行く時困るわよ」
「いいの」
下をべーっと出した桜子に、少々驚いたお母さん。今まで見た事のない仕種だった。
だが、背中の表情に気がつかないのか、助手席のドアを開けて、地面に足をつけた。
「それじゃあ、また後でね。しっかりと検査してもらうのよ」
桜子は小さくうなづくと、ばたんとドアを閉めた。母親が手を伸ばして鍵をかけた。
見送る必要もないよね、とくるりと反転して、病院に入ろうとする。
もうすぐ時間だ。
「あー、ちょっと待って!」
なかなか遠ざからないエンジン音を不思議に思ったが、呼び止められるとは予想外。
自動ドアが、がーと開いたところで振り返った。助手席の窓は全開。乗り出すような母。
さほど遠い距離ではないのに、声の大きいお母さん。もしかしたら迷惑かも、と思う。
「なーに、お母さん」
「言い忘れたけれど、五日は検査から外してもらって。朝から人が来るから」
「人?」
思わず聞き返す。もっとも、驚いたわけではなく、単純に初耳だったから。
「そう。飯山のおじさんとか、七尾のおばさんとか…親戚一同大集合なのよ」
「それって…私もいなくちゃいけないって事なの?」
親戚、という遠い関係の人といっしょにいるのは、どうしても面倒に思えてしまう。
そういう思いが顔に出るのか、母親は呆れたような怒ったような声を出す。
「当たり前でしょ。三年ぶりなんだから、顔くらい出しなさい。わかった?」
「…うん」
そんなに怒鳴らなくてもいいのに、と思う。
だが、別段落ち込むわけでもなかった。
桜子がばいばい、と手を振ると、母親も笑ってくれた。手を振り返した。
結局は、車が遠くなるまで見送る事になってしまった。
だから、ちょっと遅刻した。

 停留所の名称どおりに、ぴったし八十八駅前にとまる路線バス。前の扉が開いた。
二百二十円を運賃箱に落とす。そして、段差の高いステップを、とんとんと駆け下りる。
歩道に降りると、バスの扉が空気音を出しながら閉まっていく。桜子が最後の客だった。
北風が、全身を軽く撫でる。桜子は自然と身体を震わせた。ストールを深くまとった。
暖房の効きすぎたバスの車内とは一転して、冷房の効きすぎている外の世界…きつい。
背のバスが動き出した。同時に桜子も歩き出した。このまま止まっているつもりはない。
右手には駅舎が見える。久しぶりに来たけれど、ほとんど変わっていないようだ。
券売機が四台と、改札には駅員さんがふたり。暇を持て余すように話し込んでいた。
その横には、いろいろなツアーのポスターが所狭しと張ってあった。これも変わらない。
だが、人が集まっているのは柱の周り。突き出した屋根を支えている、六本の柱だ。
白いレンガタイルの貼られた、四角形のありきたりの柱。少し太目に見える気がする。
雨やら雪やらともなれば、ちょうどいい雨宿りの場を提供してくれそうな感じがする。
そして、待ち合わせにもすこぶる都合のよさそうな場所に思えた。実際に、人もいる。
まだ始まっていないはずなのに、なぜかセーラー服を着ている女の子。
友達を待っているらしい二人組。
さっきから、ちらちらと腕時計を確認しては、貧乏揺すりをする男。
…りゅうのすけ君…
ここにいない事はわかっている。待ち合わせをしているわけではないのだから。
ため息すら白くなるような空気。うつむきがちに、空いている柱によりかかった。
北風には背を向ける場所。けれど、容赦なく冷気が吹き込み、全身が冷やされていく。
…ここで、会えるかな…
自分で決めた事だが、確信できるものはなにもなかった。母親の証言だけが頼りだった。
改札の上には、飾り気のない大きな時計。まだ、今日は半分も終わっていない。
これから母親が来るまで待ってみようと思う。保証なんてないけれど、とにかく…待つ。
手がじっくりとかじかみはじめた。だから、両手に息を吹きかける。もごもごと動かす。
露出の多いスカートでは、いかにも寒すぎた。だが、それでも動けるはずもなかった。
会えるかどうなんて、桜子にはわからなかった。けど、待つ事には慣れているから。
ふと、手の動きが止まった。口の前に持っていくと、また、白い息で暖をとった。
そのまま、誰にもわからないように指を重ねた。ゆっくりと目を閉じて、祈った。
…神様、お願いします…

 身体がだるかった。頭も重かった。このまま倒れてしまおうかとも考えた。
柱に寄りかかるぐらいでは、楽になるほど楽ではなくて、自然としゃがみ込んでいた。
呼吸が荒い。そっとおでこに手を当ててみれば、平熱よりもいくらか高い気がする。
背もたれは柱。両手で両すねをぎゅっと抱きかかえて、潤んだ瞳で正面を眺めている。
時々前を通る人が、不思議そうに見ていくが、助けてくれそうな人はいなかった。
ひざが口元を隠しているから、自嘲気味に笑っている事なんて気がつきもしない。
