小説 |
2002. 1/ 8 |
男の戰い〜Side Stories From ClassMate2 #4〜 「おい、あほ。唯さんにあのような事をさせるとは…絶対に許さんぞ!」 スタート地点です。 スニーカーのかかとをこんこんとやりながら、西御寺公はそんな事を言ってきます。 あの屈辱のあーんです。やっぱり羨ましかったんですよね。 ですが、今はタイミングが悪すぎました。 ただでさえ、その噂の件でイレ込んでいるりゅうのすけ君ですもん。 黙ったままにらみつけるだけなのに、とても怖いんですよ。 だってまぁ、出会う人という人にひそひそこそこそされちゃうんですから、 短気なりゅうのすけ君ががまんしている事自体が不思議なくらいなんですもん。 「ふ、ふふん。まぁいい」 腰が引けているのに、変に格好つけるもんですから、完全に格好悪いんです。 顔はどこか白くなってますし、蛇ににらまれたかえるさんみたいに動けないんですもん。 それでも、なんとか声だけは出せるみたいですね。 でも…やっぱり裏返っちゃいました。 「ゆ、唯さんは僕と一緒になるべき人だからな。おまえには…渡さない」 「勝手にしろ」 りゅうのすけ君は軽くストレッチを始めます。 身体をほぐしておかなければ、五体満足にゴールできない、というこの競走ですもん。 つまらない事で怪我はいやですもんね。 「選手の方は、ゲートの方へ移動して下さーい」 長い棒を持った係員さんがそう告げると、選手さんたちは輪乗りを終えてゆっくりと歩き出しました。 発走時間がいよいよ近づいてきたみたいです。 「兄さまぁ、がんばって下さいねぇ」「りゅうのすけ君、負けちゃだめだからね」 「りゅうのすけっ、お前に生活かかってるんだ。負けるなよっ!」「わいわい」 大歓声に包まれてるスタート地点は本部前です。 応援の人々が集まりすぎているせいか、真っ黒に見えてしまうくらいです。 でも…生活って一体なんなのでしょうかねぇ。 「おまたせいたしました。八十八大障害(秋)、間もなくファンファーレです」 近所一帯に響き渡るほどの、大きな実況アナウンスの声です。 けれど、それ以上に大きな大きな歓声が、地鳴りを起こし、校舎の窓ガラスを何枚か破っちゃいました。 スターターさんが台に上ります。そして、赤い手旗を二度三度、ぶんぶん振りました。 タイミングよく、鼓笛隊のファンファーレが始まりました。 とってもリズミカルで、思わず手拍子したくなるような、全員で盛り上がるにはぴったしの曲なんですよね。 ですが選手さんにとっては緊張の瞬間なんです。 りゅうのすけ君の顔も、西御寺公の顔も、きりりと引き締まります。 そして、他の選手さんたちも表情が強ばってます。 それぞれの思いを胸に、選手さんたちはゲートに向かいます。今年はどうやら順調のようです。 あ…ひとり、靴ひもを直していますけど、これはすぐに終わりそうですね。 「さぁ、ようやく体勢が整いまして…スタートしましたっ!」 実況アナウンサーの絶叫と共に、がっちゃんこ、とゲートが開きましたが、各選手一斉には飛び出しませんでした。 なにせ長距離の障害レースです。自分のペースを守って、スタミナを温存しないといけません。 あくまでも、マイペースが勝利への鍵なんです。 まずは、なにもないグランドを一周です。 各クラスの、耳の痛くなるような応援の中、選手たちが駆け抜けていくんです。 でもこれ…どう考えても騒音公害ですってば。 「いよいよ始まりました八十八大障害(秋)。 どうやら三年A組の田中剛選手が先手をとったようです。 そしてその後ろに、りゅうのすけ先輩と西御寺選手が並んでいます」 実況そのままに、一人が逃げをうちました。 我らがりゅうのすけ君と西御寺公はそこから少し離れたところを並走しています。 ふたりの作戦はまったくもって単純明快。 ひとり前に行かせて、直後を追走して、ゴール前できっちり捕らえるというものなんです。 「おい、あほ。目障りだから僕の後ろを走ってくれ」 最初は障害がありませんから余裕で走る西御寺公です。 もちろんりゅうのすけ君だって、 「…それはこっちのセリフだ」 とやり返せるくらいのペースで走ってます。 まぁ、今からばてばてになっているのも問題大有りなんですけどね。 結局、淡々とした展開に落ち着くと、早々とグランド一周も終わりが近くなりました。 四コーナーの少し前、大きな看板が架かっています。 「←」と大きく書かれたその先は襷(たすき)コースなんです。 有象無象の障害うじゃうじゃの世界なんです。 「先頭の田中剛選手が襷コースに入りました。 そして、少し遅れた格好で三年B組のふたりも今通過しました。 