こんな広いとこの掃除なんて、ひとりでやってたら
日が暮れちまうぜ。
 いっちょ、手伝ってやっか。
「おう、マルチ、オレにもモップよこしな」
 オレは手を差し出して言った。
「はい?」
「オレも一緒にやってやるよ」
「…一緒にって、お掃除をですか?」
「ああ。ふたりでやりゃ、早く終わんだろ?」
「あ、はいっ、そうですね。じゃあ、ふたりで一緒に
やりましょう」

 オレはマルチからモップを受け取って、バケツの水
に浸した。
 ペダルを踏んで、ローラーで水をしぼる。
 これでよし…と。
「担当区域は、どっからどこまでだ?」
「はい。ここから――」
 マルチは、たたたたたっと、廊下を走って行くと、
10メートルほど向こうで立ち止まり、
「――ここまででーす!」
 と、笑顔で手を振った。
 …げげっ、こりゃ結構な面積があるな。

「でも、こっち側の半分は終わってますから、あとは
こっち側の半分だけでーす」
 オーバーなゼスチャーを交えて、マルチが言う。
 それを聞いてちょっと安心した。
「よーし、わかった。…よっと」
 オレは、ぺたん、とモップを床に叩きつけた。
 んじゃ、おっ始めますか。

「うりゃああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 体重を乗せ、いっきにモップを滑らせる。
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたーーーーーーーーっ。
「す、すごいっ! 気合いが入ってますっ」
「そうだ、そうじは気合いが肝心だ。チンタラやって
たんじゃ、いつまで経っても終わりゃしねぇぞ」
「なるほどー」
「ほらっ、マルチ、お前も気合いを入れろ! 速攻で
片を付けるぜ!」
「はっ、はい」
「よしっ、このオレについてこぉーい!」
「わかりましたっ!」

「だあああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(オレ)
「だあああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(マルチ)

「とおおおぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(オレ)
「とおおおぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(マルチ)

「でりゃりゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(オレ)
「でりゃりゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(マルチ)

「とりゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(オレ)
「とりゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(マルチ)

「ぬおおおぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(オレ)
「ぬおおおぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(マルチ)






「ぜーはーぜーはー…」
「ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁ…」
「…ど、どうだ、マルチ? あっという間に終わっち
まっただろ?」
「…は、はい、すごいです。ほんとにあっという間に
終わっちゃいました」
「ぜーはーぜーはー…」
「ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁ…」
「…い、息が切れた」
「…わたしはモーターが熱くなっちゃいました…」
 ふたりはヒザに両手をついて、しばらくそのまま、
苦しさに喘いだ。

「…ちょっと、きつかったか?」
「い、いえっ、ちっとも。とっても楽しかったです。
誰かと一緒にお掃除するのって、こんなに楽しいもの
なんですねっ。わたし知りませんでした」
 にっこり笑顔を浮かべるマルチ。
「…そうか」
 思わずオレも、つられて微笑んでしまう。

「…でも、浩之さんがこんなにお掃除好きな方だとは
知りませんでした。じつは、わたしも、お掃除大好き
なんですよー」
「…は? 掃除好き? オレが?」
「はい」
 おいおい、なに言ってんだよ。
「…んなわけねーだろ。オレは、掃除なんてちっとも
好きじゃねーぞ。面倒くせーだけだ」

「そうなんですか? だって、いきなり一緒にお掃除
なさりたいなんていわれるもので、てっきりわたし、
浩之さんもお掃除が好きなのかと…」
「……」
 しばらく無言で口を開いてから、オレは、
「あのなー、マルチ…」
 息を吐きながら言った。

「オレはべつに、掃除が好きだから一緒にやってたわ
けじゃねーんだぞ。ひとりで掃除してるマルチが大変
そうだったから、手伝ってやったんだ」
「…えっ? …手伝うって、この私をですか?」
 きょとんとした顔で訊くマルチ。
「そう」
 オレはうなずいた。
「じゃ、じゃあ、わたし、またまた浩之さんにご迷惑
をお掛けしてたんですね…」
「いや、迷惑って、そんな…」

 そのとき、
「すっ、すみませ〜〜〜〜〜〜〜〜んっ」
 大きな目をさらに大きく見開いたマルチが、深く息
を吸い込んで、大声で謝り出した。
「な、なんだ?」
「本来なら、ロボットであるわたしのほうがお手伝い
しなきゃならない立場なのにぃーーー。浩之さんには
もう、これで2回目の迷惑ですーーーーっ!」
 そういうと、マルチは『すみません、すみません』
とペコペコ頭を下げ始めた。

「おいおい、んな大袈裟な。いいじゃねーか。オレが
勝手にやったことなんだから」
「…でも」
「ま、このオレが通りかかって、ラッキーだったな、
程度に思っときゃいいんだよ」
「…浩之さん」
「よし、道具片付けてとっとと終わろうぜ」
 オレはそう言って、じゃばじゃばとモップをバケツ
に突っ込んだ。

「…ううっ、ありがとうございます」
「おい、マルチ?」
「初めて出会ったときといい、浩之さんってとっても
親切な方なんですね」
「親切? オレが?」
「はい」
 マルチは大きくうなずいた。

 A やっぱ、そうか?
 B 相手によるけどな。
 C いや、オレは悪いヤツなんだ。