A Winter Book






 「いつまで寝てるのよっ!ねえ、起きてよほらっ。」

 そんな幻燈の流れた眠りは、雪待鳥の少女が体を揺さぶる声で終わりを迎えたのでした。


 「朝からどうしたの……、ユキノ……。」
 未だに眠りの境界をさまよったままで、少年はぼんやりと応えました。

 「外、見てよ、外っ。」
 そんな少年を、境界から引っ張り戻すかのような、ユキノのはずんだ声。


 寝巻きのまま体も引っ張られながら、少年は外への扉をあけました。

 あけた扉をすばやくするりとすり抜けて、背の白い羽をかるくはばたくユキノ。


 その羽に震えて、ふんわりと暖かい空気が、少年の鼻をくすぐりました。

 微かに草花の香りを含んだ、新しい薄緑色の空気。



 「ほらっ!」

 喜びの笑みをたたえたユキノが低く浮かぶ、扉の外。

 ずっと真白い雪に包まれていた世界が、一晩のうちに数多の薄い色を散りばめた世界へと
生まれ変わっていました。




 まだ僅かに冷たさを残しながらも、朝の空気を優しく攪拌する、柔らかな南の風。
 その風につられて、微かに雪の名残が残る大地から生まれでた、ほんの小さな、色とりどりの草花達。

 何処か遠くで、目覚めの歌を歌う、薄緑色の小鳥の声。



 そして、目の前に浮かんで、柔らかな栗色の髪と純白の翼を南風にまかせて、ねぼけた少年に微笑み
かける雪待鳥の少女。



 春を待つ間、夜毎交わされた生き物達の、とりとめもない言葉。

 白く降り積もったその言葉に込められた想いは、みんな大地へと還っていって。


 訪れた春の日に、あまねく生き物の心へと息づいていました。



 「ねえ、あの凍ってた小川、どうなってるか見にいこ!」
 言葉を残すが早く、くるりと背を向けて街外れの野原へと舞ってゆくユキノ。


 長かった夜を、ずっと一緒に数えてきた、ユキノの言葉。


 「待ってよ、今行くから!」
 少年は言葉を投げ返すと、笑いながら雪待鳥の少女の翼を追いかけてゆきました。



 今年の冬の夜を、ずっと忘れないように。

                                         Fin.







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