A Winter Book






 今度は、深夜になお遠く灯り続ける小さな街の明かりを道標にして、少年は雪の野原を歩いていました。

 その背に、雪待鳥の少女を背負って。


 あの硝子玉のような調べは今はもうなく、張りつめて凛とした空の気配の中で、代わりにたった二つの音
だけが聞こえていました。

 少年の足が真下の雪を踏みしめる音と、少女の規則的な寝息だけが。



 (何だか、あの時みたいだ。)

 相変わらず羽のように軽いその体に驚きつつ、背中に幽かな鼓動を感じながら、少年は初めて雪待鳥の少女に
会った日のことを思い出していました。



 数年前の、初雪の日。

 昼間は暖かかったのに、夕方から突然冬が舞い降りてきて寒くなったその日の夜、仕事からの帰り道。


 ユキノは樹に突然の雪から護られながらも、そのたもとで震えて横になっていたのです。


 その輝く様に白い翼、日々の暮しの中では見たことのなかった綺麗な姿に少し困惑しながら、
 少年は少女を助け起こして、暖炉の火で暖かい自分の家へと連れて帰ったのでした。

 その真白い少女の、あまりの軽さにびっくりしながら。


 何日かの間、ユキノは少年のベッドでずっと眠り続けていました。

 少年の介抱でようやく元気になってからも、結局その冬をユキノは少年の家で過ごしたのでした。



 そして、それ以来、毎年雪が降る頃になるとユキノは少年のもとにやってきていたのです。

 暖かい部屋の中で、とりとめもない話を交わしながら、やがて来る春を二人で待つために。


 「もっと南の暖かな街へ行かなくていいの?こんな北の街じゃ寒くないの?」
 何度か、少年はそう訊いたことがありました。


 「ん……南の方は人がいっぱいいて、苦手だから……ここがちょうどいいの。」

 その度に、微笑みながら、ユキノは同じ答えを返すのでした。




 やがて、幾層に重なって一面すっかり灰銀色になった空から、雪が舞い降りてきました。

 りん、りんと音のない音を散らしながら。


 少年は小走りになって、あの日と同じように、暖かい自分の家へと急ぎました。

 あとには、綿のような雪が、この夜に少年と少女が駆けた足跡と翼の跡を埋めて、大地に降り積もって
ゆきました。









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