砂漠とダージリン / page11



 手紙には、丁寧ながら何処かくせのある字で、こう、書かれていました。


   今、私は街から遠く離れた、青い砂漠を見渡すエアバスの停留所に居る。

   そもそも、私が研究費を貯めていた目的は、この移民星に広がる荒地を旅し、
   遠い過去の植物の種を蒔くことにあり。
   ただ、あの砂絵を見て、いささか研究費が心もとないながら、いてもたってもい
   られなくなり、
   即刻その翌日に、研究を開始したものである。
   何も言うことなく、突然姿を消してしまってすまない。

   乾いた大地に私が蒔いた種のわずかでも、何時かこの星に育つことをを思うと、
   心が踊る。
   あの砂絵の砂漠に、ひとりで立つ樹のように。
   それを願い、この青の砂漠にも、遠い昔の樹の苗木を植えてゆく。

   ただ何処に行っても美味しい紅茶が飲めぬことのみが、この旅の苦痛である。
   来年の春に、あなたのいれるダージリンが飲めるのを、ただ心待ちにしている。

   砂漠にて  M


 娘は、思わずくしゃっと微笑みました。
 何処かほっとしたようで、不思議と嬉しい想いが、種がはじけるように胸の中から、
こぼれてきて。


 不機嫌そうな顔に不精ひげを生やして、この小さな移民の星を、植物の種を植える、
植物学者。
 しかも、紅茶の葉を売って、自分は紅茶を我慢して、少しずつ旅費を貯めて。

 旅先のお茶屋さんで、頼んだ紅茶の味にぶつぶつと文句を言いながら。

 たどたどしいような、古風なような妙な手紙の文面に、そんなM氏の姿を想像して。


 娘は少し目を細めて、店の壁に掛かった絵を見つめました。
 砂で描かれた樹に、ぽつりと、こうつぶやいて。

 
「あの人が、起こしにくるまで、もう少し待っていてね。」


 その青のキャンバスの真ん中に、やがて紅茶好きの植物学者に目覚めさせられる日を
待って。


 翠色の葉をひろげた一本の樹が、夢を見ながら、ひとりで立っているのでした。



                                    Fin.





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