doll
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02/7/24
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お嫁さんになりたかった。 どうしてだろう?
多分、母への憧れがそうさせたんだと思います。 私の母は優しい人です。 いつも笑っていて、料理も得意。 亭主関白な父の言うことにも笑顔で応えて、幼い頃の私と弟がドタバタ走り回る家の中、 その中心でいつも静かにたたずんでいました。 子供の頃の風景を思い浮かべると、かならずそこには母の姿がありました。 今年の春 弟が東京の大学に行ったから、今は故郷で父と二人、でもきっと変わらず笑顔で暮らしています。 そんな母を見て育って、自分の未来に母の姿を重ねたんだと思います。野山を駆け回って、虫採りとか 魚捕りもした私だけど、おままごとが好きだったのも きっとその影響なんです。蕗の葉っぱをお皿にして、 泥だんごのコロッケ、地面に絵で描いた サンマの塩焼き、弟を無理矢理子供役にして「お風呂洗って来なさい」 なんて言ったりして。 でも、私はきっと 良い奥さんになんてなれそうもありません。大学の為にこの横浜に来て、もう3年目になります。 仕送りだけじゃあちょっと足りないこともあったけど、何より両親の負担を少しでも楽にしてあげたいと思って バイトを始めたんです。学費もアパートの家賃も、勿論必要な生活費も出してもらってるけど、冬休みと 夏休みは毎回気兼ねなく帰れるし、誇らしげにお土産だって買っていけます。何よりバイトは楽しかったんです。 私のバイト先は大学近くの調剤薬局。薬局と言っても規模は大きいし、オーナーは1kmと離れていない所で開業している 院長先生。2年の時、学生課のバイト紹介にあった所で、応募したら首尾良く受かりました。事務仕事とはいえ将来に 無縁でも無いだろうと、両親も快く許可してくれました。この一年、勉強も含めて生活に張りを与えてくれたのは 間違いなくこのアルバイトです。その薬局に、彼もいたんですけど。 この頃毎日帰りが遅いんです。定時の仕事ばかりでなく、夕方からのお付き合いに暇がないらしくて。 無理もないんです。大学を出て就職して4年。大きいとは言っても個人経営。仕事も覚えて、 要領の良い彼なら充てにされるでしょう。現に、局に置く薬の選択に際して、製薬会社の選択にも 口が挟める立場になったと言っていました。接待もされるだろうし、する事もあるでしょう。 彼は私がバイトに入った当初から、なにかとアドバイスしてくれました。優しくて明るい性格、 話し上手で退屈させない。誘われて、断る理由なんかありませんでした。男の人とつき合うのは 初めてだったけど。 程なくして彼がこのアパートにきて、二人の暮らしが始まりました。と言っても、 彼は自分のアパートの契約もそのままで。中途半端な同棲生活。勿論それは、私がまだ学生で 先のことも分からないから、当然の成り行きではあります。 彼の為にご飯を作ったり 洗濯をしたり、そんな事も楽しかった筈だけど 今はそんな感慨さえ 思い出せないんです。 私は大学とバイト、彼は仕事の為にここを出て、眠りにつくためにここに帰ってくる。いえ、そんな事を 言うからって、彼との将来を意識しているつもりは無いんです。一緒に暮らしているのは、 恋愛の延長ですから。だから私の口から先の事は言わないし、彼も先の話しはしません。 結婚とか。 昨日は金曜日で、私は買い物を終えると夕方にはこのアパートにいました。彼も珍しく まだ日のあるうちに 帰って来たので、直ぐ支度をするからと一緒に食事をしようと言いました。でも彼は、着替えたら仕事関係の会社の人と 飲みに行くと言ったんです。まるで学生気分ですよね? それで、なんだかたまりかねて文句を言っちゃいました。 そしたら彼が 「お前はどうしたいんだ? どうして欲しいんだ?」 って言うんです。 答えられませんでした。わからないんです。彼は無言でドアを開けて出ていきました。 結局眠れないまま夜を過ごしました。彼は明け方帰ってきて。ベットに潜り込んだ彼の寝息が聞こえてくるのに、 そう時間はかかりませんでした。私はそっとベットから抜け出すと、カーテンを開けて外の風景を見ようとしました。 でも、この目に飛び込んできたのは 窓ガラスに映る私自身でした。 「私は何がしたいの?」 ガラスの私に聞いてみました。答えるわけもないけれど、うううん、 答える筈も無いと思いました。まるで人形みたいなんだもの。今の私。 今に不満があるわけではありません。将来に不安があるわけでもありません。将来の望みさえ 分からないんですから。ただ、あんなに憧れて夢見た大人っていう存在が こんなものだったのかなって、 疑問に思ってるんですね、きっと。 ちゃんとした結婚をした後のそれとは違う今の私の暮らしは、 まるでままごと遊びの様だけど、幼い頃母に憧れて興じたままごと遊びは、もっとわくわくするものでした。 気分転換に、明日はフェリーにでも乗って出かけてみようと思います。 彼の事も、嫌いになったわけではないので。 |
carbonara
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02/8/10
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苗字も変えずに暮らしている。
