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日本人の叡智

書名:日本人の叡智
著者:磯田 道史
発行所:新潮社
発行年月日:2011/4/20
ページ:223頁
定価:720円+税

先人達の言葉にこそ、この国の叡智が詰まっている。戦国~現代の人物を扱って、年代順に並べてある。約五百年にわたる日本の歴史の道程で生み出された98人の言葉と生涯を、1人につき見開き2ページで判りやすく説明している。歴史の中には忘れ去れてしまった。名も残さず市井に埋もれている素晴らしい日本人がいる。そんな人々の珠玉の名言なども紹介している。

著者は
『毎日のように、薄暗い書庫の中に入り浸り、汚い床に座り込んで、ほこりのなかで古書をむさぼり読む。食べるものを食べず寝るのも忘れて、この陶酔の時間に、はまり込んでいってしまったが為に、あるときは書庫のなかで倒れ、とうとう図書館から救急車で病院に搬送されてしまったこともある。しかし、これがすきなのだから仕方がない。』(10ページ)とはじめに書いているが、こんな書庫で見つけた名言、人物、生涯に感動をした様を十分伝えてくれる。

ちょっと気になった名言を並べてみました。

内田百聞(1889-1971年 夏目漱石門下の小説家)
「学問はむしろ忘れるためにする。はじめから知らないのと、知ったうえで忘れるのでは雲泥の差がある。学問がその人に効果を発揮するのは忘れたあと」

読んだ本の内容など記憶に残っているようでいて意外と忘れてしまうことが多い。内田百聞は「忘れて良いのです」それがあなたの頭の中からほとばしる教養となってあらわれて来るものですよと言っている。

松平定信(1759-1829年 老中 白川藩第3代藩主 徳川吉宗の孫 寛政の改革)
隠すと申すは、潔白ならぬより起り候、此方は腸(はらわた)を出して、政事を致す心底に候
当時は何でも隠して、見せない、知らせないが当たり前だったように思うけれど幕政、収支など隠さずオープンにしたとのこと。隠すのは潔白でないからだと言っている。今の政治家も肝に銘じて欲しい。

新名丈夫(1906-1981年 毎日新聞記者、評論家)
じっさいの政治は、楽屋裏で各省の官僚がやっている。議会では、たんにおしゃべりがおこなわれているに過ぎない。

寺田栄吉(1902-1993年 大日本紡績役員、衆議院議員)
予算を見せられる時にどういう経路によってでてきたか。我々には、ほとんどわからぬところに私は非常に矛盾を感ずる
この2人は同じ箏を言っている。日本の予算の判りにくいこと甚だしい。特別会計?もっと明朗にすべきと言っている。現代でも十分通用することですね。

山岡鉄舟(1836-1888年,剣・禅・書の達人)
「困難もひとの所為(せい)だと思ふとたまらぬが、自分の修養と思へば自然楽地のあるものだ。」
最後の武士道、武士道に生き、武士道に死んだ鉄舟。極貧もまた修養とは

本間玄調『内科秘録』(1804-1872年, 幕末の水戸藩医)
「治療に臨んでは地球をひとつの大国だと思い、薬品、治療法、医学論まで、地球上で一番良いと思われるものを選び、日に試み、月に験(ため)す」
この人は幕末の「神の手」を持った外科手術の名医です。

水野勝成(1564-1651, 武将。備後福山藩初代藩主)
「味方が多い所では強気になり、味方がいない所では弱気になることは恥」

中根東里(1694-1765年, 江戸中期の儒者, 陽明学者)
「出る月を待つべし。散る花を追うことなかれ」

司馬江漢(1747-1818年, 江戸時代の絵師、蘭学者。浮世絵師の鈴木春重と同一人物)
「人、一生涯、衣食住の為に求め得る処の諸器諸家具、己に得んとて利を争いて求め得る処の物は、皆塵なり」
緒方洪庵(1810-1863年, 江戸時代後期の武士(足守藩士)、医師、蘭学者)
「事に臨んで賎丈夫となるなかれ」 
本多静六(1866-1952年, 林学博士、造園家)
「知識は小鳥のようなもので、飛んできた時に捕えて籠に入れなければ自分のものにできない」
西郷隆盛(1828-1877年, 武士(薩摩藩士)、軍人、政治家)
「偉い人とは大臣とか大将とかの地位ではない。財産の有無ではない。世間的な立身出世ではない。一言につくせば、後ろから拝まれる人。死後慕われる人」
こんな人はなかなかいないだから余計目立つ。目立ちたがり屋はこうはいかない。

