手紙には、丁寧ながら何処かくせのある字で、こう、書かれていました。
今、私は街から遠く離れた、青い砂漠を見渡すエアバスの停留所に居る。
そもそも、私が研究費を貯めていた目的は、この移民星に広がる荒地を旅し、
遠い過去の植物の種を蒔くことにあり。
ただ、あの砂絵を見て、いささか研究費が心もとないながら、いてもたってもい
られなくなり、
即刻その翌日に、研究を開始したものである。
何も言うことなく、突然姿を消してしまってすまない。
乾いた大地に私が蒔いた種のわずかでも、何時かこの星に育つことをを思うと、
心が踊る。
あの砂絵の砂漠に、ひとりで立つ樹のように。
それを願い、この青の砂漠にも、遠い昔の樹の苗木を植えてゆく。
ただ何処に行っても美味しい紅茶が飲めぬことのみが、この旅の苦痛である。
来年の春に、あなたのいれるダージリンが飲めるのを、ただ心待ちにしている。
砂漠にて M
娘は、思わずくしゃっと微笑みました。
何処かほっとしたようで、不思議と嬉しい想いが、種がはじけるように胸の中から、
こぼれてきて。
不機嫌そうな顔に不精ひげを生やして、この小さな移民の星を、植物の種を植える、
植物学者。
しかも、紅茶の葉を売って、自分は紅茶を我慢して、少しずつ旅費を貯めて。
旅先のお茶屋さんで、頼んだ紅茶の味にぶつぶつと文句を言いながら。
たどたどしいような、古風なような妙な手紙の文面に、そんなM氏の姿を想像して。
娘は少し目を細めて、店の壁に掛かった絵を見つめました。
砂で描かれた樹に、ぽつりと、こうつぶやいて。
「あの人が、起こしにくるまで、もう少し待っていてね。」
その青のキャンバスの真ん中に、やがて紅茶好きの植物学者に目覚めさせられる日を
待って。
翠色の葉をひろげた一本の樹が、夢を見ながら、ひとりで立っているのでした。
Fin.
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