大学を卒業して就職すれば、自分の生活が仕事中心になるのも自然な事だろう。職場でもそれなりに認めてもらえて 良い意味であてにされていると思う。最近はサービス残業ばかり続いているけど、仕事自体やりがいがあるし 楽しんでやっている。 彼女は同じ職場のアルバイト。1年半前に入ってきて、当初仕事は僕が教えた。いかにも田舎から出てきた素直な性格、 物覚えの良い子でルックスもかわいい。今時の子と違って常識や礼儀も弁えている。兄弟は弟が一人いるらしく、 お姉さんだからだろうか? 周りによく気のつく優しい女性だ。好きになるのに時間はかからなかった。 彼女も僕に好意をもってくれて、つき合うようになった。 程なくして僕は彼女のアパートに転がり込み寝食を共にしている。 ただ、彼女はまだ学生だから僕も自分のアパートは引き払っていない。たまに学生時代の友人が遊びに来る時はそちらで過ごす。 生活はしていないから、ドアを開けて聞こえてくる空っぽの冷蔵庫の動作音がいつも寂しそうだ。 昨夜は会社関係のつき合いがあって、彼女のアパートに帰って来たのは明け方だった。 暑さとやりすぎた酒のせいか、鈍い頭痛と倦怠感で目が覚めた時は お昼を回っていた。水を飲もうと台所に辿り着くと、テーブルの上に書き置きがあった。 「疲れているでしょうから、ちょっと一人で出かけてきます。月曜日は講義もあるので日曜日の夕方には帰ります」 「いないのか・・・ ・・・」 今頃気づく。 今日は土曜日、久々の連休だ。思えば彼女と休日に出かけることも随分していない。それが不満だったんだろうか? 家事でもバイトでも、勿論本業の勉強だって 彼女は器用にこなす。頭も良いし、だからといってそういうことを鼻にかけない。 そいう事で人を評価するタイプの人間ではない。僕には過ぎた女性かもしれない。 僕の職場が恵まれた環境だとはいっても、世間一般に対人関係とは微妙なものだ。事が上手くいくために互いに策を張り巡らす。 時には強く己の意見を押し出し、時には自我を抑えて我慢・譲歩し、心にもない事を口にする。 流石に4年も社会人を続けていれば それは当たり前の事だとは思うけど、けっして奇麗なもんじゃない。 その点彼女は清純な人だった。決して融通の利かないお嬢様ってわけでもなく。 そんなところに惹かれたんだ。彼女に注文なんかひとつも無い代わりに、彼女も僕にひとつの注文もしなかった・・・ ・・・ 筈だった。なのにこの書き置き。一体僕の何処がいけなかったんだろう? 男か? そんな事をふと考えてしまう。仕事の事では確かに彼女にしわ寄せをしてしまったかもしれないが、 今でも好きな事は変わらないし、彼女の生活の妨げになるような無理はしていないつもりだ。 だったら男なんて皆、そんな風に考えてしまうもんじゃないだろうか?まてよ。これと同じ様な感覚が 以前にもあったような・・・ ・・・ 子供の頃から人間は周りに評価されて暮らしている。学力だったり、体力だったり、あるいは家庭環境とか 育ちなんて言われるもの。僕自身「そんなものは」なんて思うけど、高校生くらいの時は確かに、 他人を評価すると伴に、自分のレベルというものもそこはかとなく意識していた。成績という物差しでしかなかったけど それが決して低くない自分は、自分ではそれ相応と思えるような自信を持っていたんだろう。 だから女の子から好きだと告白されても、それを受け止める事が自然と出来ていたと思う。 他人がする告白そのものさえ、自分を見極めた上でしかるべき対象にするものだと無意識に思っていたんじゃないかな? 今考えると本当に底の浅い人間だった 僕は。 自分を愛してくれる、認めてくれるその気持ちが嬉しくて 愛おしくて、僕は告白された相手を 本気で好きになった。でもその恋はいつも僕がふられて終わった。高校の時も、大学の時も。 その時は仕方無いと思いながらも やっぱりショックで泣いたなぁ。「なんでなんだよ? 俺の何処がいけなかったんだよ?」 なんて。 僕が知ってる女性というのは 高校、いや小学生から大人まで例外なく「別れましょう」と言う。 恋愛感情が揺れてしまうにはそれ相応の理由があるだろうし、縺れた糸はいきなり切れるものでも無いと思うんだけど。 こんがらがった糸に僕が気がつかなかったのがいけなかったんだろうけど、こっちは好きなままでいるし 上手くいってるもんだと思ってる恋愛のピリオドは いつも突然彼女達の口から打たれる。続けていたものが、自分の望む恋愛じゃないのなら、 その綻びの部分を僕にうち明けてくれても良かったのに。二人で繕う事も出来ただろうに。 そうだ、女性という生き物は、彼女たちは、いつも 突然に別れを告げるんだ。 そしてこの書き置き。いや、やっぱり僕に原因があるんだろう。彼女はそんな女性じゃないと思う。 こうして執行猶予を与えてくれたんだ。とにかく、彼女の気持ちを知りたい。多分寂しい思いをさせたんだろう。 そういえば、仕事以外の事 彼女との事をこんな風に考えたのは久しぶりだ。帰ってくるのは明日・・・ ・・・か。 お腹も空いたし、買い物に出かけよう。気ままな今夜の食事と、明日の為の 二人前のカルボナーラの材料でも買いに。 |
vino da tabola
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02/10/11
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飽きることなく飛沫を上げていた水面が、いつしか太陽の光をキラキラと湛えている事に気づいた時、
フェリーは港に到着した。
「帰ってきたんだ」 私は小さく呟いて、別に改める必要もないような当たり前の決心を自分に言い聞かせた。 東京湾を挟んだだけの、本当に近い故郷を後にして。 都会で暮らすというだけで、 気を張りすぎていたのかもしれない。私、一人じゃなかったのに。一度振り出しに戻ってみて気がついた。 昨日のこと。不意に現れた私に母は声を出して驚いた。 父は、特に言うことは何もないという素振りで。けれども二人とも、ごく普通にむかえいれてくれて。 何かあったのかと気にはなってるみたいだったけど 「たまにはね」という私に、 それ以上何も聞かなかった。ただ 「帰ってくると分かってたら、好きなものを用意してたのに」 と 母はしきりに嘆いた。 でも、晩酌をしていた父が 私にお酒を勧めたのは驚いたな。 「心を軽くする酒なら、たまには飲んでみるもんだ」 なんて。 美味しかった。 実際、何かあったわけじゃない。不満もない。窮屈に感じて立ち止まるような事など何も。 