病気が治った、と言ったところでこの程度なのだ。所詮は通院の必要な病人なのだ。
普通の女の子、なんて夢のまた夢。待ち始めてからまだ、何時間と経っていないのに。
…もう、本当にだめなのかな…
よみがえるのは白い病室。今度は、本当にひとりぼっちの生活。しかも…治らない病。
潤んでいた瞳が、ますますその度合いを増していく。溢れては、一筋。
見られたくないから、見せたくないから、顔を脚のすき間に埋めた。どうでもいいよ…
「あなた、大丈夫?」
うなじの辺りに声がする。優しい、女の人の声。警戒もせずにゆっくりと顔を上げた。
素足を真っすぐ伸ばして、ひざのあたりに両手を置いて、上からのぞき込んでいる。
同い年くらい。けど、どこか大人びて見えるのは、雰囲気が落ち着いているからか。
真っ白いヘアバンド。知的な印象を強くする眼鏡。その奥は…なぜか寂しそうな瞳で。
「あ…はい…」
それだけ言うと、桜子はまた下を向く。かまってほしくないような仕種に見えたかも…
「…それで下を向かれると、私もここから動けないわ。本当に大丈夫なの?」
澄んだ声が、今度はつむじのあたりで聞こえた。だが、桜子は答えなかった。
「駅の人を呼ぶけど、いい?」
「…やめてください」
「なら、せめて顔を上げて。そうしたら、もう、ちょっかいださないから」
見えない向こうで、くすりと笑った。女の子もしゃがんでいるのか、声の高さが同じだ。
恐る恐る、といった感じに顔を上げれば、やっぱり寂しく笑う女の子がしゃがんでいた。
真っ白い、タートルネックのセーターに黒いミニスカート。近所の人かな…
「どこか、具合が悪いの?」
「…本当に、大丈夫ですから…」
実際のところ、こうしていればさほど苦しいわけではなかったから、うそではない。
だが、女の子はまだちょっかいを出すらしい。桜子と同じようなしゃがみ方をする。
「誰かと、待ち合わせかしら?」
首を横に振った。
待ち合わせならどれだけ楽だろう。あてのない苦しさとは無縁なのだ。
「そう。でも…誰かを待っているんでしょう?」
「…はい」
素直に返事をしたのは、思わず、だった。優しくて、寂しい目に負かされたように。
この人は、何を見ているのだろう。そう思い、少し恐くなる。心まで…見えているの?
「だったら、せめて顔は上げておいた方がいいわ。見逃したらつまらないでしょう」
女の子が立ち上がり、桜子に手を伸ばした。
桜子もまた手を伸ばし、素直につかまる。
「あまり無理をしないでね。今日は、冷え込むそうだから」
桜子はうなづいた。
そして、相手の顔を見てから、ごく自然と下を向いてしまった。
恥ずかしいわけでもないのに、耳まで真っ赤になる桜子。
次の言葉を考えても、なかなか見つからない。
お礼を言うのも変だと思ったが、何も言わないのも変だと思ったから。
「あの…ありがとうございました」
上目がち。ちらちらと、盗み見るような桜子の視線に、女の子は苦笑い。
「どうしてもね、下を向いてしまうのなら、胸を太陽にあてるようにするの」
「えっ?」
ふふっ、と笑っただけで、それ以上は何も言わない女の子。
桜子も何も言えなかった。
「その人と、会えるといいわね。応援してるわ」
「…はい」
それじゃあ、と南口の商店街の方へ歩いていく女の子。
桜子は、背中をずっと見ていた。
…胸を太陽にあてるようにするの…
ただ下を見ないようにするだけではない。
胸をはると、なんとなく勇気も出てくる。
空には灰色の雲がかかり、太陽の光は時々見えるくらいだけど…見ていてくれるはず。
身体はまだだるいけれど、寒さは全然変わらないけれど…心だけは落ち込まないで。
見知らぬ女の子の励ましは、桜子を元気にさせた。
だから、ぼそぼそっとつぶやいた。
柱に寄りかかり、改札の方をじっと見ていた。
じっと、彼を待っていた。

 雑誌に載っていたような、そんな格好をした男の子。桜子の前に立っている。
話しかけられ、それがナンパなんだと気がついた時には、逃げ出すのも難しかった。
背には柱。左右は空いてはいるものの、とてもじゃないが、抜け出せる雰囲気ではない。
ぺらぺらと、聞いてもいないような事を話し出す男の子。
下を向いて、黙っている桜子。
その顔をのぞき込もうとして、おもいっきり腰を曲げる男の子。
そっぽを向く桜子。
男の子が、喫茶店に誘ってきた。
桜子は、ごめんなさい、とうつむいたまま頭を下げた。
男の子はすこすこと去っていった。
桜子は、胸に手をあてて、安堵のため息をついた。
あの女の子がいなくなってから、どういうわけか男の子が寄ってくるようになった。
それがりゅうのすけなら、なんの問題もないのだが、そうでないから困ってしまう。
…りゅうのすけ君には見られたくないな…