さあ、これからどんなドラマが待っているのでしょうか!」 本当に、どんなドラマが待っているんですかねぇ。 唯ちゃんの視線はひとりの男の子にそそがれています。 何だかよく分からないくらい深い水壕障害や、やたらと高いところにパンのあるパン食い障害、 お酢の中に顔を突っ込んで梅干しを食べる梅干し障害、綱渡りと空中ブランコの合体障害などなどを、 いとも簡単にクリアしていく男の子だけしか視界に入らないんです。 いや…実際にはそう見えているだけで、かなり辛いんですけど… なんにしても、その隣で、必死になっているもうひとりの主役ですら、まったく眼中にないんです。 いつも以上に熱い視線で、あの男の子を見つめるしかないんです。信じるしかないんです。 …お兄ちゃん、がんばって。 つぶやいて、両手を祈りのポーズにします。なにせ次はあの大竹柵障害です。 「さぁ、上って下るバンケットを通過しまして、いよいよ大竹柵障害に入ります」 逃げていた田中剛選手と、その後ろをぴたっとくっついてきた三年B組のふたりが、 今、大きな大きな大きな大きな…とにかくすごく大きな障害の前にたどり着きました。 大竹柵障害、なんて名前ですが、実際には勾配の厳しい坂なんですよね。 もともとは本当に大竹柵だったそうですが、けが人続出のうえ、 PTAの激しいブーイングで、結局今の形に収まったそうです。 ただ、この急勾配、一筋縄にはいきません。 頂上にいる体育祭実行委員会の人たち、通称、三人のシ者さんが、 水風船やら発泡スチロールでできた岩やら木やらを転がしたり投げたりしてくるんですから。 おまけに、坂がすべりやすいんです。まるでテレビのバラエティ番組みたいです。 そんな坂の下で、先頭を走ってきた三人は足を止めました。息を整えました。 どういうわけかハイペースになり、おまけに今までの障害の辛いの辛くないのって… 正直、りゅうのすけ君なんて、さっき食べたハンバーグがのどまで出かかったんですもん。 まぁ、それくらいに辛いんですよ。西御寺公も肩で息をしていますからねぇ。 もっとも、そのおかげなのか何なのか、後続をかなりぶっちぎっているんです。 けっこうなマージンなんです。 とはいえ、ここで止まっていてもなにも始まりません。 「い、いくぞ」 生唾を飲んだのは、田中剛選手です。実は彼、三年連続の出走なんです。 おまけに、三着二着と、掲示板には載るのに先頭ゴールをしていないという、悲運の人なんです。 だから、今年こそは絶対に勝つ、と心に誓っていたのですが…今回ばかりは相手が悪すぎました。 なにも知らない素人ふたりにペースを乱されて、もうへろへろのばてばてなんですもん。 でも、ここでなんとか引き離せば、優勝も夢ではないんです。 一度、坂に背を向けて、助走の距離をとります。 そして、一気にダッシュします。急坂とはいえ、勢いさえあればなんとかなるもの。 中間地点までたどりつきました。 さすがにここからは、よつんばいになって登頂を目指す事になるんです。 ところが。 「うわっっつつつつつっ!」 そこはすでに敵の制空権下なんです。まさに射程範囲なんです。当然狙われるんです。 あめあられと降ってくるのは水風船です。岩なんかも降ってきます。 一人に対しての攻撃とは思えないほどの壮絶な弾幕です。 去年よりも一昨年よりも、明らかに激しくきつい攻撃なんです。 経験を生かす事もなく、抵抗もできずに滑り落ちてきてしまうんです。 びしょびしょになってつっぷしたまま、田中剛選手はその活動を終えてしまいました。 「無様な…」 足元に転がる男の子に、冷たい視線を浴びせる西御寺公です。 ちらりと後ろを振り返れば、後続は二つ前の障害で苦戦しているようです。 一方のりゅうのすけ君は、どう登ろうか考えている様子。 とにかく負けたくない西御寺公です。決断しました。 「先に行かせてもらうぞ。姫君がお待ちなんでね」 西御寺公は田中剛選手と同じように一旦後退します。 そして、深呼吸をひとつです。 「うぉおおおおおー」 裏返ったのか地声なのか。 とにかく、妙に甲高い雄叫びをエコーさせて、勢いだけで坂を駆け登っていくんです。 「どうせ落ちてくるんだろう」 と、たかをくくっていたりゅうのすけ君でしたが、思惑どおりにはいきません。 「き、きたねぇぞ!」 叫ぶのも当然です。弾幕がぜんぜん薄いんですもん。 水風船はあらぬ方向に飛んでいきます。木も岩も、狙い澄ましたように西御寺公には当たりません。 滑るはずの坂道にも、いつの間にやら砂が蒔いてありますし、これなら楽ちんですよね。 気がつけば、もう半分以上登ってしまった西御寺公。 よつんばいがちょっと格好悪い気もしますが、それでもこのままリードを許すわけにもいかないんです。 