それでもそんな毎日に居たたまれなくて、勝手に日常から抜け出してしまった。心が重くなっていたんだろうか? 彼は・・・ ・・・怒っているだろうな。 人もまばらな電車の中。夕方のラッシュ前だし、上りの路線はこんなもんなんだろう。 電車の窓、 頬杖ついて流れていく海の景色にふと思う。 落ち込んだり嫌なことがあったりすると、 どうしても楽しかった頃の思い出を振り返るけど、今の街に暮らすようになってから 私の思い出はいつもこの海を渡って来るんだよね。 いつもの私に戻れば何でもない事。書き置きまでして勝手に出てきた事が悔やまれる。 無意味に彼の心を傷つけてしまった。 電車は見慣れた駅の風景を正反対に写して止まった。ホームに降りて階段を登り、 いつもとは反対の通路から改札に入る。さあ、ここからはいつもの私。 混み合う改札は夕映えに照らされている。日曜日でも、同じ時間は同じ風景を作り出す、街。 制服姿の学生が私服なくらいで。いつもはさほど気にならないのに、 微笑み会う恋人同士が目についたりして。 階段を降りて街路を歩き出すと程なくあるストアに入る。いつもの様に夕飯の材料を買ったけど、 普通に作って 食べられるだろうか? 一緒に。 すっかり日も暮れて、アパートには明かりが灯っている。ドアノブを回す手が重い。だけど・・・ 「ただいま・・・ ・・・」 「お! お帰り。ちょうど今、茹で上がるよ」 「わ、私・・・ ・・・」 「お腹空いてるだろ? 飲み物は何にする?」 何事も無かったように、いつもと同じに振る舞う彼。 私は・・・ ・・・ 「え、えっと、コレ・・・ ・・・」 買い物袋から、ワインのボトルを取りだした。 |
Beaujolais nouveau
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02/11/21
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ボジョレーヌーボー入荷。
酒屋の店先のポップに目がいった。この時間に帰宅するのも久しぶりだから忘れていたけど もうとっくにそういう季節なんだよね。例年マスコミに取り上げられて騒がしかったけど、今年あたりは落ち着いたのかな。 まあ流行だとか○○の日なんて、みんな通り一遍は踊らされちゃうんだよね 特に女性とか。 そんなに良かったものなら、もっと大切にすればいいのに。 そうは思ったけど、社交界デビューを飾ったばかりのフレッシュなご令嬢をのんびり思い描くには、 僕には風が冷たすぎる。商店街を足早に抜けて、ようやく僕は彼女のアパートの扉をくぐり抜けた。 「お帰りなさい。本当に早かったんだね」 「珍しくこんな時間に帰って、ご飯がないのは寂しいからね」 いつもは九時を回る帰宅時間だけど、今日は定時で仕事がはねたので直ぐ帰れると 僕は彼女に電話を入れていた。 「弱火にかけてたから直ぐ食べられるよ」 「ありがとう」 僕は上着と靴下を脱いでそうそうに食卓についた。ネクタイを緩めていると 「きゃっ!」 テーブルの下で、僕の足が彼女の膝に触れたようだった。 「足、冷たいよ」 「冷え性なんだ」 「知ってる。外、寒かったもんね。もうそんな季節なんだねぇ」 彼女は笑ってそう言った。一緒に暮らして、二度目の冬が来たんだ。 「だからってわけじゃないけど、晩ご飯のシチューっていうのは嬉しいよ。なんかこう、喜んじゃう」 「既製品だけどね。バイトが終わって買い物する時間はもう暗くなってるじゃない。風も冷たいし。 そうするとなんだかシチューが恋しくなっちゃうの。お母さんは料理が得意だったから色々作ってくれたんだけど、 寒くて暗い外から帰ってきてシチューだと嬉しかったし、なんか覚えてる料理なの」 「僕のお袋は料理得意とは言えなかったけど、やっぱりシチューは作ってくれてね。美味しかったんだ。 冬って苦手でさ、そこから救ってくれるみたいで そういう付加価値もあるのかな?シチューが好きっていうの」 「アハッ、冷え性だから?」 「いや、そんなんじゃなくてさ。なんか冬って物悲しいじゃない。何も悪いことしてないのに、 辺りが暗くなってくると物凄い不安でさ」 「あー、わかるわかる」 「それに子供の頃は自分が冷え性だなんて自覚なかったもん。毎年冬になると手の甲があかぎれでひび割れてね。 それくらい冬でも外で遊んでたって事なんだけど」 「ひび割れー? 私はないなぁ。冬になると寒いからあったくしなさいって、毛糸の手袋とか帽子とか用意してくれて 内側に白いふわふわのついたフードつきのコート着せてくれてね。だから嬉しかった」 「女の子らしいね」 「みんなそうだったよ。手袋とか見せ合いっこして。 冷めないうちに食べて」 「うん。頂きます。 うん、美味いや」 「だから、 既製品を誉められると恥ずかしいよ」 「でも多分僕もその既製品で育ったからなぁ。やっぱりこの味じゃないと。冬の夜というか、 夕方日が沈んで間がない時間帯に用意されるとね、幸せ感じちゃうよ。あの頃にフラッシュバックするような」 「うちのお母さんのも既製品だと思う。今度聞いてみるけど。それでほんと、懐かしさってあるんだよね。 感覚がさ。 あ、そうだ」 「なに?」 「コレ」 「白ワイン?」 「シチューに入ってるんだよ」 「味変わるの?」 「本当はよくわかんないんだけど。 でもコレもね、定番かも」 「どうして?」 「私が酔っぱらって、初めてあなたがここに送ってくれたとき、 朝起きたらあなたとテーブルに仲良く並んでたのが白ワインだった」 「あー。あの時はまさか君が酔いつぶれるとは思わなかったんだけど、送って来て部屋に上がるなり 寝ちゃって、そのまま帰るわけにもいかないし落ち着いて寝るわけにもいかないしで、しょうがないから 外に酒買いに行って」 「年頃の女の子が寝てる横で一人お酒飲んでるなんて。それも落ち着いてワインなんて、この人遊び慣れてるって」 「おいおい。他にすることが無かったんだよ。で、表に出ても商店街は閉まってるから結局駅前のコンビニまで行ってさ、 随分歩いて ビールっていうのもしゃくでワイン買ったんだよ。