単純に、そういうところを見られたくなかった。
それに…誤解してほしくなかった。
下を向いていたのも、謝るだけにしたものそう。
笑顔で会話できる男の子は彼だけ。
落ち着いたから、時計を見上げた。病院なら、彼がそろそろ姿を見せる頃だった。
母親との待ち合わせまで、長針が一回転するだけしか残っていない時間。
…ターボ…どうか、お願い…
ターボにまでお願いしたのは、それだけ切羽詰まっていたから。会いたいから。
針が進むたびに、自分の中の何かもまた、じわじわと動いていた。
それを感じると、鼓動が早くなり、ほんの少し胃が痛む。胸が苦しくなる。
会いたさが、つのっていく。
南の方の柱には、さっきの男の子が女の子に声をかけていた。他には誰もいなかった。
北の方の柱では、あつあつべったりのカップルが、おでこをくっつけて話をしている。
他にも人はいる。けれど、捜している人はいない。だから、改札をじっと見つめる。
その奥に見えるホームへ、ゆっくりと電車が入ってきた。今の時間は本数は多くない。
「やそはちー、やそはちー、終点です。どなた様もお忘れ物のないようにご注意下さい」
駅の外まで聞こえるような放送と共に、ざわざわと人の声。そこそこの乗車率のようだ。
改札に切符を投げるようにして走っていく人。
友達と、おしゃべりしながら出ていく人。
切符を捜して、コートのポケットを調べる人。
ふたつある改札は人でいっぱいになった。
期待するのも無理はない。
桜子はつま先立ちをして、その人の流れを見つめ続けた。
頼りがいのある大きな柱。右手でつかんで、支えになってもらっていた。必死だった。
病院にいる時は、そんな事をしなくても彼はいてくれた。決まった場所に座っていた。
だが、今は背伸びをしてでも捜さなくてはいけない。いっぱいの努力が必要だった。
だんだんと減っていく人の波。桜子の背伸びもまた、だんだんと高さが落ちていった。
…まだ、時間はあるんだから…
自分に言い聞かせる。右手が、柱から胸元へ移動していた。握りこぶしに力はなかった。
はぁ、と白くなる息。
少し落ち込んだ自分に、まだだよ、とささやいて笑顔を作る。
下を向くのはくせなのだろうか。
だから、太陽があたるように胸をはった。改札を見た。
一瞬、すべてが止まったのは、決して錯覚ではなかった。
男の子が…そこに立っていた。

 小さく、ばいばいと手を振った。約束からね、と声にならない声を出す。
走り去る男の子の後ろ姿。何度も見ていたが、同じ高さで見るのは初めてだった。
だが、背中はすぐに見えなくなった。どこかの路地に曲がったらしい。小さくため息。
「さーくらこちゃーん!」
名前を呼ばれたのは二度目。さすがに悪くなって、桜子は名残惜しそうに振り返った。
駅前も、ようやく人が増え始めてきた。だが、声の主を捜す出すのは簡単だった。
人をかき分けながら、早足で近づいてくる母親。桜子も、母親に向かって歩き出した。
ちょうど、駅舎の屋根の外れたあたりで、ふたりは足を止めた。向かいあう。
「もう、一時間も遅刻して…捜したのよ」
「ごめんなさい」
両わきに手をあてて、ぷんぷんと、それなりに怒っているらしいお母さん。
それはそうだろう。
病気の事を考えて待ち合わせしたのに、それで遅刻してきたのだから、かなり心配したのではなかろうか。
それとも、反省の色のない笑顔に呆れたのか。
「ところで…今の男の子は…彼氏?」
母親は、にやにやといやらしい笑顔を浮かべて、彼が走り去った方向をじっと見つめる。
ちゃん、なんてつけていたから、おかしいとは思っていたけど…ばれてたなんてね。
「ち、違うよぉ。ただ…ナンパされただけだもん」
真っ赤になって反論するが、やっぱりうつむいてしまった。表情を見られたくなかった。
今さっき起きた奇跡は、桜子を笑顔にさせる。その上、それに続きがあるのだから…
思い出してにこにこする。いつもみたいに、無表情になんてなれるはずもなかった。
「ナンパされたわりには、嬉しそうに見えるけれど?」
「…気のせいだもん」
「特定の男の子がいたって、別に照れる事ないと思うけど。そういう年ごろなんだし」
黙ってしまった娘がなんとも初々しくて、親の欲目でないにせよ、可愛く思えた。
「さ、帰りましょう。ここに立っていても寒いだけだし…それとも、ナンパされたいの」
「…もおっ!」
母親が歩きだすと、娘はその後にぴったりとついていった。
笑顔は、ずっと続いていた。

 暗くなれば夜だと思うのも無理はない。
だが、時間で言えばまだ夕方に入るだろう。
車の中は外の色と同化していて、一定のリズムで街路灯の明かりが入り込んでいた。
「あーあ。桜子が遅刻したから、お夕飯遅くなっちゃった。お父さんぷんぷんよぉ」
今日も車の少ない道。運転手さんがあくび混じりに、からかうようにそう言った。
