隙間から流れ込む、早朝の冷たい風と、差し込む夜明けの光を受けて、
詩人はぼんやりと目を覚ました。冷気が次第に寝ぼけた頭を起こしてくれ
る。ようやく覚悟を決め、毛布をはずして身を起こす。


  昨夜の、小さいながらもこぎれいな宿の寝室は、跡形もなく消え去って
いた。あるのはただ、永い年月を経て緩やかに朽ちてきた、かつての家の
名残のみ。幾つもの壁の隙間から、さらさらと、冴え渡る冷気が舞い、そ
れとともに埃が大気にふわりと浮かぶ。


  詩人は慌てて、昨夜暖炉の炎が音を立てて燃え、自分が異国の歌を奏で
た食堂があったはずの扉を開けた。そこにもただ、煉瓦が幾つか崩れた、
蜘蛛が巣を張る暖炉や、ぼろぼろになった机があるばかりだった。


(私は、この廃屋で夢でも見ていたというのか?)
  詩人はしばしの間、茫然とかつて宿屋であった廃屋に立ち尽くしていた。
  丸い窓から目に入る、ちらちらと輝く細かな光達。それが詩人の意識を
引き戻した。
  詩人は、錆付いた扉を力を込めて何とか開けた。


  扉の外には、小さいながらも丁寧に整えられた畑が広がっている。
  その畑一面に、無数の光の粒子が降り注いでいた。微かな風に吹かれ、
ふわりと舞う光達。それは天空から絶え間なく舞い降り、そして、大地に
吸い込まれる様に幻の如く消え去ってゆく。

  立て続けに訪れる衝撃のために、詩人の頭が、舞い降る光の正体を理解
するのに暫くの時間を要した。
(これは……雪?)

  雲一つ無い、柔らかな薄い水色の天空から舞い降りる雪。それは強い風
に運ばれて山を越えて訪れた、遥かな北国からの使者達。それはまだ弱い
曙光に照らされて、ちらちらと綺麗な銀色の輝きを帯びて、大地を祝福す
るかの様に降りてゆき、大地と一体になるかの様に光を残して溶けてゆく。


  その天気雪の銀の粒子に包まれた、畑の中央に、人影が見えた。その人
影は、かがみこんでは、丁寧に畑に実る野菜を摘みとり、手にした籠へと
積んでゆく。


  詩人に気付いたのか、その人影は顔をあげてこちらを見た。
  光降る朝の畑に、若い宿の婦人が、両手で野菜で一杯の籠を抱え、微笑
んで詩人を見ていた。この朝の光と同じくらい慈愛に満ちた、そして本当
に幸せそうな笑みを浮かべて。


  優しく詩人の心に届く、婦人の声。それは幾千の夜を大地と共に過ごし
た、大地に根付いた大樹が旅立つ鳥達に向ける様な、優しい意識の声。
  その意識と、冬至の夜の翌朝に降りた光に向けて、詩人は微笑んで応え
た。

「いってきます。」


    夜明けに  銀の天使が降りた
    世界は  朝の光に輝く
    実りを終えた  大地はいつか
    白い白い雪が  降るのを待つだけ
    花咲く季節は  遠いけれど
    やがてめぐる時を  約束して
    いつの日も光を  ただ抱きしめてる


    山を縁どる  木々の葉が風に
    落ちて  空が急に広くなれば
    見慣れた嶺が  近くに見える
    雲に届く梢が  風に揺れてる
    人恋しくなる  長い夜を
    これから  誰と二人で生きても
    瞳の先に光を  見つめてゆこう

				(『光降る朝』/song by ZABADAK)
							Fin.



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