それに…ピン! 「今がチャンスか!」 りゅうのすけ君の目がきらり。逆転の発想なんです。思い立ったが吉日なんです。 先のふたりほどには、助走距離はとりませんでしたが、なにせ瞬発力が違います。 外人さんの短距離走者のように大きく手を振り、一気に登り詰めようとしました。 弾幕の薄い今なら、勢いさえあればなんとかなりそうですもん。 おまけに、りゅうのすけ君が登り始めると同時に攻撃は止まってくれましたから、西御寺公を交せそうです。 ですが、攻撃が止まった理由をふと考えました。 確かに、いやな予感はしたんですよ。 「目標が登り始めました」「中央突破をはかるようです」「接触まであと二五」 三人のシ者さんのうち、ふたりがりゅうのすけ君の事を観察しています。 真ん中のリーダーさんらしき人は腕組みをして、ぐんぐんと近づいてくる目標をにらんでいます。 そして、西御寺公を一瞥します。 口もとがゆがみました。 「かまえーっ!」 そのタイミングは、あまりにも微妙かつ絶妙すぎました。 登り終える事のできる位置に西御寺公がたどりつき、なおかつ、りゅうのすけ君は狙われやすい位置にいたんです。 両端のシ者さんが、信じられないスピードで水風船を構えるんです。 その動きは、もちろんりゅうのすけ君だって気がついてはいるんですけど… よつんばいなんですもん。 「てーっ!」 「ふ、ふざけるなぁ!」 一斉射撃を受けるりゅうのすけ君です。 おそらく、西御寺公の時の五倍くらいの勢いで飛んできている水風船や、 どう考えたって勢いの違う、一歩間違えばきっと大怪我をしてしまいそうな岩やら何やらが、 これでもくらえとばかりに降り注ぎます。 そんな攻撃をくらえば、当たり前のように下まで滑り落ちてしまいます。 その間に、西御寺公は登り終えてしまいました。 そして、頂上で両腕を組んで、えっへんポーズです。 「力差だな、あほ」 濡れる事もダメージを受ける事もなく、無傷に近い西御寺公です。 それを坂下から見上げるりゅうのすけ君は、びしょびしょになっているんです。 幸いな事にシャツは破れていませんが、手首には、水風船の当たった跡が痛々しいんです。 長い長い前髪から、ぽたりぽたりと落ちる水滴も、なんとも寒そうなんです。 「ははっ、先に行かせてもらうぞ。ま、唯さんとの結婚式ぐらいは呼んでやろう」 少しうつむいているりゅうのすけ君に、そんな事を言ってしまう西御寺公です。 肩が震えている事や、握りこぶしにかなり力が入っている事に気がつかなかったんですよね。 「…こんのー!」 高笑いしている西御寺公の耳に、ぷちん、と何かが切れる音が聞こえました。 熱くなるりゅうのすけ君です。 助走をつけて、また坂を登り出しました。そして、当然ながら激しい弾幕にさらされてしまいます。 とてもとてもきつい攻撃なんです。 ですが…今度は作戦変更なんです。そりゃもう、みんなびっくりしちゃいました。 「おいおいおいおいおいおいおいおい!」「な、なんだとぉ?」「お、お兄ちゃん!」 観客さんから歓声が上がるのも、西御寺公が裏返った声をだしたのも、 唯ちゃんがヒロインのように名前を呼んでしまったのも、無理はありませんでした。 だって…まさか、りゅうのすけ君が反撃をするなんて、それこそ誰も予想できませんもん。 いや、まぁ…理解はできるんですけどね。と、それどころじゃありませんね。 急勾配の途中だというのに器用に立ちあがると、降ってくるものを取っては、逆に投げ返すんです。 そんなことを予想していないシ者さんたちはびっくりしてしまいました。 そんな一瞬のひるみがすきを生みました。 りゅうのすけ君は、右端に弾を集めます。 「右側、弾幕が薄いぞ!」「なにやってるの?!」「もう、持ちませ…」ばしゅん! その右側のシ者さんの、もろ顔面でした。ちょっと小さめの水風船が直撃なんです。 それも鼻先だからたまりません。 思わずのけぞると、駄目押しとばかりにあごを狙ってきた大きな岩が、これまたクリティカルヒットなんです。 そうなるともはやどうにもなりません。 うわー、なんて言いながら、りゅうのすけ君の方へ、真っ逆様に一直線です。 その様子に、ヒートアップしたのはお客さんでした。 あ然としたのは残りのシ者さんですし、西御寺公はさっさと坂を下りて、グランドへ、最終障害へ向かって行きます。 これ以上はさせるかぁ、とシ者さんたちは一生懸命に弾幕を展開するんです。 でも、だけど…考えてみれば、りゅうのすけ君って、男の子相手には負けた事がないんですもん。 「まずい、なんとしても奴の足を止めろ!」