ドリンクでも買いに行こうと教室を出ると、廊下で
雅史と志保が喋っていた。
「よう、なに話してんだ?」
「あ、浩之。いま、志保からうわさのロボットの話を
聞いてたんだ」
「ロボット?」
「そうよ。例のメイドロボ」
「メイドロボ…?」

 メイドロボっていうのは、ここ数年になって、突然
広く一般化しだした汎用アンドロイドのことだ。
 いわゆる人間の格好をした便利なお手伝いロボット
で、最近は一般家庭やオフィス、その他に様々な場所
で多目的に使用されている。

 ちょっと前までは、とても個人単位では手が出ない
高級マシンだったが、最近じゃ相次ぐ強豪メーカーの
乱立と、各社の量産化の成功で、自動車2台分ぐらい
の価格にまで値下がりし、普通のサラリーマンでも、
ちょっと無理すりゃ手が届くようになった。
 現在は、大手の家電メーカー他、海外メーカーから
も発売され、経済の上でも大きな市場を有している。

 自分の家にお手伝いロボットがやってくるなんて、
ほんの5年ほど前までは、まさに夢のような話だった
のに、コンピュータ技術のめざましい進歩は、そんな
おとぎ話を、あっという間に、現実のものへと変えて
しまった。
 町へ出れば、外国車を見るのと同じくらいの確率で
目にすることができるし、メーカー直営のディーラー
店に行けば、ショーウインドウで飾られている最新型
モデルを見れるほか、そのメイドロボから直々に接待
を受けることもできる。

 そういえばこの間、オレも近所でやってるメーカー
のショールームに行き、メイドロボがいれたコーヒー
を飲んできた。
 最近のメイドロボは、じつによくできていて、ぱっ
と見た限りじゃ、人間とは区別が付かない。
 そのときも、最初は普通のお姉さんだと思って、礼
を言ったりしたものだ。
 ホント、技術の進歩ってヤツには驚かされるねぇ。

 本来メイドロボという呼び名は、あくまで家庭用の
女性型モデルに限られた通称なのだが、そっちの方が
すっかり一般に定着し、今じゃ汎用アンドロイド全般
が、この名で呼び親しまれている。
 現在様々なタイプが乱発しているメイドロボだが、
その歴史は浅く、最初の一台が開発されてから、まだ
ほんの数年足らずしか経っていない。

 もともとは、日本の医療用器具メーカーが、国から
の多大な援助を得て開発した、ホームヘルパーという
寝たきりの老人を看護するためのロボットだった。
 記念すべきその第一号は、とても現在のメイドロボ
とは似ても似つかない、わびもさびもない箱型のデザ
インだったが、看護される側の要望を取り入れていく
うち、次第に人間らしい形となり、後に、料理機能や
洗濯機能、掃除機能など、どんどん付加価値がついて
現在のメイドロボのような形となった。

「で、メイドロボがどうしたって?」
 オレが訊くと、志保は『はあ?』という顔をした。
「あんた、もしかして知らないのぉ?」
 大きく目を開けて瞬きする志保。
「だからなんだよ? 誰かの家がメイドロボを買った
とか、そういう話か?」
「違うわよ! …はぁ〜、あんたって、ほんと情報に
ウトいわねぇ。いいわ! じゃあ、この志保ちゃんが
教えてあげる▽
 なにが志保ちゃんだ。

「今年の一年生にメイドロボがいるのよ。運用テスト
で生徒をやってるんですって。それも、来栖川の最新
モデルの試作機よ!」
「…へえ、そりゃ初耳だ」
「こんな有名な話も聞いてないなんて、アンタ、耳垢
が詰まってんじゃないのぉ?」
「オメーが特別耳ざといだけだ。だいたい雅史も知ら
なかったんだろーが」
「いや、僕もウワサくらいは知ってたよ」
「ほら見なさい?」
 …裏切り者め。

「あんた、情報にうといのにも限度があるわよ」
 はいはい。
 オレは聞こえない振りをして、
「で、なんでそのメイドロボが、うちの学校なんかで
テストされるんだ?」
 と、雅史に訊いた。
「うん。それはね――」

「鈍いわねえ。メイドロボのパイオニアっていったら
来栖川エレクトロニクスじゃない。来栖川グループが
出資してるうちの学校なら、何かと融通が利くからに
決まってるでしょ」
「おめーには訊いてねえよ」
「あら、今のは、あたしのひとりごとよ」
「……」
「ふふふ」
 …ちっ。
 朝っぱらからムカつくヤツだ。

「――しっかし、超能力、格闘技と続いて、そのうえ
今度はロボットとはね。今年の一年生はバラエティー
にとんでるぜ」
「ホントだね」
「来週あたり、UFOに乗った宇宙人でも転校して来
んじゃねーのか」
「あっ、そうそう、転校生といえばだけど、なんでも
隣の泉南女子に、芸能人の広瀬ゆかりが――」
 それをきっかけに、また志保の嘘くさいうわさ話に
付き合わされる羽目になった。


 2時限目の休み

階段から落ちかかる