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名残の夢 蘭医桂川家に生まれて

書名:名残の夢
   蘭医桂川家に生まれて
著者:今泉みね
解説:金子光晴
発行所:平凡社
発行年月日:1972/8/20
ページ:276頁
定価:不詳

将軍家ご典医の桂川家。著者はその七代目当主、桂川甫周の娘。安政二年に生まれ、昭和12年に83歳で亡くなっています。彼女の幼少時代の幕末と、幕府「瓦解」後の明治初年の様子を思い出を語るという感じで当時を語っています。ご典医の桂川家の禄高は低いが権威は高かった。その暮らし向き、そして上品で優しい語り口は凄いのひとこと。今でもこれだけ優美で心優しい語りを出来る人はいないと思う。

滲め出てくる教養、賢さが心地よい。幕末明治初年のタイムトラベルに連れて行ってくれます。また当時の著名人(教養あふれる人々)との何気ない付き合い。そんな中で育ってきた著者の目はやっぱり確かに世の中をしっかりと見つめています。明治政府になって大宣伝した文明開化、西洋賛美の維新政府のそこの浅さがはっきりとわかる文章です。

当時の維新政府の人間達の営みと落ちぶれた蓮の幕臣たちの極端な差がはっきりと判って面白い本です。維新政府にすべて否定されてきた江戸の暮らし、日本人の暮らしを彷彿されて、江戸の良さが書かれています。「名残の夢」という名文です。普通の言葉で江戸のことを淡々と描いている。そこに黙って明治のだらしなさがまた淡々と描いてある。とってつけた西欧化、洋式化。福沢諭吉の背中に負われながら過ごした子供時代。その背中から感じたこと。いろいろな著名人が彼女の前を通り過ぎていった。それもご典医の桂川家という政局とは少し離れた位置にあった家。幕臣も新政府の役人も集まってくるそんなサロン的な場所での出来事、話題など非常に興味ある話が綴られています。それも上品な言葉遣いでなかなかの名作です。

江戸時代は本当に日本人が日本人らしかった、また世界のどこにもない日本文化が花開いていたということを知ることができ、いままでの戦後教育では知ることのなかった江戸への強い郷愁を感じました。どうも明治維新後の近代日本より、敗れたとされる江戸時代の文化、社会の方がとても豊かな感性が感じられる。江戸回帰ではないけれど、明治時代は3流の政治・経済・文化?がよくわかる本だとおもぅ。それも声高にイデオロギーで叫んでいるのではなく、日頃の暮らしを綴るだけでそれがビシビシと胸を打つ。静かな郷州、残影を垣間見せてくれる。