「し、しかし、ATフィ…」ぱぁぁん! お話をする時は、相手の目を見ないといけないのよ、とお母様に叩き込まれていた左側のシ者さんです。 交戦中に横を見てしまっても仕方ないんです。 そして、すきだらけのそのほっぺたに、三発もの水風船が立て続けに叩きこまれても仕方ないんです。 痛い痛いほっぺたを押さえるのが精一杯。奈落の底へ一直線に落下していきました。 「なっ…だが、まだまだぁ!」 金魚のように口をぱくぱくさせながら、こめかみをひきつらせながら、 最後のシ者さんは込み上げてくる怒りを押さえようとします。 これ以上、りゅうのすけ君に好き放題させるわけにはいきませんからね。 ですが、先ほどみたいに組織的な攻撃ができるわけでもなく、 単発で、しかも命中精度の悪い水風船を飛ばすだけなんです。 当然ながら、りゅうのすけ君の足をとめる事なんてできるわけありません。おまけに。 「そこをどけー!」 なんて、りゅうのすけ君が突っ込んできたら、逃げちゃうのもしかたないですもん。 坂を落ちていくシ者さんに、もう用はありません。残る敵はただひとりだけなんです。 襷(たすき)コース、最後の障害へと走っていく西御寺公が見えます。 どこかおびえたように、時々りゅうのすけ君をちらりちらりと見ては、必死になって逃げるんです。 「待ってろよ、ぼんぼんめっ!」 りゅうのすけ君もまた、身をひるがえすと、最終障害へ向かっていくのでした。 コースには封筒がおっこちています。それも生半可な数ではありません。 選手の何十倍はあると思われるくらいにいっぱいなんですよ。よくこんなに準備しましたよねぇ。 そうなんです。最後の障害は借り足競技です。俗にいう二人三脚なんですね。 西御寺公は、適当な封筒を足元から拾います。そして、そのついでに後ろを見ます。 敵はひとり。でも、その敵はあのりゅうのすけ君なんです。平地の脚の早い事早い事。 物凄い形相で、どんどんこちらに向かってくるんですから…早く逃げちゃいましょうよ。 思い出したように右手の封筒を見れば、きちんと封がしてあるんです。 だから、びりりと破ろうとしたんですけど…どういうわけか破けないんです。 こんなところまで障害があるなんて、西御寺公は思っていなかったようですね。 「くっ!」 あせり気味に伸ばしたり縮めたり、とにかく一生懸命に破ろうとするんですが、 ビニール袋で加工してあるせいか、どもなりません。 おぼっちゃんって不器用ですねぇ。 また後ろを見ると、りゅうのすけ君は、ばてたらしくて早足になっています。 それでも、元から足が早いんですもん。遠近法をしっかり守ってどんどん大きくなってきます。 「ここさえクリアすれば…唯さんっ!」 あぁ、ようやく破けました。 その中から、一枚のマークカードが出てきたんです。 「自分よりも背の低い、クラスメイトの女の子」 その裏には、そう書いてありました。 つまり、そういう女の子をパートナーに二人三脚しろ、という事なんですよね。 そして、そういう女の子は何人か思いつくんですけど。 「…いずみくんだな」 そうつぶやいて、西御寺公は自分のクラス席に走っていきます。 …まだ、花嫁の登場には早すぎるからな。 本当なら唯ちゃんを連れ出したかったのですが、 いずみちゃんのほうが小さくて使いやすそうという理由で、ぱっとひらめいたのです。 先程の短距離走二着の実績も当然加味しての事です。 ああ、なんて完璧な人選なのでしょうか。 疲れていても、やっぱりちょっとうっとりしてしまう西御寺公なのでした。 西御寺公からちょいとばかし遅れて封筒を拾ったりゅうのすけ君です。 はぁはぁはぁ、とかなり荒い息づかいを響かせながら、なんとか封筒を拾い上げました。 もっとも、西御寺公とは違って、封を破るのに苦労はしませんでした。 びり、でした。 「自分と同じくらいの背の高さの、クラスメイトの女の子」 それを読んでから、頭が動き出すまでの長い事長い事。両手をひざにあてて、 ほんのわずかの休息をとってから、西御寺公と同じようにクラス席へと走っていきました。 …洋子くらいしかいないだろうが… ちらりと見えた西御寺公は、いずみちゃんをひっぱり出したところでした。 二人三脚は三コーナーのポケット地点からスタートです。 その手前にあるのが結び場です。 色とりどりのたすきが置かれていて、ここでパートナーと合体するんです。 「ほら、早く結んで」 「なんで私が西御寺と組まなくちゃいけないんだよ」 いやいやをしたのに、かなり強引にひっぱり出されたいずみちゃん。露骨に不満そうな態度をとります。 ですが、西御寺公はお構いなし。いずみちゃんの生足をぎゅっとつかむと、無理矢理たすきを結びだしました。 しかし、細くて綺麗なおみ足なんですねぇ。 