さすがにいつの間にか寝ちゃったけど」 「朝起きたらテーブルに突っ伏して寝てるし。私はスーツが皺だらけになってて参ったわ」 「だって勝手に脱がすわけにもいかないだろう。でもその話とシチューがなんで結びつくの?」 「結局あなたはお昼過ぎに目を覚まして、迷惑かけたからって買い物行ってご馳走したのは ハンバーグだったけど」 「うん」 「残ってたワインを一緒に飲んだでしょ? 初めて料理を作った時のお酒ってことで、 なにか昔を思い出して料理を作るときは白ワインも一緒なの」 「歴史は新しいんだね」 「そうね」 「そういえばこの間僕がカルボナーラ作った時、買ってきてくれたよね?」 「あの時のはキミが最初に買ったワインより高かったんだぞ、多分」 ちょっと拗ねたような口調でそう言う彼女に微笑みながら、これからワインが食卓に上がるときは どんなサインが隠されているのか注意しようと僕は思った。女の子は男の知らない間に記念日を作っちゃうものらしいけど、 それを大切にしていくのは男の役割だと思うから。取りあえず、ご令嬢を見送って良かったみたいだ。 |
Liebfraumilch
〜世界中の 恋を抱きしめたいあなたに X'masスペシャルU〜
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02/12/24
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街全体が明るい。
日が沈んで大分経ち、空気はコートの上からでも刺すようにピリピリしているのに、この日の喧騒は 世界中が幸せであるかのような錯覚をさせる。道行く恋人達もその気にさせられて、 世界中で自分たち程幸せな者はいないという笑顔で。 クリスマスイヴ。今まで恋人と二人キリで過ごしたことなんか無かったから気がつかなかったけど、 この日は世界中の人にやってくるんだね。ひとりでに、にやけちゃう。 それにしても・・・ ・・・遅いなぁ。 7時40分。約束の時間からもう40分過ぎてる。待ち合わせ場所を外にしたのは間違いだったな。 彼が仕事から直ぐに抜け出せないかもしれないこと、分からなくもないのに。でも、クリスマスイブの待ち合わせ。 女の子がひとりポツンっと待ってるってイメージがあって、なんとなく憧れちゃったんだもん。男の人が待ってるっていうのは ちょっとカッコ悪いし、待たせる女もどうかと思うよ。そう言えば 気を使わせたくないからワザと少しだけ遅れていくなんて話もあったっけ? そんな気をまわさなくたって、普通の女の子は早めに来てるもんです。 だからってこの寒さは・・・ ・・・ 「ごめん、遅くなった」 「あっ! ・・・ ・・・言わなくても分かる」 「ごめん。余裕持ってたつもりなんだけど・・・ ・・・寒かったろ?」 「仕事でしょ? しょうがないよ。それより行こ。お腹空いちゃった」 「そうだね。走ったから喉乾いちゃった」 「あっ、予約してたお店、7時から7時半くらいって言ってたんでしょ? もう20分も過ぎてるよ」 「大丈夫。さっき連絡入れといた。8時には行きますって言っといたから、直ぐに出来たてが食べられるよ 多分」 「それは用意がいいけど、普通私に連絡くれない? 職場だったらと思うから こっちから 連絡入れるの控えてるんだから」 「ごめん、ごめん。でも今日は予約とるのだって大変な日じゃない。そのお店に穴をあけちゃいけないというか、 お店の人にヘソ曲げられちゃったら他の人通されちゃうかもしれないし・・・ ・・・」 「良いけど。 でも本当、ちょっと知られたお店だと予約で一杯になっちゃうんだよね」 「だから、折角時間取れたんだし もうちょっとお洒落な処にすれば良かったのに・・・ ・・・」 「いいの。行こう!」 私はちょっとはしゃいで。その気持ちを素直に表す様に、彼のコートの腕に巻きついてみた。 彼にお願いしたのは新横浜の駅ビルにあるお店。待ち合わせ場所に、ターミナルの時計が見える所 なんて指定したから当然外になっちゃったわけだけど、それでもここから歩いて5分とかからない。 絡めた腕に、まだ伝わるはずの無い温もりを感じて歩き出した。 「今、食事の時間だろうに 結構みんな歩いてるね。賑やかだ」 「クリスマスだもん。相手がいなくたって、取りあえず外に出ちゃうんだよ」 「君もそうなの?」 「そういう女だったら、今こうしてあなたといない」 「確かに」 「納得されてもなんか虚しいなぁ。あ、さっきね、あのお店でアイスクリーム食べたの」 「アイスクリーム? この寒いのに?」 「あ〜、美味しいのよ。って、前に一緒に食べたじゃない。第一ほら、みんな食べてるでしょ、 だから売ってるんだし」 「まあね」 「久しぶりに来たから懐かしくって、ていうか来る前から食べるつもりでいたんだけどね。私が並んだ時 誰もいなくてすぐ買えたの。で、店先で食べてたら後からどんどんお客さんが来て、それがみんなカップルなのよ。 クリスマスのカップルってさ、自分たちが世界で一番幸せなんだって思ってるなんて話、あるじゃない? でもあれは嘘だね。 うううん、そう思えるのは本当の愛で結ばれたカップルだけで、 クリスマスに駆け込みセーフなカップルも結構いるんだよね。 だってみんな私の事見るんだよ。 みんな女の子なんだけどさ、ひとりと目があって視線を逸らすと 別の誰かと視線が合うの。 で、離すとまた誰かと。みんなで私を見るんだよ。 多分まだまだ自分たちの愛に不安な急造カップルなんだよね。 だから他の女の子の事が気になっちゃう。で、取りあえず自分は恋人いるからちょっとリードしてるぞって、 一人でいる私を見るのよ。 ほんとクリスマスって、相手がいるかいないかで天国と地獄だよね」 「もうお店に入ってもいいかな?」 「あ!」 思わず話込んじゃった。ここのアイスクリームスタンドは春頃デートで利用した場所。テイクアウト専門で食べるところは無いんだけど みんな立って食べてる。