昔の想いに耽って歩いていて、ふと足を止めると、そこにあの大樹があった。

 その瞬間、娘の耳に確かに声が聞こえた。


   ヤット戻ッテ来テクレタネ、我ガ愛シイ娘ヨ


 娘は大樹に寄りかかり、泣いた。もう、少年は帰らない。楽しかったあの日々も
帰らない。妖精の声も聞こえない。みんな変わってしまった……。



 どのくらいそうして泣いていたのだろう。風がゆっくりと雲を運んできた。空気
に湿っぽい香りがただよう。
 でも、娘はそのことには気付かなかった。


 やがて静かに雨が降りはじめた。大樹の葉を雨が打つ。

 娘は天を見上げた。さらに雨は葉を打つ。ひとつ、またひとつ。森のなかに雨の
ドラムの音が聞こえだす。

 さらに雨は森に降りそそぐ。その音は次第に無数の和音となって森を包み込んで
ゆく。

 雨が木々を濡らす。湿った落葉混じりの土の表面を水が流れだす。そしてまたひ
とつ和音が生まれる。

 娘はその雨の奏でる音楽に打たれ、ただ茫然と立ち尽くしていた。雨が、頬を伝
う涙を静かに洗い流してゆく。


   我ラハズット変ワリハシナイ。イツモココニイル。
   雨ガ我ラヲ許ス限リ。           

                       
   君ラハズット変ワリハシナイ。今モココニイル。
   雨ノ歌ガ我ラヲ癒ス限リ。          


 その歌は永遠に続く自然の想いの奔流だった。雨が土を癒す。その水は集まり川
となる。川は海となり、やがてまた天へと戻り行く。

 幾千の夜と昼を越えたこの星の営み。六月の雨が大地を、幾多の生命を、そして
時を癒してゆく……。




 雨は止んだ。娘はびしょぬれのまま、大樹にもたれ掛かっていた。もう、大樹は
何も話しかけてはこない。


 やがて、木々の隙間から、夕方の光が漏れだしてきた。

 娘は大樹の上に登ってみた。いちばん高い枝に座り、夕日が濡れた服をゆっくり
乾かす。雨上りのせいか水色の宮殿は見えない。
 

 あるのはただ、昔と変わらない、同じ暖かな海の色だけだった。



  かわいた月の朝に 女は踊る
  海へと還る雨を 呼び戻すため
  harvest rain この星の者たちへ
  harvest rain 空からの贈り物


  いつか大地を 駆けめぐり
  同じ谷へと おりてくる
  季節の吐息 刻みこむ
  いのちの縁を 癒すもの


  We've been living here           
  for a long long time ago         
  We came from the earth and        
  we will return to the earth        
  Only the rain knows if          
  god will let us live or let us die    

                              
  空から海へ 続く川            
  土から種を めぐるもの          
  いきずくものへ 続く川          
  実りの歌を つくるもの          


  季節の吐息 刻みこむ           
  いのちの縁を 癒すもの          

                  (『harvest rain』/Song by ZABADAK)



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