UPDATE.1998.3/14
2001.1/20改訂
第7回 マティーニ
「ボトルのお酒」
A:「カクテルがミックスドリンクとするならば、いわば まぜこぜのお酒ですよね。じゃあ
ジンとかテキーラとかウイスキーという混ざってないお酒は何て言うんですか?」
N:「う〜ん、どうなんだろう?厳密な呼称っていうのは無いと思うけど、そうねぇ・・・ボトルの お酒っていうのはどうですかね?」 A:「ボトルのお酒、ですか?」 N:「そう。他に適当なのが思いつかないし、スピリッツやウイスキーっていうのは本来作り手が飲んで 欲しい商品として、つまり完結した形として、一本のボトルにしたためてると思うのですよ。そりゃあリキュールみたいに、最初から何かとミックスして使って貰おうと世に出しているものも有るし、スピリッツなんかも その可能性があることは解ってて出しているでしょう。ただ、いずれにしても出荷されたボトル には『この時点までの責任は負う』っていう意識、気持ちが込められてると思うんですよ 作り手の。だからそういうものはボトルのお酒」 A:「なるほどねぇ」 N:「でも何でそんな疑問を?」 A:「いや、なんとなくです。カクテルっていう飲み物を普段みてるじゃないですか?で、ミックスドリンク が当たり前のようにそう呼ばれてるから不意に、普通のお酒はなんて呼ぶのかなぁ?って」 N:「呼び方はまあ良いとして、ボトルのお酒はその時点で完結しているっていう意識は持っていて 良いと思うね。作り手の意志のことね。例えばウイスキーなんかは蒸留して60度以上のアルコールがあるのに、作り手の意図として、その酒に最適の度数に加水、つまり水割りにしているわけだよね。例えばジョニーウォーカーなら商品の性格としてその度数でボトルの中に封印されているわけ。だと意識したら、 水割りで飲んじゃうってのは ちょっと考えないでもないね。好みで飲むのが大切とは思ってるけどね」 A:「カクテルバーなんてどうですか?ミックスドリンクなのにボトルのお酒ですよ」 N:「確かに、開発したスタッフ達はそう思ってるだろうね。そして良く思ってあげるなら、『素晴らしい カクテルの世界を広めたい』なんて大儀があるのかもしれない。」 A:「そうなんですか?」 N:「うん。だって間違ってると思って売ってないでしょう?少なくともそう信じたいよね。私ははっきり 言って嫌だけどね。だって比重の違う材料を用いて作り上げるカクテルは 三口で飲め とか言われる 程だしね。それが瓶の中で何時まで経っても分離しないんだからカクテルとしては紛いモンでしょ? 少なくとも名だたるスタンダードカクテルのネーミングを冠しちゃいかんですよ。実際飲んだとき 心 穏やかじゃなかったからね」 A:「やっぱダメですか?」 N:「そりゃあアレを認めてしまったらカクテルの、あるいはバーのアイデンティティーが無くなります。 バーマンは、少なくとも私の場合は『先達の意志』というものにリスペクトを覚えます。皆に広く飲み 継がれているスタンダードカクテルは特に創作者の意志が表現されている筈と思いますからね。 いたずらにそれらをないがしろにはしません。勿論お客さんのオーダーで好みにアレンジすることは 有るけど、それでもキャパシティーの範囲内ですよ。範疇にないものは作りません。お断りします。 でもそんな心配いらないんじゃないの?Numberではカクテル飲まないんでしょ?(笑)」 A:「いや、それは今はね。別にカクテル飲まなくても他に飲みたいお酒がいっぱいあるし、まだ良くわから ないし。時が来たら飲みます。別に絶対飲まないってわけでは無いし、実際飲んでますから」 N:「ほかではね(^^)」 A:「いや だ・か・ら・・・」 N:「いやいや、解ってるって(笑)。それにそういう拘りというか、一種の遊びは大好きだもん。 そこにお酒を愛する気持ちがあればね。」 A:「実際カクテルの事良く解らないんですけど、カクテルを勉強しようと思ったらどうなんですか? やっぱりボトルのお酒の事を知ってからじゃないといけないんですか?」 