私はダージリンのコーンで彼はラムレーズンのカップを食べた。その後楽しみにしていたコンサートに行って、 帰りに遅い夕食を取ったのが向かいのこのドイツ料理のレストラン。 「いらっしゃいませ」 ドアを開けるとBGMはホワイトクリスマス。店内はさすがにクリスマス一色。もっとも表は駅に続くアーケードだから そこのディスプレイもクリスマス一色なんだけど。 「すいません、遅くなりました。二人で予約をしていた者ですが・・・ ・・・」 「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」 店内のテーブルは殆ど二人がけ。そして空いたテーブルはひとつだけという賑わい。やっぱり今日は予約だけで一杯なのね。 「お食事はすぐにお持ちします。お飲物の方は如何なさいますか?」 「あ、飲み物も一緒に頼んであると思うんですけど・・・ ・・・」 「失礼いたしました。すぐお持ち致します」 ウエイターさんはそう言うと足早にテーブルを後にした。 「ね? 飲み物って、何を頼んだの?」 「それは出てきてからのお楽しみ」 「はい。大人しくお待ちします」 彼が笑って言うから、私も笑って応える。 周りは全部カップルで、みんな私たち程幸せ者はいないって顔してる。 その中に私も、私たちもいるんだなって思う。 「お待たせいたしました」 背の高いスマートなボトルから、見慣れた形の2つのグラスに、ウエイターさんがその液体を静かに注ぐ。 周りのイルミネーションが作り出す光が、金色のグラスの中で輝いている 「メリークリスマス!」 彼の言葉に合わせ、私もグラスを持ち上げた。 「メリークリスマス! 白ワインだぁ。ドイツワインだね」 「大事な料理のお供には白ワイン、だろ?」 「嬉しい・・・ ・・・美味しい」 「良かった。 だけど本当、折角時間を取ったんだから、今日ぐらい贅沢しても良かったんだよ。 駅ビルのリーズナブルなお店じゃなくてさ」 「うううん。 ここは春に立ち寄った思い出のお店だもん。何ものにも代えられないのです。 それに料理も美味しいしね」 テーブルには前菜の生ハムとサラダ。それからアルミホイルに包まれて、バターがのっかったジャガイモが運ばれてきていた。 そのひとつひとつが、私の目に焼きついて 思い出になっていく。 「でもあの時、怪訝な顔して食べてたじゃない? アイスヴァイン」 「あ、うん・・・ ・・・友達から美味しいって話聞いてたし、話題になったこともあったよね。でも 豚肉の身が赤いっていうのは・・・ ・・・あっ、味は美味しかったのよ。本当に」 「うん。実は僕もあの時初めてだったからさ。美味しいんだけど、なんか恐る恐るというか・・・ ・・・」 「え〜!? 嘘だぁ。あの時食べた事あるって言ってたよ」 「あれ?そうだっけ? や、じゃあ実は・・・ ・・・カッコつけてたんだ」 「あの頃はカッコつけてくれてたんだね、私にも」 「今は・・・ ・・・ダメ?」 「そんな事。 好きだよ。ありのままのあなた。それから、カッコつけてた頃のあなたも。全部本当のあなただもの。 こんな素敵なクリスマス、初めて」 「あれ? 去年のクリスマスは? 僕たち、もうつき合っていたろう?」 「覚えてないの? っていうか、つき合ってたのか私の方が訊きたかったくらいだよ」 「え?え?」 「12月14日」 「14日って?」 「14日に・・・ ・・・キスされた・・・ ・・・」 「あっ!」 「ちゃんとつき合おうって言われたのは12月27日。私、まだ期待しちゃいけないんだと思いながらも・・・ 友達の誘い断ってアパートでひとりで過ごした。バカみたいだけど一番小さいクリスマスケーキ買って。 なんか思い出したら、泣けてきちゃったじゃないかぁ・・・」 「や、なんかそれって・・・ ・・・ひどい奴だな・・・ ・・・俺って・・・ ・・・」 「別にね、よくお酒飲みには誘ってくれたし、バイト先の 話の分かる人って感じだったし・・・ ・・・ キスされた時もお互いお酒入ってたし、ノリっていうのも分かるんだけどね。 でもその頃は私もう・・・ ・・・だから去年のクリスマスは一応予定空けてたの」 「で、でもこの一年そんな話一度も・・・ ・・・」 「だから、つき合う前の事だもの・・・ ・・・多分。仕事忙しいの知ってるしさ。実際去年のクリスマス、貴男仕事だったもん。 それでも夜中まで連絡あるかなって、携帯が鳴るの待ってた・・・ ・・・ただ、あの時まだ携帯の番号も教えて無かったんだけどね。 わー、なんて可哀想な女の子なんだろう、あの頃の私!」 彼女の気持ちになってみれば、いや、端で聞いてたって酷い話だ。そりゃあ僕は初めて飲みに誘った時から 彼女のことが好きだった。でもちゃんと告白するタイミングを逃してたんだな。思えばクリスマスの日も接待がある事判っていたから 彼女との材料にする事さえ最初から考えて無かったんだ。そうだ! 27日は休みだったから 彼女のバイトが終わる時間を見計らって・・・ 「飲もう! しょうがないよ、あの頃は。まだ、始まってなかったんだもの」 「ごめん。その代わり今日はどんな償いでもするよ」 「いいよぅ、こんな素敵なクリスマス、プレゼントしてくれたんだし。今日 私、嬉しいんだからね」 「失礼いたします」 メインディッシュが運ばれてきた。 「うわぁ、美味しそう」 「特別な日にハンバーグっていうのもどうかと思うんだけど・・・ ・・・」 「私はこっちの方がいいな。なんとなくお腹を気にしながら食べる、食べつけない料理より」 「一応そう思ったから頼んだんだけどね」 「おこちゃまだからね、私。 それに、こんな豪華なハンバーグ。良い匂いしてるよ。食べよう!」 「うん。 あ、美味いね。君のハンバーグには敵わないけど」 「え〜、私にはこんな美味しいの作れないよー」 「いや、初めて作ってくれた時のハンバーグだよ。あれは別格」 「ああ、まだつき合う前のね」 「そ、そういう事になるのか・・・ ・・・」 「ゴメンゴメン、怒ってないって」 「どうかこの白ワインで流して頂いて・・・ ・・・」 「アハッ! 香りがマスカットみたいだよね。