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千すじの黒髪 わが愛の與謝野晶子

書名:千すじの黒髪 わが愛の與謝野晶子
著者:田辺 聖子
発行所:文藝春秋
発行年月日:1972/2/15
ページ:366頁
定価:1200円+税

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき
鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな

教科書にも出てくる明るく、語調の良い短歌とか「君死にたもうことなかれ」「源氏物語」など著作が多い女流天才歌人与謝野晶子、その生涯を田辺聖子が歌と共に綴る物語。堺の菓子舗の三女として生まれ、少女時代は父の書斎にある「古今集」(920年)「新古今集」(1204年)をはじめ、「源氏物語」「大鏡」古典作品を読んでは、文学とロマンスの世界にふけっていた。なに不自由なく育った晶子。

その晶子が西洋文明を一杯吸収して既存の概念を捨ててながら、因習の中で苦闘しながら鉄幹のもとに。また鉄幹も既存と秩序とは全く異なった存在。2人とも其の時代に合っては異端者(エイリアン)その2人を短歌に載せて田辺聖子が明治30年代を旅をする。短歌の評論ではなくただの鑑賞者としての眼で綴っている。晶子と鉄幹遠くから眺めている分には良いけれど自分と関わりがあるとなるととんでもない奴だと毛嫌いしそうな行動、言動をとっている。歌の世界はフィクション、私生活は全くダメな2人を遠慮会釈なく描いている。

明治の文人はこんな人々が多かったようだ。勿論経済的にはどんどこの貧乏な生活、家族、子供もしっかり貧乏に浸っていた。今の世では考えられない生活。最初は薄田泣菫に憧れ、後に鉄幹に憧れた晶子、絢爛たる恋のほむらを燃やす女流歌人が赤裸々に歌っている。生涯5万首の歌を詠んだと言われている晶子。そして親友でもあり、恋い敵山川登美子など鉄幹に関係する女達、なかなか面白い構図に改めて感心する。なかなかの力作です。

望郷の歌
わが故郷(ふるさと)は、日の光?の小河にうはぬるみ、
在木(ありき)の枝に色鳥(いろどり)の咏(なが)め聲(ごゑ)する日ながさを、
物詣(ものまうで)する都女(みやこめ)の歩みものうき彼岸會(ひがんゑ)や、
桂をとめは河しもに梁誇(やなぼこ)りする鮎汲みて、
小網(さで)の雫に淸酒(きよみき)の香をか嗅ぐらむ春日なか、
櫂の音(と)ゆるに漕ぎかへる山櫻會(やまざくらゑ)の若人が、
瑞木(みづき)のかげの戀語り、壬生(みぶ)狂言の歌舞伎子(かぶきこ)が
技の手振の戲(ざれ)ばみに、笑み廣広ごりて興じ合ふ
かなたへ、君といざかへらまし。
薄田泣菫 (1877-1945)

山川登美子
髪ながき少女とうまれしろ百合に額(ぬか)は伏せつつ君をこそ思へ
聖壇(せいだん)にこのうらわかき犠(にへ)を見よしばしは燭(しよく)を百(ひやく)にもまさむ
そは夢かあらずまぼろし目をとぢて色うつくしき靄にまかれぬ
日を経なばいかにかならむこの思たまひし草もいま蕾なり

海恋し潮の遠鳴りかぞへては 少女(をとめ)となりし父母の家
その子二十(はたち)櫛にながるる黒髪の おごりの春のうつくしきかな