N:「いやぁ 別に直ぐカクテルから入っても良いと思うよ。そういう人多いし。ただまあボトルのお酒を 色々知ってる方がいいよね。色々覚えていくとたどり着くわけだし。」 A:「そういう意識もあるわけですよ。今はスピリッツとかの勉強をしてね。いずれ興味が高まったら・・」 N:「そうだね。それが出来るなら良いことじゃない?だいたいスキルは別にしても目の前で 美味しそうなカクテルが登場して、まして話題に華が咲いたりしたら飲みたくなるじゃない。それを自ら 戒律立てるなんてさ」 A:「まあ いまはスピリッツが美味しいから苦にしないだけなんですけどね」 N:「話しを元に戻すね。さっきボトルのお酒に『作り手の意志が』って話しをしたけど、カクテルにもそれはあるよね。自分が意識している事なんだけど、ボトルのお酒はそのままなら、つまりNumberに来るまではブレンダーや職人の意志なわけ。バーマンである私はその意志を預かってるんだよね。そのままで オーダーされた場合は、バーマンは預かった意志をお伝えするわけ」 A:「ほほう」 N:「カクテルは、主にスタンダードなものは創作者の意志を再現・お伝えするわけだけど、 当然 ボトルのお酒を使用するわけだよね。この時ボトルのお酒の創造者にことわりを入れるね。 使わせて頂きますっていう。そしてその遺伝子を用いて新たに表現するのがバーマンの意志だったり する場合もあるね。」 A:「責任を重んじる職業なんですね。遺伝子組み替えは別としても」 N:「あのね・・・(^^;)」
カクテルの王様
N:「でもボトルのお酒とカクテルの、卵が先か鶏が先か的な話題はなかなか面白いよね。まるで街灯に
群がる虫のようにカクテルの魅力に引き寄せられてお酒と巡り会うっていう人は多いと思うんだけど、
本当に好きだったら紐解いて行くことになるよね?」
A:「そうでしょうね。色々な所で同じカクテル飲んで 味が違ってたりするじゃないですか?そうすると なんでなんだろう?何が違うんだろう?なんて・・・」 N:「そうやって自分の意志で飲むと良いんだよね。自分の意志を置き忘れてカタチを作ろうとする 人っていうのもいるからね。器を作ったんだけど中身が無いというか・・・まあそれさえもカクテルやお酒 の神秘性がそうさせるんだろうなぁ。マティーニなんかは凄いよね」 A:「どうなんですか?マティーニは?」 N:「私は好きですよ。飲んでみれば解るけど(^^;)」 A:「なんかマティーニを知ってるとカッコイイっていうイメージみたいなのあるじゃないですか? なんでマティーニだったんですかね?」 N:「そうだね。カクテルの王様だとか、カクテルはマティーニに始まってマティーニに終わるとかの格言が あったりするもんね。まあ私見だけど、それは『最もカクテルらしい』部分が性格上あるからでしょう。」 A:「え?どういうところがですか?」 N:「それはズバリ指向性を追求できる嗜好飲料であると言うこと。ボトルのお酒に作り手の意志が込められているように、カクテルはバーマンの意志を具現化させる事が出来るんです。一方でバーテンダーの技量を 借りれば、飲み手は内容に拘ることによって自分だけのカタチを創造出来るわけだよね?カクテル= ミックスド・ドリンクは、「好みの味を作り上げるために混ぜ合わせる」というところが個人の好みを 創造する酒として認められてるわけだけど、これはカクテルにとって最も大切で最も魅力的な「自由」 という概念だと思います。マティーニはその性格が具現化した飲み物の分かり易い例なんだろうね。
指向性を追求できる嗜好飲料である
N:「マティーニは根本的には単純な構成のカクテルです。ジンとベルモット。この二つの
組み合わせですからね。