甘くて飲み易い。えーと、カイザー・・・ ・・・ リー、リープフラウミルヒ・グロッケンシュ・・・ ・・・」 「リープフラウミルヒ・グロッケンシュピール。 本当はそんなに高く無いポピュラーなワインなんだ」 「あー、読めるのにぃ。私一応第2語学語、ドイツ語専攻」 「あ、そうだよね」 「ヴァルムス大聖堂にちなんでるんでしょ? マリア様のお乳よね。クリスマスに縁がないと飲めないワインだ」 「この間ワインの話を聞かされていたので、ここで食事したいって言われた時に もう決めていたのです」 「お酒詳しいもんねぇ。でも、あんまり飲み過ぎるなよ」 「大丈夫だよ。ただ、お酒は好きだけどワインはね、とても覚えられないよ」 「たまに飲むくらいがいいのよ」 「ここ出たら、バーにでも行こうか?」 「うん。でも空いてるかな? 席?」 「どこかしらあるでしょう」 「よーし、今日は飲んじゃうぞ。覚悟しとけよ」 「ハハッ! いいさ。今日はマリア様に懺悔するから」 「えー!? 懺悔するような悪いことしてるのー!?」 「それはどうかな?」 「あー、イジワルだなぁ」 二人で暮らしてもうすぐ丸一年。 だけどこんなに落ち着いた時間を過ごせるようになったのは最近の事だ。 僕は彼女に感謝しなければならないな。 世界中の誰もが、世界で一番幸せだと思ってる。 さっき彼女が言ってたけど、僕だって負けてない。そんな風に思わせてくれるのは 間違いなく、彼女の笑顔が目の前にあるから なんだから。 |
Rolls Royce No.2
〜世界中の 恋を抱きしめたいあなたに X'masスペシャルU〜
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02/12/25
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街の賑わいは、その装いを音から光へ、喧騒から輝きに変えていた。
小一時間は歩いただろうか? 食事を終えてレストランを後にし、僕たちはさまになるようなバーを探したけど どこも席が一杯だった。普段はお酒なんか口にしない輩も、この日ばかりはグラスを傾ける事を日常にしているような 一端のスノッブに早変わりする。街中に溢れかえるホンキートンク。 「寒くなって来たな。疲れたろう。もう帰ろうか?」 「酔いが治まってきた感じ。折角今日は飲めると思ったのに」 「そうか。そういう気分なんだね。あ、そうだ、ホテルのラウンジに行ってみよう。あそこなら宿泊客が殆どだから 2席くらい空いてるよ」 僕らは賑わう繁華街から来た道を戻り、駅のロータリーの方へ歩き出した 「ホテルも予約しておけば良かったなぁ」 「だって仕事の予定、ぎりぎりまで判らないんでしょ? 連休明けだし、今日だって よく早くあがれたって思ってるんだから」 「まあそうなんだけど」 「良いじゃない。こうやって夜の街を二人で歩くっていうのも。 それにしても去年だって接待だったんでしょ? 今日、大丈夫だったの?」 「まあ例年お得意さんと飲んでるんだけどね。でもホラ、なにかに託けて飲んでるだけだから。 あそこの社長は僕の事可愛がってくれてさ、クリスマスだから行こうよって感じでね。別の日に埋め合わせしますからって、 直接別の日にして貰ったんだ。会社は別に関係ないんだよ」 「でも、気を悪くしなかった?」 「誰とデートなんだ? なんて、冷やかされたよ」 「言えないもんね、私たちの事」 「ん? 気にしてるの? 別に僕は公にしたって構わないんだよ」 「ううん。マズイでしょ? アルバイトに手を出したなんて言われちゃあ」 「そんな事ないよ」 「別に言う必要もないでしょ。それに、つき合ってるから仕事が云々なんて言われるのは私も嫌だよ。 あと、内緒にしてるっていうのも、秘密を持ってるみたいでちょっと良い感じだし」 「つき合いだして一年にもなるのに。そんな感覚、もう楽しんでないだろ? 帰りだって少しは早く出来るだろうし。 僕に気を遣ってるんなら言ってくれよ」 「ありがとう。でもホント、気にしてないから」 本当に彼女は、その辺 割り切ってるみたいだ。無理はしていない。気持ちの整理とか、 そういうのがしっかり出来る女性。以前の僕はその部分に甘えていた事があって、彼女に辛い思いをさせたけど あの夏のたった1日で、彼女は自分の心をしっかり見つめ直した。本当にそういうところは異性とか関係なく尊敬する。 僕はあの日の、あの日以来の彼女を見て、自分の未熟さに気がついたりもした。 点滅する間隔に余裕を持たせたイルミネーションのドレスを纏った、落ち着いた佇まいの大きなクリスマスツリーに迎えられ、 僕たちはホテルの回転ドアを回した。フロアのラウンジには、派手というには控えめなジャズ演奏が流れている。 勿論クリスマスソング。けれどもホテル側の演出を台無しにするように、例え1マイル離れたところからでも 誰の目にも飛び込んでくるであろう、飛びきりのスマイルとボディーランゲージでシェイカーを振る ブロンドの女性が三人いた。 「盛り上がってるね。あそこでも飲めるみたいよ」 「ここであれだけの赤鼻のトナカイをつなぎ止めておいてくれれば、上のオーキッドバーには 午前0時には帰らなくちゃいけないシンデレラと、お忍びのプリンスのストゥールさえある筈だよ」 「あー、ご機嫌斜めだね? また頭の中で目に映るもの全てレイモンド・チャンドラーになったつもりで 解説してるんでしょう?」 「あの腰振りの十分の一もシェイカーに回してあげれば、彼女の作るダイキリはトムクルーズのそれより美味い筈さ」 「え〜と・・・18Fだって。あ、写真があるけど広いよ。座れるんじゃないかなぁ」 エレベーターが開くとバーの入り口は直ぐ目に付いた。誘うように明け放れた扉からは、 30人は座れるカウンターにバーテン4人、フロアーには余裕をもって設けられてはいたが満卓のテーブル、 それらを縫うように歩き回る数人のウエイトレスが目に飛び込んできた。僕らは当然、カウンターに腰掛けた。 