ときめきメモリアルショートストーリー

魅惑の香水


最終話『紐緒結奈の野望』の巻


 次の日の放課後、科学部を訪れた好雄はすぐに結奈の地下研究室に向かった。
優美の件に関して一言文句を言った上で、何故あのような薬を優美に渡したの
か? その真意を問い質す為である。
 好雄は紐緒結奈の協力者でもあった為、普段から時々地下研究室へ出入りを
していたのである。

「あら、早乙女くん、何か用? 私は忙しいんだけど。」
 地下室に入ると結奈がいつもの冷静な口調で話し掛けてきた。好雄が睨みつ
けるような目で見つめても全く動じる気配はない。
「ちょっと聞きたいことがあってな。」
「ふふふ、昨日のことね。」
「えっ?」
「妹さんを手籠めにしようとしちゃったんだから、流石の早乙女好雄もショッ
クだったみたいね。」
「な、なぜそれを??」
「あなたの妹、早乙女優美の行動は小型の偵察用ロボットに常時監視させてい
たのよ。私の渡した薬をどんな風に使うか見てみたくってね。」
「やっぱりなにか企んでいたんだな。」
「あなたの妹はなかなか役に立ってくれたわ。ほぼ私の望み通りの結果と言っ
ていいわね。」
「新薬の実験か? それとも他になにか企みがあるのか? 大体、なんだって
優美みたいな単純なガキにあんな危ない薬を渡したりしたんだ? 事と次第に
よっちゃあ、いくら紐緒さんでも唯では済まさないぞ。」
「おやおや、怖い顔をして。少しは落ち着いたらどう?」
「これが落ち着いていられるか! もう少しで俺の手で妹を傷物にしちまうと
ころだったんだぜ。」
 好雄は険悪な表情で結奈を睨みつけた。結奈は“やれやれ”と言った表情で
好雄を見つめて言った。
「そこまで言うなら教えてあげるわ。あの子にあの薬を渡したのは地球を守る
為だったのよ。」
「は?」