「こ、こら、人の足に勝手に触るな、すけべっ!」 握りこぶしを突き上げて、ぶーぶーしているいずみちゃんですが、かまっているひまなんてないんです。 りゅうのすけ君と洋子ちゃんがこっちに向かってきているんですから。 「早くしないと、あいつに追い付かれてしまうからな」 「お前が唯と踊れないだけなんだろ」 「…ほら、いくぞ」 質問には答えません。まず西御寺公が立ち上がります。 そして、いずみちゃんを強引に起動させるんです。 ですが、なんの合図もなしに右足から前に出すもんですから… すってん! 「な、なにをしているんだ」 したたかに打った鼻を押さえながら、僕に併せて当然だろ、と言わんばかりの西御寺公です。 ですが、そんな事を言われれば、いずみちゃんがむかっとするのも当然です。 なにせ、受け身を取れずにおしりを強打してしまったんです。痛くて涙が出ちゃいます。 「それはこっちが言いたいよっ。合図もなしに走り出すほうがおかしいだろ!」 「そんなもの…」 ふたりはしりもちをついたまま、そんなやり取りをはじめます。 そして、ちらりと視界に入ったのは、もうそろそろ結び終えそうなりゅうのすけ君と洋子ちゃんです。 なんだか知りませんが、いやに息の合っていそうな、そんなムードの後続です。 だから、西御寺公の表情が変わりました。それは、今まで見せた事のない表情でした。 「くぅ、完全な作戦とはいかなかったとは…だが、りゅうのすけに唯さんは渡さん!」 「は?」 「僕が負けたら、唯さんはりゅうのすけと踊る事になるんだぞ!」 実は、唯ちゃんも条件を出していたんです。 その条件とは、勝った方と踊る、という単純かつ明快なものでした。 それ以外はいやだよ、なんて唯ちゃんに言われたら、しぶしぶでものむしかないんです。 おまけに、その事は極秘だよ、と甘えられてしまったら、西御寺公も骨抜きカルビみたいになるしかありませんでした。 「さ、先にそれを言えよ」 密かに思いをよせる男の子が、他の女の子と踊る。 いずみちゃんだって、そんなのいやなんですから。 だから、急に気合いがのります。いなないて、やる気まんまんなんです。 いずみちゃんは、弾かれたように立ち上がります。 西御寺公をひっぱり上げると、アイコンタクトです。 最初の一歩。そして二歩。一度リズミカルに走り出せば、あとは流れに乗るだけですもん。 ふたりがやる気を出せば、そりゃもう、完璧なんですってば。 後ろから、準備を終えたりゅうのすけ組がやってくるのがわかりました。 でも、西御寺公といずみちゃんだって、かなりのスピードを出しているんです。 「負けられるかっ!」 障害でへろへろのふたりです。 気力体力全部使っての全力疾走に、観客の応援もヒートアップしてきました。 そして、最後の直線へと向かっていくのでした。 「四コーナーを曲がり切ったのは西御寺選手です。西御寺選手が先頭だ。 篠原さんをひっさげて、残りあと200メートルを逃げ切れるか西御寺選手? しかし…二番手からものすごい脚で迫ってくるのは…りゅうのすけ先輩と南川先輩だ! 逃げる逃げる西御寺選手。さっきまでのもたつきが嘘のようです。 だが、それを上回る脚で突っ込んできたりゅうのすけ先輩! さあ、最後の直線100メートル。じりじりと差がつまってきたぞ! 西御寺選手がまだリードをたもっているが、ぐんぐん差を詰めるりゅうのすけ先輩! さあ、負けられない西御寺選手、譲れないりゅうのすけ先輩! 残り25メートル! 並んだ並んだ並んだ! 並んだままゴールイン! 内の西御寺選手か、外はりゅうのすけ先輩。これは微妙な判定となりそうです…」 ぅぅうううううおおおおおおおおおおーっ! ボリュームを最大にしたアナウンサーの絶叫すらしのぐほどの大きな歓声が巻き起こったのも当然です。 のちに、「これが大障害さ」とか「キングオブ障害だな」とか「りゅうのすけしちゃった」とか、 いろいろと言われる事になる壮絶な競り合いですもん。 だいたい、ゴール板の真横で見ていた人ですら、判断できなかったくらいですからね。 「わずかに外かなぁ」「いや、内だろう」「同着もありえるんじゃないのか?」 そんな事をささやきあう頃に、ようやく三番手以下の選手がゴールしてきました。 まばらな拍手がおきます。 ですが、今、誰もが知りたがっている事はひとつなんです。 しかし、着順を表示する電光掲示板には、まだなにも出ていませんでした。 「お兄ちゃんだよね…」 お兄ちゃん、なんて思わずつぶやいちゃいましたが、唯ちゃんは気がつきませんでした。 とにかくただただ祈るような気持ちで、ゴール地点でうつ伏せで寝ているりゅうのすけ君を見るしかなかったんです。 