星ぬ浜


星ぬ浜



 遠い海の果てで生まれた、幾つもの波が、旅を終えてこの島に還りつきます。
 その波間を天から届く月明かりで眩しく飾って、涼やかに音を奏でて。

 その砂浜を洗う波の調べを聴きながら、娘は少年を待っていました。
 お供の海亀の背に、ちょこんと座って、浜辺の村の灯りをじっと見つめて。

「来ないねぇ。」

 夜気をからめた海風に乗って、いつもより少し楽しげな村のさざめきが耳に届きます。
 今宵は、ちいさな島の、夏祭の、第一夜。
 人々は、ささやかだけど平和で豊かな日々を祝って、夜を通して踊り、飲み明かします。

 数多の海の神々へと、感謝と祈りを、込めて。

 その祭の夜に、きっとまた逢いにくると、少年は娘へと約束したのです。


   人の命は、我々よりもずっと短い。


 言葉を波の音にゆだねたまの娘に、微かに淋しそうな色を感じ取って、海亀は呟きました。

 
   その瞬きのような時の中で、人の想いはすぐに移ろってゆくもの。
   少年が来なかったとしても、それは、無理もないことです。


「うん……。」


 海亀の静かな言葉に小さくうなずきながら、娘は、波の砕ける浜辺へと視線を映しました。
 少年と逢った夜と同じように、幾つもの星灯りを散りばめて砕ける、波の穂へと。



 賑やかな祭りの音に誘われて、娘がこの浜で、たった独りで歌っていた、昨年の夜のこと。
 浜に迷いこんだ、黒い髪に深い夜のような瞳を持つ少年が、娘を見つけて話しかけたのでした。

 本来なら、人間の目には見えず、声も聞こえないはずの娘を、その瞳に映し、その耳で聴いて。


 それから夏祭りの夜の間、この星灯りの輝く浜辺で、娘と少年はいつも一緒にいたのでした。

 そして、お祭りの第七夜に、降るように燈る星空の下で、少年は娘へと約束したのです。


 来年の島の夏祭りの日に、きっとまた逢いに戻ってくると。



 そんな娘を、物思いからそっと揺り起こすように、遠く、弦の調べが届いてきました。
 祭りを喜ぶ人々が奏でる、島の楽器の、南風のように柔らかい、糸の音色が。
 それは、島に人間が住み始めてから、ずっと、ずっと永い時間を経て伝えられた、調べでした。



「海亀、そんなことないよ。聴いてごらん、あの調べ」

 束ねた髪を、暖かな海の風に揺らせて、ふわりと娘は微笑みました。


「ずっと、ずっと変わらないままだよ。もう幾百年も過ぎて、たくさんの人が去っていったのに。」

「それでも、今も変わらないままで、私達のこと想って、祭りをひらいてくれるんだもの。」

 月明かりに碧色に映える衣を、さらりと羽根のように夜気に舞わして、娘はちょこんと砂浜に降りました。
 そうして、くるりと村の方に耳を澄ませながら、言葉を続けます。


「だからね、人の想いはそんな簡単には移ろわないよ。」

 海亀に背を向けたままで、調べを聴きながら、こう、ぽつりとつぶやいて。


「もしかしたら、……ちょっと忘れることはあるかもしれないけど、ね。」



  ……仰せの通りで、海神さま。


 海亀は、諦めたような、そっと微笑むような、静かな口調で応えました。


「ね、また明日の夜、来ようよ。星を眺めるだけだって、楽しいし。」

 急に、くるりと振り向いて、目を細めて微笑みながら、海神の娘はお供の海亀に告げました。


「……それに、明日はきっと来るよ。」



 ささやかな、人の耳には届かない、海の神の娘と海亀の会話。
 それは絶え間ない波の調べと祭りの楽の調べに、和音のようにひそやかに溶け込んで、優しく流れてゆきました。

 この、星の降る浜辺の上で。



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LOIREのイツキリョウさんから、キリ番Get記念に頂きました。

しかも「星ぬ浜」のイメージで、という、極悪なオーナーのリクエスト付き(笑)

ありがとうございます〜!(^^)。かわいい服装に輝きを落とす、月明かりが綺麗〜!

何より、ちょうど仕事がピークの時期に、ふと深夜メールを開いたら、綺麗な絵が届いていて

すっごく元気が出たのでした。本当に、ありがとうです。


で、幸せな気持ちで絵を眺めていたら、ふと娘さんと海亀の会話が浮かんできたので、

つい即興で(この遅さでもオーナーにとっては即興(笑))おはなしのかけらを書いてしまいました。

……でもせっかくの絵なのに、イメージ壊しかもしれない……(苦笑)。

それでも、このおはなしのかけらは、お礼にイツキさんへ。返品不可です(笑)。


お店の中へ入ります……