                   *

 いきなり突拍子もないことを言われて好雄は面喰ってしまった。それもそう
だろう。優美が既成事実を作ることと地球を守るなんてことの間にどういう繋
がりがあるのか、さっぱり判らない。
 そんな好雄の様子など意に介さず結奈は言葉を続けた。
「今、地球は未曾有の危機に瀕しているのよ。
「危機?」
「そう、修学旅行の時、私は偶然のことから地球外生命体と遭遇したの。」
「地球外生命体??」
 なんだか話がぶっとんだ方向に行きつつあるので、好雄は少々当惑していた。
「そう、地球外生命体。人類以外の高等知的生物。判りやすく言えば宇宙人っ
てことになるわね。」
「ちょ、ちょっと待て、何の話だ? 俺は優美のことを話に来たんだぜ。そん
な訳の判らない話で誤魔化そうったってそうはいかないぞ。」
「ふん、人の話は最後までちゃんと聞きなさい。」
 結奈は話に水を注されたことで少々不機嫌な顔つきになって好雄をたしなめ
た。
「彼ら地球外の知的生物たちはずっと長い年月、人間を観察し続けていたのよ。
地球人は対等の立場で友好関係を結ぶに足る種族なのか? 或は征服して奴隷
として扱うのがふさわしい種族なのか? じっくりと観察して地球人に対する
対応を考えているわ。そして彼らの中では地球人は支配すべきという結論に傾
きつつあるの。それを阻止する為には強力なリーダーシップの下に世界統合政
府を作って、彼らに対抗する以外の道はないのよ。でも今の世界の無能な政治
家どもにそんなこと出来やしないわ。彼らと対抗出来る可能性があるとしたら、
私が世界を征服して無能な人類の上に君臨する以外に道はないの。」
「紐緒さんがどんな野望を持とうと俺の知ったことじゃないが……、しかし優
美のこととどういう関係があるのかますます訳が判らん。」
「鈍い男ね。勿論、私は人類史上でも稀に見る天才ではあるけれど、地球外知
的生物たちの力は計り知れない。私一人でその事業を完遂することが出来るか
どうかは心許ないの。だから……、子孫が必要なのよ。」
「子孫?」
「そう、私の才能を受け継ぎ、私の野望を引き継ぐことの出来る優秀な後継者
よ。しかしそれは私一人では作れないわ。私並みとまではいかなくても私に相
応しいだけの能力を持った配偶者が必要だわ。そしてその配偶者に相応しい人
材は私の知る限りではこの地球上に彼しかいないのよ。」
「“彼”というのはあいつのことか?」
「その通りよ。彼は計り知れない力を持っているわ。学業、スポーツ、容姿、
etc..、入学した頃と比べると信じられない程の進歩を示している。これ
らの事実は彼が唯の凡百の人間たちとは明らかに違う、ニュータイプだという
ことを如実に示している……。つまり彼は私と同じく選ばれた人間だってこと
よ。」
「・・・・。」
「でも彼の周りには邪魔な雌犬どもが群がっていた。彼の能力を考えれば彼女
らが惹きつけられるのも当然のことだけどね。でも私が世界の救世主を産む為
に彼女らの存在は邪魔者でしかなかったわ。」
「それで優美を利用したってのか?」
「ふふふ、そう通りよ。あなたの妹を使って彼の周りから邪魔な女どもを排除
したのよ。あの子の行動は全て小型の監視用ロボットでモニターしていたわ。
だから彼を屋上に誘い出した時にも、彼に薬が利いてくるタイミングを見計ら
って藤崎詩織を屋上に行くように仕向けることが出来たのよ。」
「なんだって? あいつが優美を押し倒したところを藤崎が目撃したのは偶然
じゃなくて、紐緒さんの仕業だったのか・・?」
「その通りよ。でなければ藤崎さんがあんなうまいタイミングで屋上なんかに
行く訳ないじゃない。あの子だって滅多に人が来ないことを計算して彼を屋上
に連れ込んだんだものね。それに二度目に薬を飲ませようとした時、あなたに
さっさと帰るようにとにせの手紙を出したのも私よ。」
「なるほど。俺も優美もあいつも結局は紐緒さんの思惑に振り回されてたって
ことか・・。」
「そういうことになるかしら。優美ちゃんをけしかけはしたけど、本当に既成
事実なんて作られたら私だって困るものね。つまり優美ちゃんには世界を救う
為の尊い犠牲になって貰ったって訳。世界を救う為に働けるなんて滅多にない
本当に名誉なことよ。私に感謝して貰いたいわね。」
「なんか小難しい理屈をつけてはいるけど、それってつまり紐緒さんもあいつ
に惚れてるってことだろ? で、自分の恋愛に邪魔な恋敵を排除する為に優美
を利用したってだけのことじゃないか!」
「な、何を言ってるのよ! 馬鹿なことを言わないで貰いたいわね。私は恋愛
なんて下らないことには興味ないわ。あくまで野望を達成する為の手段として
彼を必要としているだけよ。」
「そうかなぁ。図星を差されて少し声が上ずってるように聞こえるけど……。」
「ふん、あなたのような、色恋でしか物を考えられないような低能な人種には、
私のような天才の考えなんて理解出来ないのも無理ないわね。」

「しかし、そんなことを喋ってしまっていいのか? 俺がそのことを暴露すれ
ば紐緒さんだって困るだろうに。」
「ふふふ、その点は心配要らないわ。」
 そう言うと結奈は指をパチンと鳴らして合図した。すると数名の科学部員が
どこからともなく現れ、好雄を羽交い締めにした。
「な、なにをする、は、離せ!! 紐緒さん、どういうことだこれは!!」
「あなたには今のことは忘れて頂くわ。」
「なんだと!」
「私の開発した薬と催眠暗示を併用すれば、ある特定の記憶だけを選択的に消
去することが可能なのよ。」
「ま、まさか・・。」
「事実よ。そもそもその実験台にはあなたになってもらったんだけど……。」
「そんな馬鹿な。どういうことだ、それは!!」
「伊集院レイに関することでね。」
「伊集院? 奴がどうしたってんだ?」
「伊集院レイはね、実は女性なのよ。」
「なんだって?」
「あなたがその情報を掴んでしまった為、伊集院財閥から依頼されてあなたの
記憶を消去したのよ。やはり覚えていないようね。ま、私の技術が完璧なのは
今に始まったことではないけれど……。」

 そういうと結奈は科学部員たちに目を移し命令を下した。
「連れて行きなさい。」
 科学部員たちは従順に肯くと好雄を別室に連れて行こうとした。
「く、くそっ、やめろぉ、は、離せ〜〜っ!!」
 好雄は喚き散らしながらなんとかふりほどこうともがいたが、数人がかりで
押さえこまれてしまっていた為、どうにもならなかった。
「ふふふ、早乙女くん、あなたにも私の野望を達成する為の尊い実験台になっ
て頂いたって訳よ。感謝しなさい。もっともすぐにこんな話は忘れてしまうで
しょうけれどね。」
 結奈は、口許に妖しい笑みを浮かべながら、喚きたてる好雄を冷ややかな目
で見つめてそう呟いた。