法定速度よりいくらか早めに、運転もまた、どこか乱暴に見えるのは気のせいなのか。
「…ごめんなさい」
言い訳もなく、助手席の桜子は素直に謝った。もっとも、下を向いたままだったが。
その返事に、少々肩透かしをくらったお母さん。目を細めて、少し恐い顔をする。
「まったく、一時間も遅刻だなんて…どこに行ってたの?」
「学校を…見てきたの」
幸せそうなほほ笑みを浮かべて、お母さんの知らない幸せを必死に隠そうとしている。
学校ねぇ、と母親はいぶかしがったが、学校を見てきたから遅刻したのは事実だった。
だが、口調ほどに怒っているわけではない。にこにこしている娘の顔が嬉しかった。
理由まではわからなくても、そういう桜子を見たのは本当に久しぶりだったから。
車が如月大橋の入口に着く。渋滞もなく、流れる車のヘッドライトがまぶしかった。
三台分前にある信号は赤。ここは待つ事で有名な信号だった。ついてない、と独り言。
「ねぇ、お母さん…」
かちかちかち、とウインカーのランプの音が響く車内。桜子の小声でも、十分に響く。
助手席を見れば、相変わらず幸せそうにうつむいている。
だが、瞳は真面目だった。
「なーに?」
「神様って…いるよね」
驚きはしなかったが、あまりにも突拍子もない質問だったから、少々面食らってしまう。
どう答えたらいいかわからず、とっさに思いついたのは、冗談っぽくかわす事だった。
「急になによ。あー、さっきの男の子に勧誘されたんだ」
さっきの男の子。その単語に、桜子は敏感だった。暗い車内でも、顔色くらいわかる。
母が迎えに行った時、楽しそうに話していた男の子。娘のはにかんだ笑顔に驚かされた。
男の子は、後ろ姿しかわからなかったが…私見で言えば、なかなかの男の子に見えた。
だから、あれが怪しげな勧誘だなんて思えるはずもない。
桜子とて、ごく普通の、年ごろの女の子。
ちょっと回り道をしただけで、そういう男の子がいたっておかしくはない。
自分の若いころを思い出し、からかうような口調になったのは、そういう理由もあった。
「だ、だから…あれは、ナンパされただけだもん」
母親を恐い顔でにらみつける。それでもやっぱり笑顔に見えるのは、桜子の今の本音。
苦笑いひとつして、母親はアクセルを踏んだ。左にカーブすると、橋の上に出る。
風もなく、道もスムーズ。堤防沿いの遊歩道に、ランプ色の光が点々としていた。
「そうじゃなくてね、そんな神様じゃなくて…何かあった時にお礼を言ったり、
困った時にそっとお願いしたりするような…そういう、普通の神様の事。ね、いるよね」
桜子もまた、同じ景色を眺めている。
だから、顔を見られない。どういう答えがほしいのか、母親にはわからなかった。
けど、桜子の子供の頃を思い出した。
「かみさまって、どういうひとなの?」
「うーん。そうねぇ、お母さんには…おばあちゃんが神様かな」
「どうして?」
「そうね。優しく見守っていてくれるし…お願いも聞いてくれるしね」
「ふーん」
「神様ってね、いい子にはご褒美をくれるし、悪い子にはお仕置きをしちゃうのよ」
「じゃあじゃあ、いいこにしてたら、おねがいきいてくれるかな」
「そうね。一生懸命にお願いしていたら、聞いてくれるかもしれないわね」
まだ、桜子が背中にいた頃だった。夕焼けの中、ふたりで家に帰る途中のおしゃべり。
あの時と同じ。どうして神様の話なんてしたがるのか、理由はわからなかったが。
「…桜子の神様って、ターボなの?」
そう言われて、少々悩んだ。まだまぶたに残る小鳥の姿。だが、一瞬にして消えた。
桜子の視線は、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、真剣に考えているのだろう。
何も言わず、横からその様子を楽しむ母。いろんな事、考えているんだ…
「そうかもしれないし、違うかもしれないけど…でも、いるよね、絶対に」
ようやくまとまったのは、答えになっていない答え。それでも、真剣な答えなのだろう。
母がちらりと横を見た。内に秘める幸せが多すぎて、外に出てしまっている娘の笑顔。
顔を上げ、母を見ている。子供のように甘えた瞳で、うん、という言葉を待っている。
いつまでも子供。けど、いつの間にか大人。入院していても、成長はするらしい。
「そうね」
努めて作る母親の声。娘は静かにほほ笑んで、また、視線を落とした。
車が橋を抜けた。時計を見ると、ぎりぎりでお店には間に合いそうだった。
「ところで…夕ご飯、何にしようか。帰りにどこかで買っていかないとね」
だが、桜子からはリクエストがなかった。隣を見て、なるほど、とお母さんが笑う。
信号待ちの間に、桜子の身体にはストールがかけられていた。
今見る夢は…なに?