「お待たせいたしましたプリンセス」 「お酒が飲めると思って浮かれてるね? 期待しながらお酒を飲むときは必要以上に饒舌になるもんね」 「必要以上は余計だけど。何飲む?」 「あなたにお任せで」 「うん」 「お決まりですか?」 「はい。彼女にホワイトレディを。僕はマティーニで」 「かしこまりました」 「やっとありつけるな」 「ゴメンネ、無理言って引っ張り回しちゃって」 「何言ってんの。折角のデートなのに」 「そうなんだけど」 「空いててホットしたよ。大体今まで、二人でのんびりすること、少なかったしね」 「でも夜とか、食事、ちゃんと摂ってくれるようになったじゃない。気にかけてくれてる事、分かってるよ」 「うん。まあ、なんかね。夏に君が出て行った時があったじゃないか」 「あ、あれはゴメンなさい。本当、勝手しました」 「いや、そうじゃないよ。あれは僕に原因あったわけだし。あの事で、色々気づかせて貰ったんだ、僕は」 「原因は・・・ ・・・違うよ、あなたになんか無いよ。あれは私が一人で問題作って、一人でアタフタしてただけだよ」 「そんな事・・・ ・・・」 「お待たせいたしました。こちら、ホワイトレディ。 こちら・・・ ・・・マティーニです」 「ありがとうございます。まあまあ、頂きましょう」 「うん。そうだな、先ずは乾杯だな」 「あなたと私の、素敵なクリスマスに!」 「へへ・・・ ・・・乾杯」 「カンパーイ。 うん、美味しい。ベストチョイスです。スッキリと辛口なのが飲みたかったの」 「そりゃあどうも」 「では、お話をお伺いしましょうか?」 「うん、何て言うかさぁ、君には敵わないよ。何だって自分で気持ちの整理出来ちゃうし。自分でケリをつけられる。 でもさ、こうやって一緒にいるんだ。もっとこっちにも色々吐き出して良いんじゃない? 前は君のこと、 全然見てあげる余裕が無かった。というか、見ようとさえして無かったけど・・・ ・・・」 「ん〜、夏の事はね、本当に私の中から出てきたモヤモヤで、別にあなたが悪いとかじゃ全然ないの。 不安も不満も無かったし。それはあなただけじゃなくて、生活全般に。何処にも問題なんか無かったの」 「じゃあどうして?」 「私たちは一緒に暮らす事にしたけど、お互いの生活は大切にしてるよね? 別に そういうルールを設けて二人の暮らしを始めたわけでもなくて、自然にお互いがお互いを尊重して・・・ ・・・」 「そうだと思う。君はやるべき事、何ひとつ疎かにしてないし、僕だって自分のペースでやらせて貰ってる。 それでも君は、僕との事も楽しんでくれてると思ってるし」 「うん、楽しんでるよ。私を大切にもしてくれてるし」 「じゃあ何で?」 「あの時はそれが解らなかったの。一緒に暮らしてる事の意味とかかな? なんか理由付けを求めちゃったのね。 最初はあなたのこと好きで、あなたのありようを尊敬してもいたし、お互いがしっかり自分の道を歩んで、 そこで二人一緒にいられたら心地良い。このままの一人より、このままの二人かなぁって感じで 暮らし始めたんだと思うの」 「・・・ ・・・」 「もう一杯飲んで良い?」 「ああ、ゴメン うん飲もう」 「ロールスロイスNO.2を下さい」 「あ、僕も同じもので」 「でもね、きっと求めちゃったんだと思うの。あなたに、私の何かになって欲しいっていうか、恋愛以外の 生活の何かを。何かって言っても、求めてるモノが実際にあるわけじゃないから、だからあなたに 『どうして欲しい?』って訊かれても、何も答えられなかったの」 「今はそれがなんだか解るの?」 「多分・・・ ・・・つまんない独占欲」 「独占欲? でも・・・ ・・・僕ら上手くいってるとは思うけど 君、ベッタリってわけじゃあ」 「それは・・・ ・・・あ、すいません ホラ来たよ、ロールスロイス。飲みましょう、飲みましょう」 「うん。 しかしよく知ってたね、このカクテル」 「昔たまに行ったお店で、マスターに作って貰ってたの」 「ふーん。 あ、それで、ベッタリじゃないのに独占欲」 「あ、うん。 えっとそれはね・・・ ・・・私が好きになったのは あなたらしいあなただったの。 なのにいつのまにか、自分の分身みたいなあなたを望んじゃってたの」 「おいおい、なんか怖いぞ」 「なんて言えばいいのかなぁ。同じ価値観を求めたというか・・・ ・・・でもそれは無理でしょ? だって私とは違う個性のあなたを尊敬したり好きになったのに、同化しようとしたというか、 同化して欲しかったのよ、私に」 「でも僕ら、価値観は似てると思ってるんだけどな。初めて会った時から」 「そうね。だから余計に厄介だったんじゃないかな? 同じ価値観の二人。それでも尚、同化する程にあなたを求めちゃった」 「で? 結局無理だと解って、どうやって解決したの? 自分の中で」 「無理だと解ったら、何考えてたんだろうって思っちゃった。悩む様な事じゃなかった」 「えー? 僕はさ、なんだかんだ言っても同棲なわけじゃない。お堅いというか、しっかりしてる君が そういう中途半端な状態でいるのに、僕が仕事ばかりしてて恋愛がお座なりになってるっていうのが原因かなぁと悩んだんだよ」 「あ、それ正解」 「え?」 「だって好きだから一緒にいるんだよ? 恋愛の為に一緒にいるんだもん。それが叶わなかったら寂しいよ。 だからそれは、私だって・・・ ・・・イチャイチャ・・・ ・・・したい、です・・・ ・・・ょ?」 「はは・・・ ・・・悪い気はしないね」 「・・・ ・・・生真面目過ぎる・・・ ・・・のかな? 同棲はさ、それはイケナイ事だよね。親にも言ってないし」 「会社の連中に知られるのはいいけど、君のお父さんとかに知られるとすると怖いなぁ」 「怒るだろうなぁ、お父さん」 「うわっ! 脅かさないでよ。でもそうだろうなぁ、やっぱり」 「お母さんには気に入られると思うよ」 「う〜ん・・・ ・・・」 「そういうさ、イケナイ事をしてるってままにしておけないんだよね。ちゃんと勉強もしてるし、 大切にして貰ってますって、一緒に暮らしてることをちゃんとした意味のある事にしておかないといけない性格なのよね」 「意味は・・・ ・・・ある?」 