「ハァイ! ヒロユキ!」
 不意に、独特のイントネーションで呼ばれた。
 英語訛りの日本語。
 やっぱり彼女だ。
「はあぃ」
 オレは片手をあげて応えた、が――。

「あれ? お前のその格好…」
 レミィが見なれない服装をしていることに気がつい
た。
 彼女もオレの見ているものに気付き、
「あのネ、アタシ、キュードー部なのヨ!」
 と、弾ける笑顔。

「キュードー? …ああ、弓道部か」
 あの、弓矢で的を狙う、あれだよな。
「ニッポンの文化のケンキューなの」
 ついでに、始めた動機までレミィは教えてくれた。
 いかにも外人って感じの理由だな…。

「いつ弓道部に入ったんだ?」
「ニューガクしたときからヨ」
「へぇ…、もう始めて一年くらいか」
「YES」

「腕前の方は、どーなんだ?」
 なんとなく、聞いてみた。
 レミィが弓を構えると、すごく絵になりそうな気が
する。
 服装なんかも洋風にすれば、女ロビンフッドって感
じでしっくりくる。
 …とか思ってたら、
「ぜーんぜんダメね。どこに飛ぶか判らないの」
 あてが外れた答えが返ってきた。

 やっぱカリフォルニアっコの彼女には、武道は合っ
てないのかも。
「イメージ的に向いてないんだよ。もっとぴったりな
のがあるだろ? 例えば、チアリーダーだとか…」
 …向いていないなんて、ハッキリ言い過ぎたかな?
「『郷に入れば郷に従え』よ。ニッポンにいるときは
ニッポンの文化、スタディするの」

「向き不向きは関係なしってわけか。ま、好きでやっ
てるならいいけどよ」
「うん。ニッポンの文化、大好きヨ」
「感心感心…」
 オレはうなずいた。
 向学心(だっけか?)に、あふれる彼女を見ると、
オレもまじめに、学業に打ち込まなくちゃいけねーな
とか思ってしまう。

 …ところが、レミィはフゥ…とため息を漏らし、
「アタシ、動かないターゲットって好きじゃないの…」
「ターゲットって、的のことか? ピストルの射撃場
じゃないんだから、動く的なんてないだろ」
「ヒロユキ、解ってない。動く的って、生きてる的よ」
「はあ?」
 ちょっとたじろいでしまう、オレ。

「生きた獲物を追いつめる瞬間、とってもスリリング
でエキサイティングだと思わない?」
 レミィはうっとりしながら、そんなことを言う。
「その後、追いつめた獲物はどーなるんだ?」
 取りあえず、続きを訊いてみる。
「ハンターにGETされるのよ」

「どんな獲物か知らねえけど、カワイソーじゃんか」
「Why?」
 きょとんとした顔で、レミィが言う。
「何故って…、動物をスリリングだからといって殺し
ちゃあ、やっぱまずいだろ」
「だって、獲物なのよ。狩られてトーゼン」
「おいおい。獲物とか、狩るとか、言ってることが物
騒だぞ」
「そーなの?」

「そーだよ。――お前、『ヤガモ』って知ってるか?」
「ヤガモ? なにそれ?」
 レミィは知らないらしい。
 …ってことは、まだ、日本にいなかった頃か?
 どっちにしろ、オレもいつのことだか覚えていない
ので、直接話して聞かせることにした。

「――ずいぶん前の話だけど、どっかの馬鹿が、池の
鴨を矢で撃ったんだ」
「GETしたの?」
 ワクワクしながら彼女は訊いた。

「違う違う! 命中したけど、矢は鴨の急所を逸れて
突き刺さったんだ。それっきり、鴨は矢が刺さったま
まで生活してたんだぜ」
 言いながら、当時の怒りが込み上げてくる。
 誰の仕業か知らないが、ひでー野郎もいるもんだ。
「……」
「ヤガモを捕まえて、刺さった矢を抜くのに、大勢の
人たちが力を合わせたんだ。…撃った本人は軽い気持
ちでも、ヤガモと大勢の人たちに、どれだけの迷惑を
かけたことか…」

「どーして、もう一発撃たなかったの?」
 おいおい…。
「残酷なやつだな。苦しい思いをしてるやつに、とど
めを刺せっていうのか?」
「アメリカでは、ハンティングは立派な娯楽ヨ。獲物
に同情してたら、成功しないわ」
「娯楽なのか?」
「週末に家族でオレゴンの湖へ、キャンプに出かけて、
water birdを撃ちに行くのヨ」
 …オレゴンへ、ウォーターバードを撃ちにねえ…。

 しかし、アメリカの地名を地元のように言われても、
オレにはさっぱり実感が湧かなかった。
「オレゴンて、名前は聞くけど、どの辺なんだ?」
 レミィはニッコリ微笑んで、
「西海岸には3つの州があるの。北から順に、ワシン
トン、オレゴン、キャリフォルニア…OK?」
 …そうか、オレゴン州だったよな。
 オレの頭の中に、形の曖昧なアメリカの地図が浮か
んで、西海岸沿いに上から、ポン、ポン、と3つの州
がいい加減に配置された…。

「…なんとなく解った。…それにしても、家族でキャ
ンプして狩りか…いかにもアメリカだな」
「それでね、Dad(父さん)と一緒に草むらから…、
こうやって、ライフルを構えて――」
 言いながら、レミィは銃を構える真似をして、
「――狙いを定めて…BANG!」
 と撃った。
 彼女の演技は、細かいしぐさが加わって、みょ〜に
リアルだった。
「HIT! キャハハハッ!」
 命中したところまで、ちゃっかり演技してる。

「レミィ、本物の銃、撃ったのか?」
「air gunだけどネ」
 な〜んだ、エアーガンか…といっても、彼女が言う
空気銃は、人も殺せる狩猟用のモノホンだ。
 子供のおもちゃと一緒にしてはいけない。
「なんか、うらやましいな」
 演技がリアルだったのは、彼女が経験者だったから
だ。
 オレも一回くらいは、銃を使ってみたいぜ。

 …しかし、若い頃から銃なんか扱ってれば、何でも
かんでも撃ちたくなる、って気持ちは良く解る。
 レミィが狩りにやたらと執着するのは、狩りのでき
ない日本に来たせいで、禁断症状が出始めたからだ…
とオレは勝手に思う。

 …おっと、すっかり話が逸れてしまった。
「その辺はよく解ったけどな。ヤガモは狩りの獲物じゃ
ないんだ。いたずら半分で撃たれたんだよ」
「そーなの?」
「だから言ってるだろ」
「それ…、ヤガモがかわいそう…」
「ようやく、人並みの意見が聞けたぜ。…ちなみに、
ヤガモってのは、矢と鴨を合わせた言葉で、決してヤ
ガモという生き物じゃないからな」
「ニッポン語…奥が深いわね」
「……」


 夜

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