 祖父と祖母が帰っていったのは、夕食も終わってからの事。
にこにこと、明るい桜子に全員気がついていたが、当然のように理由なぞはわからない。
祖父が運転する車を見送り、部屋に戻る前に電話をした。相手は…留守番電話。
「うづきちゃん? 桜子です。あの…どこかに行っているみたいですね。帰ってきたら…電話下さい。
いっぱい話したい事があるし、相談したい事もあるから…お願いします」
弾む声を押えようとしても無理だった。自分でも、浮いているな、と思ってしまう。
本当に誰かに話したかった。そうでもしないと、眠れそうになかったから。
受話器を置く。桜子は、自分の部屋に戻っていった。

1/4(金)
 ベッドは起きたてそのまま。さらに、脱ぎ捨てたねまきもその上に置かれている。
焦った様子ありありに、鏡の前に立つ。とりあえず、身だしなみは大丈夫…ではない。
…あれ、帽子がない…
きょろきょろと、さほど広くない部屋を見回す。たしか机の上に置いたはずなのに…
綺麗に片づけられた部屋だから、よほど変なところに置かない限り、なくならないはず。
外出する時に帽子がないと、なんとも不安だった。深い理由があるわけでもないのに。
…一階に置いてあるのかな…
時計の針が桜子を急かす。
部屋から飛び出すが、階段はゆっくりと降りていく。
子供の頃、何度か転げ落ちた事があったくらいにきついから、スピードを出すと危険だった。
階段がぎしぎしと、心とは正反対のリズムを奏でている。手すりは必需品だった。
「あらあら。今日も送っていきましょうか?」
一階の玄関に、エプロン姿のお母さんがいた。両手を後に組んで、にやにやとしている。
「…けっこうです」
そんな様子がいやらしくて、桜子はむすっとする。
だが、母親は我関せずと涼しそう。
今日も通院。だが母親の送り迎えはなし。本当に大丈夫だから、と強引に押し切った。
なのに…寝坊。夜中まで、ずっとあの男の子の事を考えていては、眠れるはずもない。
「それより、私の帽子知らない?」
「はい。そんな事だと思ったわよ」
くすくすと笑いながら、背中から差し出したベレー帽。リビングにあったのよ、と一言。
ほっとしても、素直になれない。ごまかすような小さい声でお礼を言って受け取った。
頭に載せて、玄関に腰を下ろした。手の届きやすい所にくつが置いてあった。
「本当に気をつけてね。何かあったら電話しなさい。すぐに飛んでいくから」
「…うん」
立ち上がり、上半身だけ後を向いた。ほほ笑むお母さんに、少し照れてしまう。
「それじゃあ…行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
鍵の掛かっている扉を開けると、冷たい風と灰色の空が飛び込んできた。扉が閉まった。
桜子は、自分なりの早足でバス停に向かっていく。なんとか間に合いそうだった。

 まだ完全に落ち着いたわけではないから、小鳥の声に心が時々ちくちくと痛む。
なぜか湿っている土で、靴が少し汚れてしまったが、桜子は仕方ないとあきらめていた。
どんよりとした雲の下、ひとり歩く桜子。市民病院の裏庭は、寒く冷たく寂しい。
大学病院での検査は、相変わらずの内容で終わり、予定どおりターボのお墓参り。
駅から少し歩いたせいか、足がなんとなく重かったが、まだまだ大丈夫だろう。
太陽もなく、温度もほとんど上がらないから、お昼を過ぎても霜が残っていた。
さほど歩くわけでもない。目印の木はもう目の前だった。
この空間は何も変わってはいなかった。たった三日しか経っていないから、だろうか。
雨が降らなかったおかげで、黒土で盛られた丘もまた、ほとんど変わっていない。
…またある…
ターボのお墓の上。この前とは違う、真っ青な花が一輪置いてあった。
桜子の置いた白い花と、誰が置いたのかわからない赤い花がなくなっていた。
「ねぇ、ターボ。看護婦さんが来てくれるの?」
綺麗に片づけられたお墓。ここを知っている人なんて、お母さんと看護婦さんだけ。
桜子はしゃがんだ。そして、青い花の隣に小さなみかんをひとつ、ちょんと並べた。
別に好物、と言うわけではなかったが、持ってくるのにはみかんがちょうどよかった。
「中の薄皮までむいて、粒まで分けないと食べなかったよね。わがままさんだから」
思い出しては、頬が緩んだ。ターボにぶーぶー言いながら、楽しそうに粒にしていた。
