ときめきメモリアルショートストーリー

魅惑の香水


第四話『早乙女好雄の災難』の巻

【前回までのあらすじ】

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、そのクッキー食べちゃダメ〜ッ!!」
「えっ? 優美、どうしたんだ、血相変えて。パクッ、モグモグ、ゴックン。」


 止めようとしたが遅かった。好雄は一口でクッキーを食べてしまった。 『お、お兄ちゃんが惚れ薬入りのクッキー食べちゃった……。』  優美は顔面蒼白になった。“彼”が来るのを見越して、既にたっぷりと香水 はつけてしまった後である。これはやばい、やばいなんてもんじゃないよぉ。 “彼”に学校で惚れ薬入りのお弁当を食べさせた時のことを思い出した。あの 時、“彼”はまるで理性をなくしてしまったかのように優美に迫ってきたのだ。 しかも兄・好雄は“彼”とは比較にならない程、超スケベな男であることは妹 の優美が一番よく知っていた。ど、どうしよ〜・・・。  一方、好雄の方も優美とは別の理由で顔面蒼白になっていた。 「ぐ、ぐぇぇぇぇ〜っ、な、なんじゃこれは・・?? こんなまずいもの今ま で喰ったこともねーぞ!」  “彼”とは違って好雄はとっても正直だった。そもそも好雄には妹に対して 遠慮しなくてはならない理由などこれっぽっちもないのである。好雄は襲い来 る魔性の味に閉口し、悪態をつきながら大袈裟に顔をしかめた。 「なによっ! 勝手に食べておいて失礼なこと言わないでよ! あれっ、お兄 ちゃん?」  思わず悪態に反応して兄に喰ってかかろうとした優美だったが、振り向いた 好雄の目つきが変わってしまっているのに気付いて、さあ〜っと全身の血の気 が引いていくのを感じていた。あ、あの時の先輩とおんなじだぁ、お、お兄ち ゃん、目が行っちゃってるよぉぉぉ。  好雄は暫く何かを探すようにクンクンと鼻をひくつかせていたが、すぐに彼 の求める香りが優美から漂ってきていることに気付いた。  同時に体の奥から得体の知れない衝動が湧き出してくるのを感じていた。そ れは例えてみればHなビデオを見た時に感じるような、体の奥から熱く突き上 げてくるような興奮・・、あの感覚に近いものだった。  好雄はじりじりと優美に近づいてきた。優美から漂ってくる芳醇な香りと体 の奥からこみあげてくる衝動が、優美に対しての異常な関心を招き寄せていた のだ。 「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん、何するつもりよ。」  優美は思わず後ずさりしながら喚いた。しかし優美の必死の言葉も好雄の耳 には届かなかった。好雄は最早、体中に充満した衝動に支配されてしまい、そ の衝動を満たしたい、という願望のみで頭の中が占められてしまっていたのだ。 当然、まともな理性は吹き飛んでしまっていて優美の言葉に注意を払う余裕な ど残ってはいなかった。  好雄が優美に向かって腕を伸ばす。優美は無茶苦茶に腕を振り回して逃れよ うとしたが、あっと言う間に好雄に抱きすくめられてしまった。そのまま優美 をその場に押し倒そうとする。抵抗しようとしたが思わぬ強い力で抵抗を封じ られ、優美は成す術もなくその場に倒れこんだ。  手足をばたばたさせようとしてみるがしっかりと押さえこまれてしまってど うにもならない。優美は激しく動揺していた。普段、好雄とプロレスごっこの ようなことはよくやるのだが、優美は一度も負けたことがなかった。喧嘩をし た時も同様に、口でも取っ組み合いでも絶対に兄には負けない自信があった。  だが今日の好雄は違った。優美が抵抗しようとしても全く効果がないのだ。 いつもは妹相手だから好雄も力を抜いてくれていたのだろう。本気を出した兄 の力にはか弱い優美の細腕ではどうにもならなかった。  優美の心の中に恐怖心が芽生え始めていた。好雄に押さえこまれてガタガタ と小刻みに震えている。優美は生まれて初めて兄に対して男の怖さを感じてい たのだ。いつもは兄など軽く扱って、すっかり尻に敷いていたのだが、今は完 全に立場が逆転していた。  このままだと本当に“キンシンソーカン”をしてしまう羽目になりかねない。 ゆ、優美はまだキスもしたことないのに……、初めての相手がお兄ちゃんだな んて、そんなのってないよぉ!  好雄の右手がスカートに侵入する。そして優美の太股を這いずりまわりなが ら徐々に鼠蹊部へと向かって上昇していった。  好雄の手の動きに伴って優美はなんだかぞくぞくするような感覚に襲われた。 なんだか鳥肌が立ってしまいそうな、それでいてなんだか・・・・。