〜エピローグ〜  世間一般に流布されている紐緒結奈のイメージと言えば、冷徹な孤高のマッ ドサイエンティスト。己の信条に強烈なプライドを持ち、理知の力と強靱な意 志力により、狂的な野心に邁進する絶対的な支配者というものが多い。  だが筆者は思うのだ。今回紹介したこのエピソードは科学者としてではない、 女性としての彼女の一側面を物語るものではなかったろうか? 彼女自身はそ れを恋愛ではなくあくまで野望の一貫として説明している。だがそれも初めて 経験する感情に対する戸惑いと彼女自身の衿持が言わせた言葉ではなかったか?  乙女に特有の恥じらいが結奈の心にも芽生えていたため、そのような理屈を 作ることで自分を納得させようとしたのではなかったろうか?  その後、結奈が彼と結ばれることがなかったのは史実の示す通りである。だ がもし彼女の思いが届き、彼と結ばれていたなら?  歴史にifは禁物だが、もし彼と結ばれていたなら、世界征服を目指すとい う以外の一人の女性としての人生が結奈にもあったのかも知れない。と思わず 空想を逞しくしたくなってしまうのだ。  後年、古式家の婿養子に入り、古式財閥の総帥となった“彼”は、世界征服 を目指す紐緒結奈と世界の運命を賭けた対決をすることになるのだが、二人の 運命の糸は高校時代から、既にその萌芽が芽生え始めていたのかもしれない。  なお本小説中に登場した“早乙女優美”という女子高生は、のちに女子プロ レスラーとなり、“ボンバー優美”というリングネームで一世を風靡した人物 であることは読者諸兄もご存じの通りである。                              <FIN> 参考文献 『素顔の紐緒結奈』 『紐緒結奈・人と思想』 『現代人物伝シリーズ第7巻・紐緒結奈』 『紐緒結奈自伝・我が野望』 『紐緒結奈の学生時代』きらめき市市史編纂委員会編 『小説・紐緒結奈』如月未緒著 『きらめき高校の思い出』藤崎詩織著 『紐緒結奈の超科学』きらめき高校科学部OB会編 『現代の神話・紐緒結奈伝』きらめき高校科学部OB会編 『我が妹、ボンバー優美』早乙女好雄著
  初出 1997年11月1日〜12月3日   PC−VAN アーケードゲームワールド   #3−6ときめきメモリアル #3965,#3992,#3993                 #4006,#4050,#4051                 #4072〜#4074   このSSは上記のボードに掲載されたものに、一部加筆修正を加えたもの   です。

あとがき


 あとがきで〜す。今回のSSはちょっと異様な雰囲気になってしまいました。

 惚れ薬ネタというとマンガ等ではよくありますが、単に惚れ薬というだけで
は当たり前すぎますので、一応、どういう原理で作られていて、どういう性質
を持った薬なのか? それなりに説明がつくような薬を設定してみました。
 以前、“魔法で人の心は変えることが出来ない”という設定のSSを書いた
ことがありますが、“科学で人の心を変えることが出来ない”というのはその
延長線上の設定ということになるでしょうか……。簡単に人の心をどうにか出
来るような薬を作られてはたまりませんもんね。

 このSSに出てくる“筆者”と名乗る人物は紐緒結奈の生きていた時代から
数十年後、既に紐緒さんが歴史上の人物となっている時代の一人の小説家かな
んかというような設定になってます。“筆者”は紐緒結奈という歴史上、稀有
の大事件を引き起こした人物に興味を持ち、彼女にまつわるエピソードを自身
の小説の形で描いてみせた、という感じですね。
 まあ、言ってみれば作家・司馬遼太郎が坂本竜馬という歴史上の人物に興味
を持ち、『竜馬がゆく』という小説を書いたのと同じようなものです。(こん
なこと言ったら故司馬遼太郎大先生に怒られるかな?(^_^;) このSSでは作
家自身もフィクションの中の登場人物だというところが違いますけど。)

 紐緒さんが主人公と最終的には結ばれなかったという設定になっているのは、
主人公と結ばれてしまえば、世界征服を断念しちゃいそうですし、私としては
それでは面白くない、とか思ってますんで、こういうことになってます。また
『緑の罠』の設定と合わせたという面もあります。唯、この後どんな風な経緯
で古式さんと結ばれることになるのか? という点については作者にもよく判
りません。(^_^;)

 因みに“参考文献”というのは冗談ですので気にしないで下さい。(^_^;)

と、いうことで……。読んで下さったみなさん、どうもありがとうございまし
た。またSSを書く機会がありましたら、よろしくお願い致します。

                      1998/04/18 眠夢

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