昼休みの購買部は、局地的な戦場と化す。
 我先にと、うまいパンを求めて目を血走らせた修羅
どもが、せきを切ったかのように襲いかかるのだ。
 オレと雅史は、いよいよ戦いが激化するほんの一歩
先に、目的のカツサンドとウインナーロールのゲット
に成功していた。
「醜いねぇ。食い物で争う姿は…」
 オレは激しい戦いを見やりながら、修羅どもが恋い
焦がれてやまぬカツサンドを口にする。
「勝者はさすがに余裕だね」
 …と、すでに自分も目的のブツを手に入れた雅史が
言った。

 戦いはより激しさを増していた。
 上級生も下級生も、男子も女子もあったもんじゃな
い。
 人垣を押し分けて、目的のパンへ手を伸ばす。
「みんな要領が悪いねぇ」
 オレがそう言ってほくそ笑みながら、カツサンドの
包み紙をくしゃくしゃにしながら呟いたとき、
「すみませ〜ん。カツサンド2個と、カレーパン1個
と、やきそばパン1個――」
 激戦区の真っ直中から、そんな声が聞こえてきた。
 聞き覚えのある声だった。

「えっと、クリームパン1個と、ウィンナーロールが…
ええっと、2個と、――あうっ!」
 修羅の群れから、弾かれて飛び出てきたのは、マル
チだった。
 だが、マルチはくじけず、決意も新たに覚悟を決め
た表情になると、再び人混みに飛び込んだ。

「――うっ…ウィンナーロールが2個と、ジャムパン
1個と、プレステ1個!」
「おもちゃ屋さんへ行っとくれ!」
「えっ!? あっ、あれっ?」
 購買部のオバちゃんに冷たくあしらわれるマルチ。
「そんなメモ読み上げてもらってもしょうがないよ!
ここでは、手にとった者勝ちっていう、ルールがある
んだからね!」
「…はっ、はいつ、わかりましたっ!」
 そんなやり取りすらも、激しい争いの喧騒にかき消
されていった。
 どうやらマルチのヤツ、パシリをやらされているら
しい。

「ええっと、これと、これと、これと…」
 どんっ!
「あうっヾ
 弾かれて、マルチはまた外に飛び出してくる。
「…ああうぅっ」
 それでもあきらめずに、戦いの中へと身を踊らせる
マルチ。

「ええっと、これと、これと、これと、これとぉ…」
 どんっ!
「あうっヾ
 どんっ!
「ああうっヾ
 どんっ!
「あああうううっヾ
「…ううぅぅぅっ、か、買えませぇぇ〜〜〜〜んヾ

 …ったく、しょうがねえなあ。
「おい、マルチ」
「あうああぅ…浩之さん…」
「ホラ、そのメモ貸せ」
「あっ…」
 オレはマルチの手から、注文のメモを取り上げた。
「なになに、カツサンドとカレーパンと…プレステ?
ふざけやがって! …好き放題書いてやがる。おい、
マルチ、いま、どのくらい買ったんだ?」
「これだけです〜〜〜」
「まだ半分も買ってねーのかよ? …しゃーねーな。
よし、後はオレにまかせな!」
「ううあぅぅ…浩之さん…」

 オレは乱戦の中に突入すると、残りのパンを、半ば
強引にかき集めた。
「おばちゃん! こんだけと、アイツが持ってるヤツ
もらうよ」
「はいよ、えっとぉ…2450円ね」
「おいっ、マルチ、金ーっ! 金出しなーっ!」
「は、はいっ」
 ジャラ、ジャラ、ジャラ…。
「ひいふうみい、…はい、たしかに!」
 オレはマルチを連れて人混みを脱出した。

「ありがとうございましたーーーーっ! 浩之さんの
おかげで無事にパンが手に入りましたーーーーっ!」
 顔が膝にくっつきそうになるくらい、マルチは深々
と礼をした。
「わたし、ホントにもうどうしようかっと思って…。
ううっ、これで、クラスのみなさんのもとへ帰ること
ができますぅ〜〜〜〜〜!」
「…マルチ、お前、クラスの連中のパシリなんかやら
されてんのか?」
「ぱしり?」

「使いっ走りのことだ。今のマルチみたく、いいよう
に利用されてるヤツのことを言うんだ」
「…でも、わたしはメイドロボットですし、少しでも
みなさんのお役に立つのが当然ですから」
「そりゃ、そうかもしれねーけどよ。…ったく、損な
性分だぜ、メイドロボってのは。人間には絶対逆らえ
ないようにでも、プログラムされてんのか?」
「いえ、そんなプログラムなんてありませんよ」
「じゃあ、なんでこんな思いまでして、誰かのために
働くんだ? 馬鹿馬鹿しいと思わないか?」

 そのときマルチは、にっこり笑って言った。
「わたし、働くことも大好きですけど、それ以上に、
みなさんの喜ぶ顔を見るのが大好きなんですー。みな
さんの喜ぶ顔が見れると、とっても嬉しくなってくる
んです」
「マルチ…」

 正直、オレは、そのときのマルチの笑顔にちょっと
だけ感動を覚えていた。
 てっきりオレは、マルチはメイドロボットだから、
人のために働いているんだと思っていた。
 人のために動くのが当然のロボットだから、文句も
言わずに働くんだと思っていた。
 だけど、違うんだ。
 マルチは、メイドロボットだから働いてたわけじゃ
ないんだ。
 本当に心の底から人間のことが好きで、人間の役に
立ちたいと思っているから、働いているのだ。
 オレにはとても真似できそうにない。

「…浩之さん、またまた助けていただいて、ホントに
ありがとうございました。――浩之さんにはお世話に
なりっぱなしで、なんてお礼を言ったらいいか…」
「そんな大袈裟な。気にすんなよ。それより、今から
教室に戻るんだろ? ひとりじゃ持ちきれないだろう
から、オレも運んでやるよ」
「そ、そんな、悪いです!」
「いいっていいって、構わねーよ。ここまで来たら、
最後まで面倒見させろよ」
「すみません…」
「じゃあ、行こうぜ」

「あっ、浩之さん」
「あん? なんだ?」
「あの、じつは…」
「じつは?」
「まだ、ジュースを買わなくちゃいけないんです」
「な、なにぃ〜〜〜〜っ」


 5時限目の休み

マルチのアソコ

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