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新潮記・ちくしょう谷 山本周五郎長編小説全集20巻

書名:新潮記・ちくしょう谷 山本周五郎長編小説全集20巻
著者:山本 周五郎
発行所:新潮社
発行年月日:2014/9/25
ページ:454頁
定価:1600 円+税

新潮記は嘉永3年(1850年)頃を時代背景として、幕末の尊皇攘夷思想に大きな影響を与えた藤田東湖が水戸に在住いる。その藤田東湖に会うために、水戸徳川家と姻戚関係のあった讃岐高松藩松平家の家臣校川宗兵衛の妾腹の子である早水秀之進という青年と讃岐藩内の尊王攘夷派を経済的に支えた豪商「太橋家」の次男太橋大助の2人が讃岐から江戸、そして水戸への旅をする。駿河に至ったときに思い立って早水秀之進が富士山に登ると言う。しかたなく大助も同道するが、そこで尊皇攘夷思想を持って脱藩し、瀕死の状態になった兄と彼を看病している藤尾という娘と出会う。こんなところから物語は始まる。激動する幕末の時代を生きた若者達を描いている。昭和18年の作品

本書より
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「歴史の変転は少なくなかったが、概して最大多数の国民とは無関係なところで行われた。平氏が天下を取ろうと、源氏が政権を握ろうと、農夫町民に及ぼす影響はいつも極めて些少だった。云ってみれば、平氏になっても衣食住が豊かになる訳ではないし、源氏になったから飢えるということもない。合戦は常に武士と武士との問題だし、城郭の攻防になれば土着の民は立退いてしまう。戦火が収まれば帰って来てああこんどは源氏の大将かといった具合なんだ。・・・いいか、この二つの上に豊富な自然の美がある。春の花、秋の紅葉、、雪見や、枯野や、蛍狩り、時雨、霧や霞、四季それぞれの美しい変化、山なみの幽遠なすがた。水の清さ、これらは貧富の差別なく誰にでも観賞することができる。夏の暑さも冬の寒気も、木と泥と竹や紙で造った簡易な住居で充分に凌げる・・・こういう経済地理と政治条件の下では、どうしても宗教に救いを求めなければならないという状態は有り得ないんだ」


ちくしょう谷は昔、流人ばかりを集められていた村で、そこは「ちくしょう谷」と呼ばれ、住民は農耕を知らず、けもののように暮らしていた。江戸へ剣術修行に出ていた朝田隼人は短気な一徹者だった。しかし兄が決闘によって死んだことを聞き国元へ帰る。兄はある男の罠にはめられて決闘をせざる状態になってしまった。家督を継いだ朝田隼人は兄嫁、その息子としばらくは暮らしていたが、流人村の木戸番頭を志願して「ちくしょう谷」に赴任する。そこには兄を貶めた男がいた。そして朝田隼人にいろいろと妨害をしたり、命を狙う。「ゆるすということは難しいが、もしゆるすとしたら限度はない」というテーマで「罪」と「ゆるし」に迫る作品。どこかキリスト教の影響が多く見られる。
「その人の罪は、御定法で罰せられないとすれば、その人自身でつぐなうべきだ」この難しいテーマを持ち込んでいる。