A:「すみません、ベルモットってなんですか?」 N:「ベルモットとはワインに香草や柑橘系の果皮・シーズなど色々なスパイスを添加して、そのエキス分 や香りをつけたリキュールにしてフレーバード・ワインということが出来ます。その種類は非常に多く て、選択範囲が広すぎて迷うほど魅力的なお酒です。カクテルは単純なレシピこそ そのベースや副材の ちょっとした変化が味その他に現れるんです。だからベースを変えるだけで、ベルモットを変えるだけで 指向性も変わるんです。そこには作り手、飲み手の意図がなければなりません。ある筈なんです。それ が拘りとなり、作り方においてもいろいろな変化を生んだんだよね。 で、カクテルっていうのは『混ぜれば何でもいい』という訳ではないよね。ルールある中での自由、そしてそのルールとは個人の良識によって委ねられるものです。よりレベルの高い、いい加減でない ルールを自らに戒めることができる者が、たとえばそれがバーマンならレベルの高いバーマンということになると私は信じています。」
マティーニの現実・マティーニの真実
N:「飲みてが拘りを持つ。良いことだよね。よく語られるマティーニ論争は、嗜好の変化も手伝ったのか、どんどんドライになっていって、ドライなものほど美味い・カッコイイ マティーニという
風潮だよね。技法においてはシェークして作る、ビタースはオレンジだ、いやアンゴスチュラだ、
やれアロマティックだとか、冷凍庫で冷やすだとか色々ある。」
A:「色々聞きますよね」 N:「ベルモット対ジンの比率を1対15にするものや、グラスに注いだベルモットを捨ててからジンを 注ぐマティーニ・ベルモット・リンスやカクテルグラスに注いだジンのストレートの上をベルモットの キャップを通過させるマティーニ・ベルモット・スプレーなどがあって、これらはいろいろなレシピ集にも掲載されているほど認知されています。 そのほかベルモットのボトルを見ながらジンストを飲む ベルモットの ボトルを思い浮かべてジンストを飲む ベルモットのボトルの裏をみてジンスト を飲む なんていうのもあるね。」
Numberのレシピ
N:「実際マティーニはパーソナルな飲み物です。自由な飲み物です。ちまたの現実も
マティーニをかっこよく思っていての事でしょうから そういう風潮が生まれたことは楽しいこと
だろうね。本当に自分の味覚・嗜好を持っている人もいるわけだし。私がよくクチにするように、
『今感じた味が真実』『グラスの中にこそ真実がある』 ということを、このカクテルの場合はもっと
大切にして欲しいね。」
A:「マスターのレシピっていうのもあるんですか?」 N:「ありますよ。私は今では甘いと言われているジン2/3ベルモット1/3という処方箋を好みます。 せいぜい3/4までがベースです。だってマティーニだからね(^^)。ベルモットを蔑ろには出来ないん ですよ。飲んで美味しいというのが第一義なんだけど。ベースはゴードン、この重くしかし華やかな 香りを携えるジンと添い遂げてほしいのはノイリープラット。ノイリーのドライ は繊細でありながらゴードンに負けることがない。もちろん私のレシピではノイリーの比率が高いことも あるかもしれませんが。当然ステアで充分ミックス出来るし、その繊細さゆえにそうでなければと 思います。そのうえでレモン・ピールをスクイーズする。スタッフド・オリーブはマティーニの証だけど ない方がいい人もいるでしょうね。」 A:「へえ・・・じゃあ取りあえずノイリーのドライを下さい。ロックで」 N:「はい かしこまりました・・・・・・・。」 A:「あ、いいですね これ」 N:「結局生まれてからどんどん変化してきたこのカクテルを元に戻す方向へ走っている 感じになるんだけど、マティーニは創作された段階からすばらしいカクテルだったと思うのね。 ベルモットをないがしろにしてマティーニはあり得ないでしょうし、その時点でそれはマティーニでは ないだろう・・・と。そんなにドライがいいならジンを極めるように努めてみたら?。と言いたいね。 どこから入り口として入ってきても、少なくともジンを知らなきゃそういう風にはマティーニは語れない でしょう?」 A:「まだまだ道は長いなぁ」 N:「いや、素敵な道を選んでるよ。それじゃあ私はつき合って、ゴードンのストレートを飲みますか。」 |