書名:海軍
著者:岩田 豊雄(獅子文六)
発行所:中央公論社
発行年月日:2001/8/25
ページ:373頁
定価:724円+税
作者岩田豊雄は獅子文六の本名、本名で書いた昭和17年の新聞(朝日新聞)連載小説。真珠湾攻撃に参加した特殊潜航艇による「特別攻撃隊」をテーマに
後で真実は明らかにされるが、真珠湾攻撃の時、空母機動部隊の艦載機(零戦)による空襲以前に,特殊潜航艇が,米軍哨戒機に発見され,米海軍駆逐艦に攻撃されている。撃沈確実と思われる。甲標的は1-2隻が真珠湾内に突入するのに成功、魚雷を発射したようだが,戦果はなかった。
しかし、当時の日本では,開戦劈頭の大戦果として,特殊潜航艇も米艦船撃沈を成し遂げたように戦果が公表された。決死の覚悟で出撃した甲標的の搭乗員10名は賞賛された。しかし,酒巻和男少尉は捕虜となったため,1名少ない9名のみが「軍神」としてたたえられた。(九軍神)
この事実を知らなかった著者が横山正治中尉(後2階級昇進して中佐)をモデルに描いた作品です。これが後の公職追放の原因にもなっている。
この作品は谷真人(モデル横山正治中尉)の誕生から小学校、中学校、海軍兵学校を経て「特別攻撃隊」に参加し戦死するまでを描いている。文才が豊かな著者ですので九軍神にスポットをあてずに海軍、兵学校、の仕組み、規律、その生徒・教師達を描くことによって戦争を昂揚させるところが一杯。
また、作者自身も陶酔しているところがあるので、「お国のために命を捧げる」ことが当たり前、そんな雰囲気が戦争に向かうにつれて出てくる。したがって谷真人も特殊潜航艇による「特別攻撃隊」に志願して参加している。公権力が強制して監視社会を作るのではなく、仲間達がみんなそんな雰囲気にして行く過程がよく分かる。自衛隊の戦争参加?などを考えるとき非常に参考になる本だと思う。
軍人、軍人魂を徹底的に美化した点においては好戦的愛国的な作品。戦争をあおったとは言えないかもしれないが、昭和17年に発表されたこの作品に感化され、いたずらに若い命を散らした青年も少なくはなかったはず。谷真人は自分で望んで軍人になり、それなりのエリート教育を受け、志願して魚雷2本を装備した特殊潜航艇に乗り込んだ。
しかし多くの青年は徴兵で強制的に連れてこられ、劣悪な環境で落としたくもない命を落とした青年の方が圧倒的に多かったはず。一部の人達を神にして英雄的に扱う。しかし英雄は虚像だった。でも著者はそれを知らなかった。皮肉な作品です。
「文六」と云ふ筆名は、小林秀雄が『牡丹』と題したエッセイに書いてゐる処に拠れば、「自分は文士には違ひないが、文豪などと言はれるのよりは、少しは増しな文士である」と云ふ意味らしい。