入院中の一番の友達だから、思い出もいっぱいある。小さい事まで思い出せる。
しばらくみかんを見つめていた。ほほ笑んだまま、そっとターボに話しかけた。
「…あのね…昨日、りゅうのすけ君に会えたんだよ。駅前で待っていたらね…会えたの」
照れたような小声が自分で恥ずかしくなってしまい、耳まで真っ赤に染めてしまった。
けど、ターボには報告しなくてはいけないと思うから…この事を誰かに話したいから。
しゃがんだまま、一度顔を上げた。葉のすき間からねずみ色の空が見えた。深呼吸。
「それに、学校に連れていってもらってね…その…今度また、会う約束をしてくれたの」
すねをおもいっきり抱きかかえ、ひざに鼻まで埋めると、桜子は小さくなった。
黒い土を見る瞳が潤みはじめ、まつげを伏せた。二度三度、まばたきをした。
「ターボは覚えてるかな。退院したらデートするって、りゅうのすけ君と約束した事。
りゅうのすけ君もね、その約束、ちゃんと覚えていてくれたんだよ」
急に声が大きくなる。少し興奮気味に話す。桜子にとってはかけがえのない約束だった。
彼がその事を覚えていてくれたのは、涙が出るくらい嬉しい事だった。
「あさってね…八十八駅で待ち合わせなんだ。嬉しくって、昨日ね、眠れなかったの」
笑顔がいっぱい。照れもいっぱい。小さく丸まった桜子の、今まで見た事のない仕種。
会えた嬉しさ。そして、また会える喜び。心がはずみ、どきどきして、顔を染める。
自分の気持ちにはっきりと気がついたから。その気持ちが自分を素敵にしてくれるから。
「けど、あんな事したら…ターボだって怒るよね。私の事、嫌いになるよね」
桜子の表情が急変した。笑顔が曇るのに時間はかからないらしい。怒られる子供みたい。
彼が木から落ちた日。看護婦さんたちの会話から、彼は桜子が死んだと誤解したそうだ。
普段なら絶対に泣かない男の子。なのに、桜子のために泣いてくれたらしい。
その事を彼から聞いた時の胸の高鳴り。一瞬、ターボの事を忘れてしまうくらいだった。
ターボに悪い、と思っても…その涙が嬉しかった。わざわざ泣いてくれるなんて…
だから、謝る。ターボとは、これからもずっと付き合っていくのだから。
「ターボ。本当にごめんね。私って、ひどいよね。けど…どうか許して。お願い」
桜子にとっての神様はターボ。母親の言葉は、なんとなく実感できた。
頭を撫でたり、あいさつしたり、言葉を交わしたりなんて、もうできない存在。
けど、桜子の心の中ではしっかりと生きている。こうして、おしゃべりをしている。
だんだんと遠くなるけれど…結局、なにかあればターボに頼っているのだ。
「私ね…りゅうのすけ君と会えたのはね、ターボが見ていてくれたからだ、って思っているの。
だから…デートの時も、見守っていて。うまくいきますように、って」
なにがうまくいけばいいのか、桜子にもわからない。それでも、祈らずにはいられない。
そして、今日、一番言いたかった言葉を口にする。丘の上に、小鳥が見えた気がした。
「本当にありがとう、ターボ。それと…本当にごめんなさい」

 「お客さんが部屋で待ってるわよ」
夕方よりも少し前に家に着いた桜子。おかえりなさい、の後の母親の言葉だった。
とりあえず手を洗ってから、お客さんの名前を聞いてみたが、お母さんは笑うだけ。
…誰だろう。
ぎしぎしと鳴く階段。桜子は、自分の部屋の扉を見上げながら、そんな事を考える。
ベレー帽を手にして、扉をノックする。自分の部屋にノックなんて、初めてだった。
こんこん。こんこん。こ…
もう一小節叩こうと手首が跳ねる。
だが、その前に扉が開いた。ものすごい勢いだった。
だから、桜子は驚いて手を引っ込める。一歩だけ後退り。自然と胸元に手をあてていた。
そして、部屋の入口にいる女の子の名前を呼んでいた。
「う…うづきちゃん?」
ドアノブに手をかけたまま、前につんのめるような格好の親友が部屋の入口にいた。
口をぽかんと開け、いろいろな驚きを混ぜた表情で桜子を見上げている。
一瞬、ふたりの間が止まった。固まったまま動かない、なんとも不思議な時間。だが。
「…桜子っ!」
次の瞬間、うづきは飛びつくようにして、桜子に抱きついた。
思わずよろめく桜子。後の壁に支えられ、なんとか倒れないですんだ。
「う、うづきちゃん…」
驚きを口で表そうとする。だが、彼女には聞こえないような気がした。
