丘の頂上に登ると、昔と同じ様に町が一望できた。西の空の雲間から顔を覗かせた夕
日が、変わらず町を茜色に染めている。
雨上がりの湿った空気を、春の暖かさを含んだ風がさらさらと優しく攪拌する。季節
はゆっくりと、冬から春へと移りゆく。
娘は、春めいた風が柔らかく額の巻き毛を撫でるのに身を任せて、頂上に真っ直ぐ立
ち、黄昏の光が徐々にその輝きを失い、夜の闇へと町を譲り渡すのを見ていた。
町の賑わいは次第に静まりゆき、家々の明かりが一つ、また一つと点ってゆく。山の
かたちは、少しずつ夜ににじみ、物のかたちは徐々に見えなくなってゆく。
遥かな幼い日々と変わらぬ、寂しくも綺麗な光景。
明日という始まりに続くための、今日という日の終わりの輝き。
同じ明日が来るようにとの儚い祈りを込めて、時は流れゆく。
娘は、錫の笛を口にあてた。脳裏に確かに、あの日の旋律が蘇ってくる。
その想いのままに、静かに、心を込めて、娘は笛を吹いた。
寂しくも懐かしい、高い金属の笛の音が、黄昏の空に響きわたる。
春の空に、胸の内に、どこまでも高く、高く。
Fin.
Image of 『Tin Waltz』/Zabadak アルバム『桜』より
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