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山本周五郎 作品集二 「菊千代抄」「その木戸を通って」「ちゃん」

山本周五郎 作品集二 「菊千代抄」「その木戸を通って」「ちゃん」
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書名:山本周五郎 作品集二 「菊千代抄」「その木戸を通って」「ちゃん」
著者:山本周五郎
発行所:
頁数:149ページ
発売日:
定価:99円 Kindle版

山本周五郎は「文学には“純”も“不純”もなく、“大衆”も“少数”もない。ただ“よい小説”と“わるい小説”があるばかりだ」を信念とし、普遍妥当性をもつ人間像の造形を生涯の目的とした作家で、時代小説を中心に沢山の作品を残しています。
その作風は今なお古臭さを感じさせず、繊細に描かれた人の心の機微や人情に、思わず笑わされたり、胸を打たれたりする魅力に溢れています。そんな作品「菊千代抄」「その木戸を通って」「ちゃん」の三編が収録されています。

「菊千代抄」
牧野越後守貞良の第一子として生まれた菊千代は、実は女の子、でも本人は少しも知らず、男として育てられる。この家では女の子を男として育てると、後に男の子が生まれるということを信じて何代にも渡って行っていた。十五歳の年の晩秋、菊千代は乗馬の最中に失禁した。だが、それはただの失禁ではなかった。吐き気や腹の痛みを伴ったそれは、菊千代が女であることを示すものだった。十五歳になって本当の事を知った菊千代は分封をして貰って、8000石の領主として、男として生きていくことにしたが、

「その木戸を通って」
許嫁ともえが正四郎の家に女がと。家人は正四郎に会いたいと名を言い訪ねて来た。と言う、だが顔も見知らぬ女だった。また本人も正四郎のことは知らない。自分がどこから来てどこへ行くのかも判らなかった。許嫁のともえは道で会うも知らん顔をするようになる。追い出そうとするが、何も判らない女を哀れに思い、止めておくことにした。名を「ふさ。として様子を見ることにした。
挙措が優雅で字も上手 正四郎は家格もたいした家でもないので嫁選びに干渉する親戚もいるわけで無し、父にもそつなく気に入られるふさを嫁として迎え、子をなして穏やかに暮らしていたが、ときたまふさは過去を思い出すそぶりをみせる。・・・・
ところが、子供がすくすくと成長して三歳になった時、ふさは何処とも知れず行方が分からなくなってしまった。必死で探しても、何処にも見つからない。
彼女は昔の記憶が蘇った時に、幸せな今が見えなくなってしまったのだ。過去からきた女は過去へ旅立った。

「ちゃん」
重吉は、『五桐火鉢』(桐の胴まわりに、漆と金銀で桐の葉と花の蒔絵をほどこした)を作る職人です。手間がかかる上、長持ちをしすぎる、かっては珍重品でしたが、最近は流行の移り変わりで注文も激減しました。給金も段々少なくなってきました。実入りも減る一方とあっては、飲まずにいられなくなりました。給金が入ると酔ってクダを巻き辺り構わずわめきちらす、評判の駄目男で通っていた。

「おれは腕いっぱいの仕事をする、まっとうな職人なら誰だってそうだろう、身についた能の、高い低いはしょうがねえ、けれども低かろうと、おらあ、それだけを守り本尊にしてやって来た。」

妻のお直と、四人の子供に貧乏暮らしを強いざるを得ませんでした。なんとか家族に良い暮らしをさせてやりたいと思い、願ってはいるが、やることは勘定日には酒を飲んで、夜中にくだをまき長屋に戻って来ます。それ以外の日は、素直でやさしい父親です。そのことを、長屋の住人、家族は分かっており、暖かい眼で見守ってます。

(「銭なんかない、よ」と、重吉がひと言ずつ、ゆっくりと言う、「みんな遣っちまった、よ、みんな飲んじまった、よ」)

この飲んだくれの重吉を迎える家族の台詞が凄く言い。こころに響く。そしてラストシーンでは

「おめえたちは、みんな、ばかだ。」
すると子供たちは、
「そうさ、みんな、ちゃんの子供だもの。」


作品集一の「おたふく」です。昨日「その木戸を通って」と間違えました。

「おたふく」
貞二郎は腕こそ一流の彫金師だが、ひどく酒好きでついには仕事場でも赤い顔をしている始末だった。師匠の来助もたまらず小言をいうが、貞二郎は「私は酒を飲みだしてから少しましな仕事が出来るようになった」と言い張る始末。確かに腕は上がっているものの、仕上がる数は少なくなる一方で、来助は大いに悩んだ。腕だけでは無くその人の良さを知っていただけにどうにかして身を立ててやりたいと思ったのである。そこで妻のおそのと相談して、嫁を持たせようと決めた。
おしずを嫁に迎えた貞二郎は、世話焼きで素直で、そのうえ女らしい艶っぽさも兼ね備えている彼女のことを愛おしく思うようになる。年は三十六で自分のことをのろまのおたふくだと卑下するおしずだったが、人のことは全く悪く言わないのが、ますます貞二郎の心を動かし、新しい仕事の誘惑にかられ出すのだが……