A Winter Book






 あの夜以来、雪はぱったりと止んでしまいました。

 それとともに、雪のない月夜に聞えていた、娘がつまびくあの調べも。



 凍てつくような夜気が少しずつその鋭さを失ってゆくとともに、ようやくユキノは元気を取り戻し
はじめました。

 やがて、また少年とユキノの、冬の夜の時間が戻ってきました。

 とりとめもなくて、けど少年にとっては一番大切な、ささやかな時間。

 身体を温める、香草のお茶を飲みながら。



 結局、少年はあの調べの正体をユキノに話しませんでした。
 いつものおしゃべりとは違って、何故か、上手く言葉にできなくて。

 ユキノも、知ってか知らずか、調べのことを少年に訊きはしませんでした。



 そうして、残り少ない冬の夜が過ぎていった、ある日の眠りの淵で。

 夢うつつの少年の枕元に、あの調べが聴こえてきたのでした。


 それも、硝子の滴が落ちるような、音、ではなくて。

 星月夜の下を流れる空気のような、一すじの音楽となって。


 滑らかに奏でられる、銀色の弦の和音。

 その和音は幾つも幾つも連なって、しぶきを上げて流れる水のような、澄んだ音楽を紡ぎ出しました。


 それは、ユキノと二人で聴いたあの凍った小川の水脈の調べに、何処か似ているような気がして。



 そんな、春を呼びこむ雪融けの音楽を耳にしながら、少年は浅い眠りの淵で夢を見ていました。

 
 丘の大樹の枝で銀の弦をつまびき、降り積もる想いを還す、あの娘のことを。










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