だから、やめた。
「桜子…本当に退院したんだ。よかったね…本当に…よかったね…」
左肩でうづきの涙が聞こえる。うなじに触れる両腕の細さがなんだか頼りなかった。
すべてが伝わる距離だから、温度を感じ、気持ちを感じ、嬉しそうに目を細めた。
なにもせずにいた桜子の両手も、うづきの体を抱きかえしていた。涙をもらっていた。
なぜ泣いているのかなんてどうでもよかった。
今はただ、こうして泣きあえる事がふたりには不思議と心地好かった。

 じゅうたんの部屋だから、ふたりともクッションに腰を下ろして向かい合う。
どこからか出してきた小さいテーブルには、うづきに出された冷めた紅茶が残っていた。
足を崩して、楽な姿勢をとる桜子。ちょっと前の事が頭に残って、顔がまた赤くなる。
「うづきちゃん、急にあんな事するんだもん。驚いちゃった」
「だって…桜子の顔見たらね、不思議とああしたくなったの。気を悪くしたなら謝るわ」
うづきはテーブルに頬杖をついて、照れる桜子とは対照的ににこにことしていた。
とは言え、それが照れ隠しに見えないこともなかった。実際、頬は紅色に染まっている。
「ううん、そんな事ないけどね…」
抱きつかれた事、本当は嬉しかった。何より、自分の事のように泣いてくれたから。
入院中も、その前もいろいろとあったけど…今日の事も忘れられない大切な思い出。
旅行から帰ってきて、留守電を聞いてすっ飛んできたと言うのだから…たまらない。
こういう時に素直になれる人なのだ。うづきのそういうところも好きだった。
そんな友達をじっと見つめる。その視線に思い出したように、大きく目を見開いた。
「あ、そうそう。遅れたけど…退院、本当におめでとう」
背筋を伸ばして、あぐらをかく。そして、にぱっと満面の笑みを浮かべてそう言った。
だから、足を崩して楽な格好をしていた桜子も、クッションの上で正座をした。
「…ありがとう、うづきちゃん。入院中は本当にご迷惑をおかけしました」
桜子は三つ指をつき、やたらとていねいに頭を下げる。うづきもまた、そのまねをした。
「こちらこそ」
顔を上げたふたり。桜子はまだ残る涙を拭い、うづきは鼻をすすった。だから、笑った。

 「なにかあったの? ふたりとも目を真っ赤にして」
お茶を持ってきてくれたお母さん。入口で不思議そうな顔をして、首をかしげている。
言われてお互い顔を見合わせば、なるほどまだまだ目が赤いふたり。照れ合うふたり。
「べ…別になにもなかったけど」
立ち上がり、母親からおぼんを受け取る。だが、目は合わせようとはしなかった。
「あー、怪しいなぁ。本当に何もなかったの?」
「な、なにもなかったよね、うづきちゃん」
振られたうづきもうんとうなづいた。だが、やっぱり顔を上げようとはしない。
「そう、それならいいんだけどね」
つまらなそうに唇を尖らせる。だが、変な事で泣いたわけではなさそうだから、一息。
桜子は、受け取ったお盆へ冷えたカップを下げる。
そして、やわらかい湯気の立つカップと入れ替えた。
いただきます、とうづきが上目づかいに母親に言った。
「ところで…うづきちゃんは夕ご飯どうする? よかったら、うちで食べていきなさいよ」
そう言われて、壁のみやむーざる時計を見れば、なるほどそういう時間だった。
あつあつのティーカップ。口をつければ鼻をくすぐるほのかなハーブのいい匂い。
テーブルにカップを戻し、うづきは少し悩んでから返事をした。ちゃんと顔を上げて。
「あ…すみません。でも、旅行の荷物そのままで来ちゃったから、帰らないと」
「…帰っちゃうのぉ?」
甘えた声を出す桜子に、ごめんね、と苦笑い。そういう口調に、悪い気はしなかった。
「うん。これ頂いたら帰るつもりだったの。片づけしないとね、明日着る服もないんだ」
「あらあら、それは残念ね。でも、いつでもいらっしゃいな」
「すいません」
桜子にしても、本当は残ってほしかったのだ。まだまだ話したい事があったから。
だが、用事があるのに無理強いするわけにはいかなかった。
ティーカップを優雅に持ち、のんびりと味わううづき。
両手であごを支えて、じっと自分の事を見つめている桜子に気がついたから、にこっとほほ笑んだ。

 玄関に腰を下ろして、ロングブーツを装着するうづき。
桜子はその後ろ姿を残念そうに見つめていた。