なんとも 言えないような不可思議な感覚が好雄の指の触れた部分から伝わってくる。 「や、やめて、お兄ちゃん。」  優美は叫ぼうとしたのだが、かすれたような声しか出せなかった。すっかり 脅えてしまっていたため、思うように大きな声が出せなかったのである。当然、 我を忘れている好雄の耳には届かない。好雄はスカートの中で更に大胆に右手 をうごめかせている。そしてついに好雄の指が優美のパンティーにかかった。 『い、いや、いやだぁ、助けて! 誰か助けてぇぇぇぇ!!』                    * 「優美ちゃんいないの? あれ、開いてる。」  その時、ドアの方から声が聞こえてきた。それと同時にドアが開いて誰かが 家の中に入ってきた。 「お邪魔しま〜す、・・・えっ?」  声の聞こえた方を見ると優美が待ち焦がれていた“彼”が顔面に驚愕の表情 を貼りつけて二人の様子を見つめていた。優美との約束通りやってきたのだが、 思いもしない光景に出くわしてしまったため呆然と立ちつくしている。 「あ、せ、先輩。」 「お、お前ら、一体何をやってるんだ!?」  彼の声は心持ち震えているようだ。とんでもないものを見てしまった、とい う自覚が彼をうろたえさせていたのだろう。  一方、優美もまたうろたえまくっていた。  ど、どうしよう、どうしよう、どうしよう〜っ!!こんなところを見られて しまうなんて……。先輩、誤解しちゃう・・・!!  優美は頭の中がパニックになってしまって、好雄の体の下で必死になっても がきまくった。ちょうどその時、“彼”の出現で少し注意をそらされたらしく 好雄の力が緩んだ。その隙をついて優美はええ〜いとかけ声を掛けて、好雄を 投げ飛ばしてしまった。普段から好雄とのプロレスごっこでプロレス技を磨い ていたことが役に立ったのである。 「うわぁぁぁぁ〜〜〜っっ!!」  好雄は宙を飛び、一回転して頭から床に激突した。 「うう〜ん。」  一声唸ると好雄はそのまま床の上で気絶してしまった。 「あ、あの、先輩、こ、こんにちは。」  優美は慌ててめくれあがったスカートを直して立ち上がると、彼に向かって 取り合えずそう言った。心持ち声が上ずってしまったのは仕方のないところだ ったろうか……。  しかし彼は優美の言葉には答えず、ショックの余韻が残っているような表情 のまま呟いた。 「まさかお前たちがそんな仲だったなんて……。」  や、やば・・・、先輩やっぱり誤解しちゃってる・・。なんとかして誤魔化 さないと……。 「えっ、ち、違いますっ、違うんだってば。これには深い訳が……。 「訳って?」 「あの、そう、プロレスごっこよ、プロレスごっこ。お兄ちゃんとプロレスご っこをやってたの!」  優美は慌ててそう言って誤魔化そうとした。しかし彼は疑うような目つきで 優美と好雄を交互に見比べている。 「ほ、本当ですっっ!! お兄ちゃんといつもプロレスごっこやってるってこ と、先輩もよく知ってるでしょう?」 「それは知ってるけど……、だけど今のはなんだかプロレスには見えなかった ような……。」 「そんなことありません! プロレスですっ! 先輩はあんまりプロレス見に 行かないからよく知らないだけなんですっ!!」 「そんなもんかな。」 「プロレスじゃないなら一体何に見えたんですかっ!!」 「何って・・・・、そ、そうだな、プロレスだったかも知れないな。優美ちゃ んがそう言うなら……。」  優美が必死になって力説するので、彼もどうやら思い違いだったかも……、 という気持ちになってきたようである。それにいくらなんでもキンシンソーカ ンだなんて、ドラマやマンガの中では時々あるけど、現実に身近なところにそ んなことがあるだなんて信じたくなかったのだ。それで優美の苦しい言い訳に も納得しようという気になったのかも知れない。 「あ、あの先輩、すみませんけど、今日はもう帰って下さい。」 「でも大事な話があるって・・・。」 「う、うん、そうなんだけど、お兄ちゃんが帰ってきちゃったし、それに頭を 打ったみたいだから手当しないといけないし……。あの、そういうな訳ですか ら大事なお話はまた今度ということにして下さい。」 「それなら俺も好雄の手当を手伝おうか?」 「いいんですっ! 私一人で出来ます!」 「本当に大丈夫?」 「大丈夫です。だから先輩は帰って下さい。また今度ね。」  優美はそう言うと追い立てるように彼をドアの外に追い出した。玄関のドア を締めて、ふう〜っと一つため息をつく。  まったく・・、なんでこんなことになっちゃうのよ!! 優美は泣き出した い気分でその場に突っ立っていた。                    * 「う〜ん、いててて。」  好雄が目を覚ましたのはそれから一時間程過ぎてからだった。頭を打った影 響か少し頭がぼんやりしているらしく、焦点の合わない目でぼお〜っと座り込 んでいる。  一方、優美は“お兄ちゃんが心配だし……”というようなことを言ってはい たが、好雄などほったらかしにして、自分の部屋に籠ってしまっていた。はっ きり言って優美にとっては兄のことなどどうでもよいのだ。それよりも彼にあ の場面を見られてしまったこと、そのショックの方が大きかった。  好雄は暫く頭に出来た大きなたんこぶをさすりながら、ぼけっとそのまま座 り込んでいたが、やがて少しずつさっきのことが脳裏に蘇ってきた。 『夢・・・、だったのかな?』  そう思って自分の右手をまじまじと見つめる。その手にはまだ優美の太股の 若々しい肌の手触りが残っているように感じられた。頭がはっきりしてくるに つれて、それは更に鮮明に思い出されてきて、やはり夢ではなかったのだと自 覚せざるを得なくなった。それとともに好雄は全身の血の気が引いていくのを 感じていた。 『さっきの俺はどうしてしまったんだ。よりにもよって妹に迫ろうとしてしま ったなんて……。俺って、俺って、もしかしたら欲求不満だったんだろうか… …。確かに女の子を追いかけまわしていながら、ちっとも報われずにいたもん な。でもだからといってなんで優美に……? まさか知らず知らずのうちに俺 は優美に惚れてしまっていたのか・・? 優美は妹だぞ! そんな馬鹿な!』  好雄は激しく混乱していた。しかし自分が優美にあのような行為をしてしま ったこと、それは取り消しようのない事実なのだ。  彼は確かに女の子を追っかけることに夢中だったし、優美は自分の妹ながら なかなか可愛い奴だと思ってはいた。しかし優美は妹である。しかもかわいい ことはかわいいがガキっぽいし、乱暴だし、到底、好雄の目から見て“女”の 範疇に入るような相手ではない。好雄の理想は結構高いのである。それなのに どうしてあんなことをやってしまったのか……。  好雄は必死に気持ちを静めようとした。そしてなんとか冷静にさっきのこと をもう一度よく思い出そうとした。 『あの時、俺は優美の作ったあのくそまずいクッキーを食って……。』  好雄ははっと気がついた。そうだ、あのクッキーを食べて、その悪夢のよう なまずさに身もだえしている内に、なんだか凄く気になる香りが漂ってきて、 同時に身体が熱くなってきたんだ。もしかするとあのクッキーになにか秘密が あるんじゃ……。                    * 「あ、お兄ちゃん、目が覚めたんだ……。」  ちょうどその時、優美が戻ってきた。“彼”にあんな場面を見られたことで ショックを受けていたのだが、気絶してしまった好雄のこともちょっぴりは気 になってはいたらしく様子を見にきたのだ。  たぶん、大丈夫だとは思ったものの薬の効果がまだ切れてなかったりしたら、 さっきの二の舞になりかねないので、優美はいつでも逃げ出せる態勢で恐る恐 る好雄に声をかけた。 「おい、優美! あれは一体どういうことだ?」  優美に気付くと好雄は掴みかからんばかりの勢いで問い詰めた。 「えっ? な、なんのこと?」 「あのクッキーだよ。一体なにが入ってたんだ?」 「何って別に……。」 「嘘つけ。あのクッキーを食べた途端になにか変な気分になったんだ。なにも ない筈がない!」 「ホントだよ!! 惚れ薬なんて入ってないってば!!」 「惚れ薬??」  優美はうっかり口を滑らせて、“しまった”とばかりに口許を押さえたが後 の祭りだった。 「おいっ、なんなんだ、その惚れ薬ってのは!?」 「ち、違う違う! “惚れ薬”じゃなくて、“これ、薬なんて入ってない”っ て言ったのよ。」  優美は慌てて否定しようとしたのだが、好雄の目は誤魔化せなかった。なん といってもずっと一緒に育ってきた兄妹である。その好雄にこんなちゃちなご まかしが通用する訳がないのである。 「そんな間抜けな言い逃れが通用するとでも思ってんのか? じゃ、なんでそ んなに慌ててるんだ?」 「そ、それは・・・。」 「そう言えばあいつもお前を押し倒した時にはお前の作ったお弁当を食べてた って話だったっけ。まさかあの時の弁当にも……?」 「本当に惚れ薬なんて知らないってば! 大体、そんなものどうやったら手に 入るのよ。」 「それはそうだが、でも惚れ薬みたいな不思議なものでも、作れそうな人物は 全くいない訳じゃないぜ。」 「うっ・・・。」  そう言われて優美は言葉に詰まってしまった。