静かなリズムを持って流れる水の音の中で、再び無意識の散歩へと落ち込
みかけていた私を引き戻すかのように、不意に、目の前の光景を適当にくり
ぬいて穴を開けたような黒い影が私の目に飛び込んできた。

  驚いて目を上げたその先に、河原に寄り添うように、その影の源である小
さな建物はあった。


  それは奇妙な建物だった。そのいびつな外観を生す表面の壁は暗い灰色の
金属の組み合わせでできており、円筒形の置物、壁の何処からともなく伸び
てまた何処かに戻ってゆく金属の筒、天に向かって突き出たやはり金属の四
角柱など、装飾とも思えぬ装飾が施されている。それらは背後からの残光を
受けて、強い赤銅色の反射光と漆黒の不定形の影をを湛え、あたかも夏の夕
刻に不意に訪れる嵐の雲の様にも思える。

  ただ、その暗い建物に据え付けられた、最も高く天へと伸びる塔のような
区画の天井だけは、半球体の硝子のドームで覆われており、消えゆく光を透
過して様々な色彩を返している。

  最初はそれが建物であることさえわからなかった。申し訳程度にその物体
へと伸びる道と、その内部へといざなう扉を認めるまでは。

  私は一瞬ためらった後、鉄の扉に手をかけた。その手に走る、古い金属の
冷たい感触。


  その内部も外観とさほど変わらず、様々な奇妙な装飾と大小の箱から成っ
ていた。ただ、光の色だけが違っていた。壁に等間隔で備え付けられた、硝
子の球体達。それらはあたかも造られた小さな月の様に、弱々しい青白い光
を周囲に与えている。その静かに染み透る様な輝きは、夕日にさらされて燃
えるように鈍く輝いていた外装と対称をなしている。

  そして、幽かな律動と、音が、何処からともなく感じられる。

(「機械」の中身って、こんな感じなんだろうか。)
  私は辺りを見回しながら思う。生活感の皆無なこの内装を見てると、やは
り建物というより、「機械」と言うほうがしっくりとくる。だが、こんな巨
大な「機械」が現存する、という話は聞いたことがない。


「見学の方ですか?」
  背後から、澄んだ声が響いた。この金属的な空間に不意に降ってきた人の
声に、眠っていた私の言語中枢は驚いて活動を再開した。
「ご、ごめんなさい。珍しかったもので、つい……。」
  目覚めたてで動きの悪い言語中枢を必死に制御しながら、私は声の方を振
り返った。

  入り口からの四角い光を従えて、そこに、娘が立っていた。
  肩で切り揃えられた黒い髪、それと対照的な青白い色彩のワンピース。そ
の長い裾と、わずかにのぞく素足からは、水に浸かりでもしたのか時折水滴
が床へと落ちてゆく。その細い腕には、籠の様なものを抱えている。

「いいんですよ。」
  娘は、私の慌てぶりが可笑しかったのか、ふふっ、と幽かに微笑んで言っ
た。
「これから、夕方の工程を行うんですが、ご覧になりますか?」



  私は娘の後について、建物の奥へと入っていった。娘は無言のまま、まだ
時折床に滴を残しつつ、青白い球体の灯る回廊を少しずつ下ってゆく。その
沈黙に耐えることができず、私はためらいつつ口を開いた。
「その、籠の中身は何ですか。」

「これですか?」
  娘は歩みを止め、籠を半分開けて私に見せてくれた。中には、水色を基調
としてそれぞれが様々な色彩を含んだ、大小2種類の大きさの石が沢山入っ
ている。

「夕方になると、川から沢山のかけらが流れてくるんです。」
「かけらって、何のです。」
  沈黙が途切れたことにほっとしつつ、私は素朴な疑問を口に出す。

「小さい方は、想いのかけら。」
  娘は一つの大きい石を取り出し、その白い手の平で優しく転がしつつ続け
る。
「そして、大きい方は、言えなかった言葉のかけらです。」




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