A Winter Book






 冷たい空気を攪拌する風に乗って、微かに耳に届く調べ。

 その調べの生まれる源を追いかけていくと、やがて街外れの小川にたどり着きました。


 いつもは勢い良く飛沫をあげて流れている川も、今は凍りついて、時を止められたかの様な
眠りについていました。

 硝子のような氷に覆われた、透明な道。

 その道は、先程よりもさらにおぼろになって浮かぶ月の輝きにさらされながら、雪原の中を
丘の方へと伸びていました。



 「ねえ……何か聴こえてこない?」
 少年は、ユキノの方を見上げてふと言いました。


 「え?さっきから聴こえてるけど?」
 ユキノは宙に浮いたまま、小首をかしげてかえしました。

 「そうじゃなくて……もう一つ別の音。」



 さらさらさらさら。

 時計の砂のように、小さく、小さく、断続的に奏でられる音の流れ。

 それも、二人が追いかけている音とは違って、ごく近くから。



 「ほんとに?」
 ユキノはふわりと地上に降りたって、そっと耳を澄ましました。


 「わかった!ほら、見て!」

 嬉しそうに声をあげると、ユキノは凍った小川の前に屈み込んで、その冷たい硝子の表面を
指差しました。

 その細い指の先、厚い氷硝子のずっと奥で、星が瞬くように、ちらちらと何かが動いていました。


 「こんな寒いのに、ちゃんと流れてるんだ……。」

 小さな、ほんの微かな音を奏でて、透明な氷の天井に護られて、流れ続ける細い水脈。

 まるで、人々が暖かい小さな家の中で、変わらずに生活して春を待つように。

 

 さらさらさら。
 二人のすぐ足元で鳴る、絶え間無い水脈の調べ。

 ぽとん、ぽろん。
 何処か遠くから、ゆっくりと旋律を取って届く、滴のような調べ。



 不思議なことに、まるで異なる楽器を持つ二人の音楽家が一緒に一つの曲を弾くかのように、
 その二つの和音は調和して、この静かな冬の夜に一つの音楽を奏でているのでした。


 さらさらさら。

 ぽとん、ぽろん。

 少年とユキノは、そのまま凍った川の岸にしゃがんで、しばらくその音楽に耳を澄ませていました。











→Next

ノートブックに戻る