そして、本当にに祈ってしまう唯ちゃんでありました。 「ぼ、僕の勝ちだ…」 西御寺公もまた、息を切らしているひとりです。 りゅうのすけ君と違って、倒れ込むようなことはありませんでしたが、立っているのが精一杯。 早々とたすきをほどくいずみちゃんに声をかけることすらできませんでした。 でも、ほんの少しだけ早くゴールした、という自信はあります。 あとは、その確定を待つばかりです。 「…お、おい。か、勝ったのか?」 うつ伏せのまま、りゅうのすけ君は尋ねます。今回のパートナーの洋子ちゃんにです。 「さぁ、ね」 実は巻き添えをくって、洋子ちゃんは仰向け倒れているんです。 ふたりにはゴール直後の事はさっぱり分かりません。 ゴール直後に転んでしまったから、仕方ないですよね。 「それより…いつまでのっかってるんだよ」 どういう体勢で転ぶとそうなるのかわかりません。 なぜか、洋子ちゃんの上にりゅうのすけ君の体があります。ぱっと見ると、なんとなくエッチな感じなんですもん。 ですが。 「も、もう少しだけ…」 呼吸をするのも辛すぎて、まだまだ立ち上がれそうにないりゅうのすけ君でありました。 先頭ゴールから三分過ぎました。今回のメンバーで、唯一の女の子選手がゴールです。 いったくらー、なんて、歓声に包まれての完走でしたが…あ、倒れちゃいました。 二人三脚ですから、当然ながら相棒の女の子だって巻き込まれちゃいます。 スタッフの方が駆け寄ります。 ですが、どうやらくたくたなだけみたいですね。 だから、場内にほっとした空気が流れたんですけど…それも一瞬でした。 「お知らせいたします」 そうなんです。コース上に誰もいなくなり、ようやく着順が上がるんです。 グランドの真ん中に立てられた電光掲示板にみんなが注目します。固唾を飲みます。 ですが、なにも表示はされませんでした。それどころか、予想外の放送が入るんです。 「ただ今の競走において、第八障害で、りゅうのすけ選手が反撃をした件。 および、最後の直線走路で、成田選手がつまずいた事について審議を行います」 当然の事ながら、誰もが耳を疑ったんです。しーんとして、そしてざわめき出します。 なるほど、よく見たら、電光掲示板には審議の青ランプがついていたんですね。 それだけではありません。 いまだに一着二着は写真判定を示す"写"という文字が輝いています。 つまり、まったくもってなにもわからないんです。 「どう見ても僕の方が勝っているはずだぞ。審議や写真判定の意味なぞあるかっ!」 本部に殴り込みは西御寺公です。 いかにも興奮しているらしく、顔を真っ赤にして、つばをぺぺぺと飛ばして、 もう、絶対になにがなんでも譲れないといった感じです。 それはそうでしょう。間違いなく粘り込んだという自信があるんですから。 でも、とてもとても身体の大きい男の子は、眼鏡の下でにやにやするだけなんですよね。 「西御寺く〜ん。そうはいかないよ。委員会は公正に判定しなくてはいけないからね」 「…君の口からそんな言葉を聞くとはな。この世も最後かもしれないな」 「くっくっくっ、きっついなぁ」 肩とお腹を大きく震わせて、おっきい男の子は、ずれた眼鏡の位置を直しました。 「もう少しすれば、僕の撮った写真ができるよ。そうすれば、きちんと結果は出るさ」 「ふん。君がまともな写真を撮れるとは思えんがな」 西御寺公が皮肉一杯にはきすてます。 ですが、おっきい男の子は気にしていません。 それどころか、にやっと笑ってこんな事をささやくんです。 「そうそう、今日撮れた可憐ちゃんのブルマ写真、安くしておくけど、いるかい?」 次の瞬間、おっきい男の子が地面に埋まっていたのは言うまでもありませんよね。 クラスのスペースに戻るやいなや、りゅうのすけ君は大の字です。 久々の全力疾走ですもん。もてる体力はほとんど使い果たし、肺がまだ痛みます。 おまけに、水風船のせいで体育着が濡れています。身体もけっこう冷えちゃっているんです。 唯ちゃんやいずみちゃんや友美ちゃんや片桐先生がお見舞いに来てくれるのですが、 りゅうのすけ君は「見せ物じゃないぞ」と追いはらっちゃうんです。 そしてまたひとり。 「着てたほうがいいぞ」 そう言って、りゅうのすけ君の身体に、自分の着ていた上着を優しくかけてあげるのは、 お見舞いに来た大親友のあきら君です。 友情っていいですよねぇ。なのに。 「いらん」 りゅうのすけ君はかけられた上着をぽいっと投げ捨てるんです。 あーあー、あきら君のおでこに、いっぱい青筋たっちゃいましたよ。 しかし…短気な人が多いですねぇ。 「お前、友達の好意を無駄にするつもりかぁ?」 