マルチに声を掛けることにした。
 だが、ただ声を掛けるんじゃ面白くない。
 ここはひとつ、最新型メイドロボットとやらの性能
をテストしてやろう。
 捜索能力のテストだ。

「お〜い、マルチぃ〜」
「?」
「オレだ、浩之だ〜〜〜」
 マルチがこっちを振り向くより先に、さっと、横の
教室の中へと隠れる。
「あ、浩之さん、こんにち…。――あ、あれっ!?」


 誰もいない一年の教室に隠れたオレは、声をひそめ
て笑った。
 ふふふふふ、マルチのヤツ、今ごろは多分、きょろ
きょろとまわりを見渡して、必死にオレを捜している
ことだろう。
 もう少ししたら、きっと、この教室も捜しに来るに
違いない。
 そしたらまた『わっ』と驚かしてやるか。
「……」
 いや、また気絶させちまったら可哀相だしな。
 後ろから、目隠しするくらいにしとくか。
 まっ、とにかく、早く来い、早く来い。






「……」
 声をひそめて待つこと1分あまり…。
 じっと隠れて待ってはいるが、マルチはいっこうに
捜しに来る気配を見せない。
 なんだあいつ、あっさり諦めやがったのか…。
 さっき声を掛けたときに、一瞬、ちらりとこっちを
振り返ったと思ったが、それも束の間、さっさと掃除
に戻ったのかもしれない。
 だとしたら、こんなことしてるオレは、まるっきり
バカみたいじゃないか。

「……」
 ――お〜い、早く捜しに来〜い。
 心の中で叫びつつ、もう少しだけ待ってみた。
 だが、やはりマルチは来ない。
「……」
 ちゃんと真面目に捜してんのか?
 オレは教室の入り口から、そ〜っと頭を出して様子
をうかがってみた。


「……………」
 ――いない。
 オレを捜しているどころか、マルチの姿自体、すで
に廊下にはなかった。
 …掃除もすんで、帰っちまったのか。
「…うっ」
 今まで、ずっとニヤニヤして隠れていたオレって、
いったい…。
 ――バカ?

「……」
 あ〜あ、くだんねーことで時間潰しちまった。
 鞄を肩に引っかけて、帰ろうと思ったとき…。
「…あれ?」
 バケツやモップといった掃除の道具一式が、すべて
まだ出しっぱなしになっていることに気が付いた。
 …ってことは、マルチのヤツ、まだどっかこの近所
にいるのか?
 オレはまわりを見渡した。
 すると…。

「…ううっ、ひろゆきさぁ〜〜〜〜〜〜ん。…どこに
いらっしゃるんですかぁ〜〜〜〜〜〜?」
 ひとつ向こうの教室から、そんなベソをかいたよう
な声が聞こえてきた。
 まさか…。

「…ううっ、ひ、ひろゆきさぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
…出てきてくださぁ〜〜〜〜〜〜い」
 そのとき、半泣きで廊下に出てきたのは、他ならぬ
マルチだった。
「マルチ」
「ひ、浩之さん!」
 オレの顔を見て、ぱっと大きく目を開ける。
「浩之さぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」
 マルチは泣きながら、たたた…っと、小走りに駆け
寄ってきた。
「――どごにいだんですかぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜?
捜じまじたよぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「…な、なんだ、マルチ。…ずっと捜してたのかよ?
オレはまた、てっきり…」
「――ううっ、声はすれども姿は見えず…」
「わ、悪かった、悪かった。泣くなよ、ほら」
 オレは、ポケットの中から携帯用ティッシュを取り
出してマルチの目もとを拭いた。
「…ううっ、ありがどうございまず…」
 ティッシュを手渡すと、マルチは、チ〜ンッと鼻を
かんだ。
 …本当にロボットか、こいつ。

「…ぐすんっ」
 丸めたティッシュで目もとを拭くマルチを見ながら、
オレは言った。

 A、お前って、ホントにとろいな〜。
 B、こんな程度で泣くなよ。
 C、よしっ、もう泣くな!