山本玄峰(1866-1961年, 禅僧。静岡県三島市 龍沢寺住職)
「死んでから仏になるはいらぬこと。この世のうちによき人となれ」

加藤唐九郎(1897-1985年, 陶芸家)
「相手を傷つけないで、自己の欲望だけを満たしていく手段、方法として、人間が最後に発見したものが芸術である」
これは非常に含蓄のあることばですね。芸術に志している人、これを読んで恥じないように

勝海舟(1823-1899年, 武士(幕臣)、政治家)
「人材などは騒がなくつても、眼玉一つでどこにでも居るヨ」
人はその所属するグループの規範で行動、考える。規範の中で人がいないと騒ぐな、価値観を転換すればいくらでも人はいる。勝らしい。

細川重賢(1721-1785年、熊本藩八代藩主)
「国家を治め身を治めるのも、みな金銀米銭の取り扱いようから万物が起きる。大名とて、これを家臣任せにするな」
大名であっても人任せにするな、自分でちゃんとみなさいよ。

細井平洲(1728年-1801年 儒学者 上杉鷹山の師)
「十人に三人とも、不良の臣交りつかうまれば、七人の忠良は有てもなきが如し」
上杉鷹山が有名ですが、その師細井平洲が偉かった。

渡辺崋山(1793-1841年 田原藩家老、画家)
「まず朝は召使より早く起きよ」「十両の客より百文の客を大切にせよ」「買い手が返しにきたならば売るときより丁寧にせよ」「繁盛するに従い倹約せよ」「開店のときを忘れるな」「同商売が近所に出来たら懇意を厚くし互いに励めよ」

島津斉彬(1809-1858年 薩摩藩11代藩主、島津氏第28代当主)
「人材は一癖あるものの中に撰ぶべしとの論は、今の形成には至当なり」 
使いにくいものであっても使え、西鄕隆盛などは一癖も二癖もあった。使いやすい人間だけを使うな。

黒沢庄右衛門(1796-1859年 武士、中津藩士)
「うらやましがられぬ様二いたす事、身を守るの一助とうけたまわる」
ちょっと出世したり、人に認められたりすると天狗になって得意になってしまう。しかし大事なのはうらやましがられぬように。

緒方洪庵(1810-1863年 医師、蘭学者)
「事に臨んで賎丈夫となるなかれ」 

橘曙覧(1812-1868年 歌人)
「うそいふな。ものほしがるな。からだだわるな」
極貧の歌人の魂の叫び、うそを言わないのは人の為にあらず、自分の心が穏やかに過ごせる第一歩だと。

秋山好古(1859-1930年 陸軍軍人 陸軍大将)
「ローマの滅びたるは中堅なくして貧富の懸隔甚しかりしが故なり。露帝国も然り」
格社社会をよく洞察している。凡庸、中堅、普通が国を支える。これを知れですね

小川芋銭(1868-1938 画家)
「生とは我が物のようで実は我が物でない。我が物でない生をいかに極愛しても、いつまでも永く愛せるものでもない。ただ生きる間を無駄遣いせず、最もよく正当に生きる」

三浦梅園(1723-1789年 医者 思想家・自然哲学者)
「理屈と道理のへだてあり。理屈はよきものにあらず」
現代は理屈がまかり通っていますね。でも理屈はやっぱり理屈。よきものにあらず