「…なんでピンクの柔道着なんだよっ!」 そうなんです。りゅうのすけ君にかけられたのは、派手な蛍光ピンクの柔道着なんです。 例えて言うならサクラの勝負服のピンクに近いような、そんな色なんです。 そりゃまぁ、嫌がる気持ちもわからないわけでもないわけですけどね。 「あのなぁ。これからはカラー柔道着の時代なんだぞ。先取りして何が悪い」 地面に落とされた柔道着を拾うと、ぱんぱんぱん、と土埃をはらいます。 そして、自分で着るんです。 ちなみに、あきら君は柔道着を重ね着しているんです。 下はもちろん白い普通の柔道着なんですけど…ものすごい重ね着ですよね。 そのセンスのすごさになにか言ってやろうと、りゅうのすけ君が上半身を起こした時。 地鳴り地響き大洪水です。おおー、どよどよどよどよ、と学校が大きく揺れました。 「…なんなんだよ、まったく」 あきら君にはざわめきがおきた理由がすぐにわかりました。 だから、然るべき場所を見ます。そうです、電光掲示板に着順が表示されているんです。 そして、一着の部分に光っている数字は、当然ながらりゅうのすけ君のゼッケンだったんです! 「…お、おい、りゅうのすけの勝ちみたいだぞ!」 「なにが?」 「なにがじゃないだろ。障害の結果だよ、障害の。すごいじゃないかよ、おい」 ですが、当の本人はさほど興味がないようで、つまらない事をしたなぁ、とまたごろん。 あきら君の方が興奮してしまい、まるで自分の事のように喜んでいるんです。 奇妙な振り付けの踊りを披露して、りゅうのすけ君の激闘を慰労しています。 そして、その踊りに引かれるようにして、級友が集まってくるんです。 なんてったってヒーローですもの。 ですが、まだ誰も気がついてはいませんでした。 確定の赤ランプどころか、審議の青ランプはいまだについたままだったんです。 がくっ、といきなり崩れ落ちた西御寺公。もちろん、電光掲示板を見たせいなんです。 グランドによつんばいになって、まさにこれぞ肩をがっくり落とす、の見本みたいです。 甲子園で敗れたスポーツ刈りの高校球児にぜひとも真似をしてもらいたいもんです。 「だ、大丈夫ですか、兄さまっ」 「ま、負けたのか…」 半分泣き声の静乃ちゃん。お洋服が汚れる事もかまわないで、グランドにぺたんとすわっちゃいました。 そして、じっと兄さまの横顔を見つめています。言葉を考えます。 「ですけど…に、兄さまは一生懸命にやりましたもん。二着ですもん。だから…」 「負けは負けだよ、静乃」 静乃ちゃんの慰めを、優しくさえぎります。そして、大きく息をはきました。 妹と同じように、地べたにおしりをぺしょんとつけて、西御寺公はお空を見上げました。 真っ青なお空に雲が流れていくんです。ふわふわと、とても気持ちよさそうです。 確かに負けは負けです。 でも、こればかりは仕方ないのです。 正々堂々勝負して、最後の最後で負けてしまえば、それはそれで諦めがつくというもの。 すっきりするもんです。 でも、静乃ちゃんは弱まったちゃんです。 西御寺公をなんとか元気つけようと、あれやこれやと考えているんです。 とりあえず、思いつきで何か言おうとするんですけど… 「だけど、でも、だって…えーっと、その、あの…うーんと…」 やっぱり言葉に詰まった静乃ちゃんを見て、西御寺公はなぜか笑顔を見せました。 決して作り笑いではありません。本当に、ごく自然に、笑顔になってしまったのです。 「ありがとう、静乃。大丈夫だよ。落ち込んでいるわけではないからね」 自分になにもできなくて、本当に泣き出してしまいそうな静乃ちゃんを、そっとなでなでしてあげるんです。 けれど、そんな事をされちゃうと、ますます悲しくなる静乃ちゃんです。 鼻をすすって、涙をこらえて、それでもやっぱり泣き出しちゃいました。 「ばかだなぁ。静乃が泣く事はないだろう?」 「でもでもでもでもぉ…」 「優しいんだな、静乃は」 手を伸ばして、西御寺公は静乃ちゃんを抱きしめました。 お揃いで伸ばしている髪を、ゆっくりと撫でてあげます。 静乃ちゃんが胸の中にいてくれるから、西御寺公もとてもとても落ちつけるんです。 でもちょっとだけ、やっぱり悔しいんです。悲しいんです。 …唯さん… すべての無念をそこに込めて、小さく小さく、静乃ちゃんに聞こえないくらいに小さくつぶやいた西御寺公でした。 「先ほどの審議についてお知らせします。 第八障害で、りゅうのすけ選手が反撃した件について審議をしました結果、 りゅうのすけ選手の行為を反則とみなし、一着失格とします。 また、最後の直線走路で、成田選手がつまずいた件に審議をした結果、 失格、及び後着はありませんでした」 そう発表があったのは、電光掲示板に着順が表示されてから、さらにしばらく経ってからの事でした。 