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紫匂う

書名:紫匂う
著者:葉室 麟
発行所:講談社
発行年月日:2014/4/15
ページ:293頁
定価:1550円+税

凡庸な勤めに留まる夫・蔵太、心極流の達人と言われているがその片鱗も見せない夫、二人の子供とともに穏やかに暮らすその妻・澪。その澪の前に一度だけ契りをかわした笙平があらわれる。江戸に出て側用人まで努めた。出世したかつての想い人との再会に澪の心は揺れる。笙平はお役目をしくじり、国元へ連れ戻される途中脱走してきた。賄賂を受け取ることを拒否したために大老からお役御免、国元で謹慎、もしくは切腹を命じられるかもしれない。そんな笙平に手を差し伸べたのは澪だった。
藩主の母・芳光院様が歌会を催す山荘・雫亭に笙平を匿った。

『万葉集』巻一の第20番目の額田王の詠んだ歌
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
天武天皇の歌
紫のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに吾恋ひめやも

夫と妻、そして妻に恋慕する男(天智天皇、額田王、天武天皇)をなぞっているようなストーリー、夫・蔵太、妻・澪、笙平。妻の行動にも動転もせず夫の蔵太は妻を助ける。そして今まで全く知らなかった夫の性格、思いやり、行動力、剣の技を実感する。蔵太がむらさきの白い花を澪に見せたくて植えて置いたが、澪は雑草と間違えて引き抜いてしまう。娘に教えられて気がつく澪。人妻の恋、その夫は妻の一番近くにいた大切な人だと気がついて終わる物語。遠くに幸せがあるのではなく、自分の今の生きるところそこが大切な場所。当たり前のことを気付く物語。

本書より
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「ひとの生き様はせつないものだな」
という蔵太の淡々とした言葉を聞いて、澪は思わず口にする。
「わたくしにも迷いがあったように思います。
どうすればひとは迷わずに生きられるのでしょうか」。

蔵太はぽつりと、
「さようなことはわたしにもわからぬ。
ただ、迷ったら、おのれの心に問うてみることだと私は思っている」

「おのれの心に問うてみる。。。。。。。」
小声で繰りかえし、澪は思いをめぐらす。
「知恵を働かせようとすれば、迷いは深まるばかりだ。
しかし、おのれにとってもっとも大切だと思うものを
心は寸分違わず知っている、とわたしは信じておる」
蔵太の答えが澪の胸にしみ、
わからぬこと、迷ったことは、わが心に問えばいい。
その通りだ、と澪は思った。

「紫草が花をつけているようだな」
蔵太に不意に告げられて、澪は庭に目を落とした。
庭の隅に小さな白い花が咲いている。
屋敷の門のそばにも、この白い花を見せたくて
蔵太が紫草の種をまいたのだが、澪は知らずに雑草と勘違いして
抜いていたことも。

村田涼平 : 新聞連載小説 「紫匂う」
http://www.tis-home.com/ryouhei-murata/works/44