横井小楠(1809-1869年 儒学者 熊本藩士)
「学問を致すに、知ると合点との異なる処、ござ候」
横井小楠と勝海舟の考えていたことを坂本龍馬が実行した。維新志士たちの思想的なバックボーン。知ることは出来ても合点はなかなかいかないものですね。

江村専斎(1565-1664年 医師、儒学者)
食を喫する些か、思慮も些か、養生も些か
これも現代に十分通用しますね

堀勝名(1717-1793年 藩主細川重賢を補佐して熊本藩藩政改革(宝暦改革)を推進した)
「旧典なりといえども、治平久しく、今に至りては、時勢人情に齟齬し、処置の当たらざることあり」
堀勝名は熊本藩藩政改革(宝暦改革)を推進した立役者、行政と司法の分離を行ったり、「むち打ち、島流し、所払い、死罪」という刑罰に刑務所を作って受刑者を収容し、仕事をさせて出所時に更正資金として与えた。更正ということを考えている。

江戸時代から昭和時代の間に生きた先人の一言。現代にも十分通用する不変の真理が含まれているように思う。この一言で胸に突き刺さるものもありますね。特に無名で人知れず生きてきた人の中にも凄い人がいます。読んでいて感動を与えてくれる珠玉が散りばめられています。時々読み返すのもまた楽しいものだと思います。

本書より
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目次
はじめに
小早川隆景――決断
曽呂利新左衛門――寵愛
島井宗室――不言
鍋島直茂――後悔
水野勝成――気概
江村専斎――程々
鹿野武左衛門――落語
安東省庵――虚心
津軽信政――洞察
徳川吉通――仁政
細井広沢――芸道
中根東里――清貧
穀田屋十三郎――互助
牛田権三郎――相場
加賀千代――独身
宇佐美恵助――直言
近松茂矩――諜報
細川重賢――撫民
三浦梅園――合理
堀勝名――法律
細井平洲――人選
慈雲――浩然
徳川治保――茶事
田中玄宰――政治
司馬江漢――悟道
塙保己一――一途
只野真葛――寛容
大槻玄沢――徹底
松平定信――公開
渡辺崋山――商売
有馬頼永――堅物
島津斉彬――人材
黒沢庄右衛門――処世
佐藤一斎――教化
緒方洪庵――毅然
日柳燕石――国境
橘曙覧――正直
横井小楠――学問
本間玄調――仁術
安井息軒――役人
西郷隆盛――卑怯
山岡鉄舟――借金
浜田彦蔵――文明
栗本鋤雲――衛生
陸奥宗光――不屈
坂本直――龍馬
勝海舟――行革
大橋佐平――時機
正岡子規――試験
イザベラ・バード――子供
手代木勝任――暗殺
長岡護美――雷同
橋本雅邦――画道
小村寿太郎――国民
山路愛山――読書
秋山真之――進歩
板垣退助――世襲
森村市左衛門――鍛錬
安田善次郎――機運
大隈重信――価値
早川千吉郎――算盤
杉浦重剛――器量
津田梅子――智育
秋山好古――中流
北村兼子――婦人
堺利彦――文章
朴敬元――女傑
馬越恭平――心痛
東郷平八郎――無言
高橋是清――努力
益田鈍翁――健康
小川芋銭――悠然
西園寺公望――大臣
桐生悠々――博愛
大錦卯一郎――稽古
狩野亨吉――相対
島田叡――決然
鈴木貫太郎――能率
小泉又次郎――身分
小平浪平――達観
大河内正敏――味覚
本多静六――幸福
尾崎行雄――選挙
相馬愛蔵――叱正
小林一三――結婚
藤原銀次郎――雇用
山本玄峰――心眼
柳田国男――教育
山梨勝之進――交渉
内田百けん――教養
徳川夢声――話術
古今亭志ん生――辛抱
岡潔――情緒
新名丈夫――気骨
加藤唐九郎――欲望
松田権六――批評
土光敏夫――会議
寺田栄吉――予算
謝辞
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