一着に表示されていたりゅうのすけ君のゼッケンは消え、その下にあった西御寺公のゼッケンが繰り上がってきました。 今、失格のあった事を表す、赤と青のランプがようやくつきました。 これで確定です。これが公式結果なんです。 アナウンスの後、水を打ったような静けさだった場内が、また、阿鼻叫喚の地獄のごとくにシャウトしだしました。 最終競走のクラス全員リレーまではまだ時間がありますし、くたくたでとにかくおねむなんです。 だから、体育館裏へ一寝入りしに行こうと、歩き出した時でした。 思いもよらない場内アナウンスと、どんな丈夫な鼓膜でも破けそうな大歓声に、 さすがのりゅうのすけ君も驚いちゃいました。 でも、掲示板をちらり、一回見ただけでした。 りゅうのすけ君に気がついた人たちは、みんな気になるようで、ちらちらと顔色をうかがおうとします。 ですが、時の人は我関せずと涼しい顔で自分の道を行くんです。 「りゅうのすけ、そう気落ちするなよ」 後ろから、げたの音をからんころんと鳴らしながら、あきら君が走り寄ってきました。 それでも、りゅうのすけ君は足を止めるわけでもなく、鼻歌まじりに前進を続けます。 「そりゃ…ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、唯ちゃん、取られて悔しいのわかるけどさ」 「…あのなぁ。別に唯は関係ないだろうが」 どこから漏れたんだか、とりゅうのすけ君は呆れちゃいます。 別に唯ちゃんのために出走したわけではないんです。 ですから、一応は関係ないんです。唯ちゃんが、西御寺公と踊ったって関係ないんです。 うん、たぶん関係ないはずなんです。表面上はね。 だから、いつものようにクールな表情をしているつもりだったんですけど… やっぱり悔しそうに見えるんですよね。 ましてや、長いお付き合いのあきら君にはばればれです。 「そうかそうか。じゃあ、負けたのが悔しいのか。常勝記録もストップだもんな」 「そんなの…別にいいだろうが」 「だったら、ゆ、ゆ、ゆ、唯ちゃんが西御寺にあーんしても関係ないよな」 あきら君がにやっと笑うと、りゅうのすけ君が急ブレーキをかけました。 両手をポッケに突っ込んだまま、斜め後ろのあきら君と視線を合わせました。 ぶっきらぼうに一言。 「なぁ、あきら」 「なんだ?」 「食べるぞ」 どういう意味なんでしょうか。 いろいろと考えて、あきら君の顔色は真っ青になるんです。 りゅうのすけ君の背中を見送りながら、ようやく返事をする事ができました。 「…遠慮しておく」 「ど、どういう事だ…」 「よかったですね、兄さまっ!」 静乃ちゃんは、西御寺公の首ねっこに飛びつくと、きゃっきゃきゃっきゃと大はしゃぎ。 冷静すぎる兄さまに変わって、全身で喜びを表しているんです。 本当に兄さまの事が大好きなんですね。 「こ、こら、静乃っ…お、重いよ」 「やっぱり兄さまが一番ですもん!」 ちょっと重い静乃ちゃんを抱きかかえたまま、電光掲示板の数字をじっと見つめます。 確かに自分のゼッケンです。でも、それは何かが違うような気がしてなりません。 失格による繰り上がり優勝。しかも、失格だったのはりゅうのすけ君なんですもん。 「これも…勝負なのか?」 「兄さま、負けは負けっておっしゃいましたよね。ですから、勝ちは勝ちですよ」 複雑な表情をしている西御寺公から降りると、静乃ちゃんはくすくす笑います。 「だって、あれが公式結果なんですから」 西御寺公の背丈には、まだまだ届かない静乃ちゃんです。 満面の笑みを浮かべて、新たな優勝者を見上げているんです。 優勝、と妹を見つめながらつぶやいた兄さまです。 「そうですよ。兄さまが優勝したんですもん!」 納得はしていません。けど、悩んでいる暇はなさそうなんです。 明らかに西御寺公を探しに来たと思われる片桐先生が駆け寄ってきたんですから。 「あ、西御寺君。お喜びのところ悪いけれど、表彰式があるの。よろしくね」 「え…は、はい。今、行きます」 まだまだ頭の中は混乱中。戸惑いは隠せません。なにせ繰り上がりの優勝です。 でも、静乃ちゃんの言うとおりなのかもしれません。 いかな理由であっても、勝ちは勝ちです。 そう自分を納得させます。それに、優勝と言われて悪い気はしませんもんね。 「じゃあ、行ってくるよ」 西御寺公は、静乃ちゃんの肩をぽんと叩きます。 そして、片桐先生と歩き出しました。 ふたりの背中を見送る静乃ちゃんは、また大きな声を出しました。 「兄さま。本当におめでとうございます!」 (続) |
[戻る] |