紐緒結奈に惚れ薬を依頼に行 く少し前に、好雄に結奈のことをしつこく聞き出そうとしたことを思い出した のだ。きっと好雄もその時の会話を思い出しているのかも知れない……。 「まさか本当に紐緒さんにそんなものを作って貰いに行ったのか?」  優美は下を向いて黙りこんでいた。 「確かにあの時俺は、“紐緒さんなら惚れ薬でも作れるかも知れない”って言 ったけど……、まさか本当に作って貰いに行ったなんて……。」 「で、でも紐緒先輩の話だと本物の惚れ薬じゃないって。惚れ薬もどきなんだ って。」 「惚れ薬もどき?」 「うん、香水の力で相手を惹きつけて、それと性欲を増進させるのと二段構え の薬なんだって。」 「性欲増進??」 「だ、だって、私が彼を振り向かせるには既成事実を作るしかないって、紐緒 さんが言ったんだもの……。」 「で、あいつにそれを使ったって訳か。」 「う、うん。」 「なるほど、それで判った。あいつがお前を押し倒すなんて変だと思ったんだ。 あいつには別に本命がいるからな。」 「本命って・・?」 「それは俺の口からは言えないな。しかしまさか本気であいつを相手に既成事 実を作るつもりだったのか?」 「だって、この間は中途半端だったし……、先輩の気持ちをしっかりと繋ぎと めておきたかったんだもん。」 「馬鹿野郎っっ!!」  好雄はいきなり優美を怒鳴りつけた。優美は思わずびくっとしてしまった。 いつもちゃらんぽらんなお調子者でしかない兄が、こんな真剣な目をして怒る のを今まで見たことがなかった。 「そんなに自分をそまつにするもんじゃないぜ! それにそんなことをして無 理矢理相手を繋ぎとめようとしたって、そんなの本当の愛じゃないだろ? そ んなことで恋人同士になったとしても絶対幸せになんかなれやしないさ。」  なんだか偉そうなことを言っている好雄である。しかし彼は彼なりに妹のこ とを心配しているのだ。優美は黙って兄の言葉を聞いていた。いつもなら好雄 の言うことを聞くような優美ではないのだが、兄のいつになく真剣な調子に逆 らえないものを感じていた。 「紐緒さんも紐緒さんだ。優美みたいなガキになんちゅう危ないこと吹き込む んだ。とにかく・・このことははっきりさせといた方がいいな。女の子の間じ ゃあいつの評判はガタ落ちだ。あれじゃあまりにも気の毒だぜ。俺もそんなこ ととは知らないであいつにひどいことを言っちまったし……。」 「優美が惚れ薬を使ったってみんなに教えちゃうの?」 「ああ、そうだ。」 「やめて、お兄ちゃん、お願い……。そんなことしたら私の評判が落ちてしま うわ。」 「それはそうだが、自分で蒔いた種だしな。」 「だってだって、私、先輩が大好きなんだもん。なのに先輩は私のこと友達の 妹としか見てくれないんだもん。」 「そりゃ、実際に年下なんだから、あいつの目にも子供っぽく映るのも仕方な いさ。でもお前だって、あと二年もすれば努力次第で藤崎や虹野にも負けない ようないい女になれるかも知れないぜ。俺の口から言うのもなんだけど、お前 だって同じ学年の間ではアイドルだって話だし、なかなかかわいいし……。別 に焦って惚れ薬なんか使わなくてもよかったんだ。」 「だ、だって、だって、ひっく。」  優美は泣き出してしまった。嘘泣きの得意な優美ではあったが、この時ばか りは嘘泣きではなかったようである。  それは好雄も感じたらしく、そんな優美の悲しそうな様子を見るに忍びなく なってきた。なんだかんだ言っても優美は好雄にとってはかわいい妹なのであ る。 「判ったよ。もう泣くな。このことは黙っておいてやるよ。でももう二度とそ んなもの使うんじゃないぞ。」 「うん。」  そう答えると優美は肩を落として自分の部屋に帰って行った。 『それにしても……。』 と、優美の背中を見送った好雄は思った。問題は紐緒さんだよな。優美みたい な単純馬鹿にあんな危ない薬を渡すなんて……。  それに紐緒さんが優美なんかの依頼をしかもタダで引き受けたなんてどう考 えてもおかしい。道楽や親切心でそんなことやるような人じゃないもんな。紐 緒結奈は常に冷静に利害を計算して生きている女だ。何か企みでもなければ、 優美に惚れ薬を渡したりする訳がない。  しかしあいつと優美の間に既成事実を作らせて、紐緒さんに一体どんなメリ ットがあるんだろう……。紐緒さんだってあいつに関心を持っていない訳じゃ ないのに……。  とにかくこれは紐緒さんに直接会って真意を問い質すしかないな。                              <つづく>
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