「もちろんです。私には、あなたがいないといけないのです」 「だけど、将来の事とかさ」 「それは・・・ ・・・今必要だから、今に意味があるから、一緒にいるんであって・・・ ・・・」 「でもこのまま行けばさ。今を積み重ねて行けば、自然と先があるわけだろ? そういう事は望まないの?」 「でも・・・ ・・・それは・・・ ・・・」 「今に満足してるんならさ、それ、続いた方が良いとか望まない?」 「・・・ ・・・」 「そういうところはさ、言って良いんじゃない? 言ってくれよ。 二人ってさ、一人と一人ってさ、 そういう事だと思うよ。解ってるだろ?」 「・・・ ・・・ん・・・ ・・・」 「おいおい、責めてるんじゃないんだから」 「ん・・・ ・・・ありがとう。ゴメンネ、わたし・・・ ・・・」 辛くても、悔しくても、まして悲しくても、滅多に涙を見せたことのない彼女が 堪えきれずに零す涙がいじらしくて・・・だけど、周りの目を気にして意気地無しな僕は、 彼女の肩にそっと手を回すのが精一杯だった。そんな僕の態度とは対照的に、明るい口振りで彼女は 「いこっか!」 「行くって、ホテルは多分一杯だよ。もう電車も無いだろうし・・・ ・・・」 「歩いて帰ろう。 大丈夫。それに、去年は寂しかったあの部屋を、あったかくしたい!」 「・・・ ・・・分かった。帰ろうか」 恋人達は自分たちだけの世界を作る。聖なる夜、今夜は世界中でどれくらいの世界が創造されているのだろうか? 回転扉を抜けると冷たい空気がまとわりついてきたけれど、直ぐさま彼女の温もりが僕の腕に巻き付いて来た。 「よし! じゃあ、聖なる夜に口笛でも吹きながら帰りますか」 「うん。ほんとに吹かないけどね」 「俺は吹いちゃうぞ。 ところでさ、さっき頼んだロールスロイスNo.2。あのカクテルはスタンダードだけど、 今あんまりポピュラーとは言えないカクテルなんだ。あれを出してくれたお店って?」 「気になる? 私の実家の方のお店だよ」 「そうですかぁ。実家って聞くと、どうしても君のお父さんの顔が目に浮かんじゃうなぁ、見たこと無いけど」 「クリスマスだなぁ」 「どうして?」 「世界中で一番・・・ ・・・しあわせ、かもしれない・・・ ・・・私」 「私達、だろ?」 僕らは確かに、今夜ひとつの世界を創造した・・・ ・・・ |
☆忘れていたニックネーム☆
〜ドール外伝〜
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02/9/22
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「フーちゃん!」
それはあの頃、私が呼ばれていたニックネーム。 不意に呼ばれて振り返ると、夕方で賑わう駅の改札に 彼が立っていた。 高鳴る胸・・・ ・・・ 高校生の頃、私は音楽が好きで器楽部に入っていた。ピアノやバイオリンを習った事もなくて 殆ど楽器に触った事もなかったけど、仲の良いクラスメイト達に誘われる形で入部、 文字通り楽しむ事が出来るくらいにはなっていた。 彼もやっぱりクラスメイトで そこに在籍していた。と言ってもその当時の男の子。やっぱり ちゃんと楽器に精通していたわけではなくて、歌謡曲や洋楽のポップス好きが高じて入って来た人。 部員は持ち回りで楽器のパートが変わるものだけど、もっぱらギターばっかり抱えて。 お互い楽器に関しては初心者だし、当時流行っていたニューミュージックとか 音楽の好みが似通っていたのでよく話しもした。お互い詩を書くのが好きで、 曲までつけてみたり。 感受性の強い頃だったからか、詩作を通してお互いの考え方や気持ちについて語る事も多くて。 彼の優しさに何時しか心が安らぐ私。 そんなある日、照れながら彼は 私のことが好きだと言ってくれた。 嬉しくって。 でもそんな彼の言葉を素直に受け止められなくて「なに冗談いってるの」 なんて受け流したりして。私から好きという言葉を口にしなかった。 それどころか、彼が気持ちを打ち明けてくれてからの私は 彼の目の前で好きでもない人に優しい言葉をかけたり、 彼にはとても冷たい態度をとっていた。 どうしてなんだろう? 理由は解ってる。 ただ、愛するということが、自分が愛に向き合うという事が 恥ずかしかっただけ。 私たちは普通に部活も続けたし、教室でも二人は普通のクラスメイト。特によそよそしくなることもなく 彼はいつも、みんなに通るニックネームで呼んでくれた。そして卒業。そんなありふれた恋のお話。 そんな3年間が、彼の笑顔がこの目に飛び込んできた一瞬の間に思い起こされて。 「元気?」 あの頃となんにも変わらない優しい声が 耳に届いて・・・ ・・・ あの頃となんにも変わらない笑顔が 目の前にあって・・・ ・・・ あの頃となんにも変わらない気持ちが この胸にあって・・・ 卒業式をむかえたあの日。ずっと変わらなかった自分の気持ちと一緒に、彼の気持ちに素直に応えなかった 無駄な3年間に後悔を覚えた。それでも好きと言えなかった。それでも・・・ ・・・ いつか何処かで巡り会えると思い続けた。そして今、彼が目の前で笑っている。なのに 「好き」というひとことが言い出せない。嬉しいのにおもいっきり作る笑顔で、過ぎた季節と あの頃の友達の話ばかり交わす。 暮れなずむ街 慌ただしい人混みの流れ 止めたい時間 「好き」というひとことが 言い出せなくて・・・ ・・・ 「タカシ!」 頭の中で何度も繰り返した名前が遠くから聞こえて・・・ ・・・ あの頃何度も口にした名前が遠くから聞こえて・・・ ・・・ その声の気配は だんだん近づいてきて・・・ ・・・ 見ると 髪の長い女の子が手を振っていて・・・ ・・・ そしてアナタが 微笑みを返して・・・ ・・・ アナタの目の前で 好きでもない人に優しい言葉をかけた アナタにはわざと 冷たくしていた アナタの愛を 受け止めてあげなかった そして もう 二度と呼ばれることのない ニックネーム |