感情がたくさんでるとどうも疲れるらしく、しゃがみ込んでいる。
「ところでさ…ターボはどうしたの?」
器用に指先を動かして紐を結ぶうづきは、振り返りもせずにそう言った。
視線をきょろきょろと動かして、桜子はどことなく動揺したような感じだった。
言い出しにくい事だった。うづきにとっても、ターボは友達みたいなものだったから。
「…う、うん…」
ようやく出た言葉はたったそれだけ。だが、うづきはそこからは察してくれなかった。
「やっぱり逃がしたの? かごが狭いからかわいそうだ、ってよく言っていたもんね」
左足から右足へ作業が移動する。うづきの身体も、かがんだまま平行移動した。
桜子は首を横に振り、小声になった。どこかたどたどしく、つまりながら。
「…そうじゃなくてね、大晦日の夜に…かごの底で横になっていたの」
うづきの手が、一瞬止まった。
上半身をねじってうしろを見れば、桜子はうつむいていた。
板張りの床にぺたんと座って、その雰囲気はまるで病院にいた時のようだった。
「…そうだったんだ…」
「先生の話だとね、寿命だったって。でも…私のせいだと思う」
言葉をなくし、うづきはそれ以上なにも言えなかった。
しばらく桜子の顔色を見ていたが、また、自分の事に集中しだした。
さっささっさと指が動き、もうすぐ終わる。
「だからね…ターボのお墓作ってね、時々お墓参りする事にしたの」
「そっか。今度私も連れていってよ」
「うん」
こんこんと、かかとの辺りを地面にぶつけて馴染ませる。ゆっくりと身体を起こした。
前屈みになっていたのはわずかだが、それでも身体を伸ばすと気持ちいい。
うづきは立ち上がり、くるりと反転。ちょこんと座る桜子を見下ろす格好になった。
「…せっかく退院したんだから、そういう顔するのやめな。ターボも悲しむぞ」
「…うん」
なんとか笑顔を作り、立ち上がる。
立っている場所の関係で、今度は桜子がわずかばかり見下ろす感じになった。
だからと言う訳ではないが、うづきが心配げな顔をした。
「ところでさ、ちょっと気になったんだけど…相談って、なに?」
「えっ?」
「留守電にさ、相談したい事がある、って入ってたから何かなって思って」
「…うん。ちょっと…あるんだ」
そう言って、いきなり顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうにまつげを伏せる桜子。
指と指を組み、もじもじとする。ちらちらと、目の動きがいかにもな感じだった。
最後にお見舞いに行った時と同じような仕種をされれば、相談の内容も理解できる。
両腕を組み、少し斜に構えるようにして、にこにこと笑いだす。心配して損した…
「あとね…うづきちゃんに言わなくちゃいけない事もあるから」
「それさ、電話でいいなら今夜かけるけど」
「…できるなら、会ってお話したいな。明日は…だめかな」
…まだ関係あるんだ、桜子とあいつ。
きっと電話番号なんかは教えてあるんだろうな。だから、退院しても続いているんだ。
うづきとしては、何とかしてその関係を断ちたいところだった。
だが、簡単にはいかないだろう。
それに、桜子の目は明らかにあいつしか見えていない…一直線の目だった。
部屋にいる時もなにか言いたげな様子だったし、なんといっても雰囲気が全然違う。
退院のおかげで明るくなったと思っていたけど…それ以上の特効薬だったのかな。
「お昼過ぎまでテストがあるから…夕方くらいなら大丈夫だけど」
「私もね、親戚の人が来るからそれくらいまで家にいないといけないの」
「じゃあ…詳しい事は明日の午後電話かけるから。ごめん、慌ただしくて」
「ううん。会えただけでも嬉しかったもん」
…りゅうのすけが、桜子をこんなにしたのかな…
うづきの心の中なんて全然気がついていないのか、首を振り、心底嬉しそうな笑顔を見せる桜子。
恋、をしたから…病気が治ったのかも。
いろいろと聞きたくなった。桜子を元気にした理由を、桜子の口から聞きたかった。
だが、それは明日のお楽しみ。いじめるつもりはないけれど、明日は話してくれそうだ。
「それじゃあね。明日の午後、電話の前で待ってるんだぞ」
「うん。ちゃんと待ってる」
くすくす笑い、うづきが扉を開けた。
桜子はにこにこしたままばいばいをした。

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