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深重の海

書名:深重の海
著者:津本陽
発行所:新潮社
発行年月日:2006/2/25
ページ:470頁
定価:629 円+ 税

和歌山県太地町、鯨漁で有名なところ。慶長以来400年の歴史ある鯨漁、明治11年12月24日熊野灘に沖に現れた1頭の巨大な背美鯨に、勢子舟16艘、持双舟4艘、樽舟5艘、山見舟1艘など300人が乗り込み、発見、追跡、格闘して行く様子でストーリーが展開する。主人公は背古孫才次。村を挙げて1頭の鯨に立ち向かっていく。牛200頭分の肉を持つと言われる背美鯨に対する彼等の舟も装備も誠に微少ななもの。巨大なものに微少なものが立ち向かう。

立ち向かわざるをえないところに悲劇的な根底が象徴されている。巨大な背美鯨を仕留めたけれども嵐に遭遇して漂流してしまう。壊滅的な犠牲者を出してしまう。ペリーの来航の目的は鯨漁の寄港地確保。世界の鯨漁はどんどん大型化、広域化している時代、昔ながらの漁法で鯨を捕っている太地村の人々に次々と苦難が襲ってくる。

孫才次の祖母のいよの言葉「ずっと昔から、鯨を捕って生きた。それは親様がそうせえと教せてくれなはったからじゃ。鯨はわしにくわれて成仏せえちゅうて、取ったらなんまんだぶと拝んだら、それでええんじゃ。殺生の罪は、それで親様がゆるしてくれる。」ここに西洋諸国が唱えている捕鯨反対運動、動物愛護と太地の民が抱いていた鯨への思いの絶望的な違い。これはおいそれと埋まるものではない。

「たとい罪業は深重なりとも必ず弥陀如来はすくいましますべし」蓮如

方言で書かれた小説ですが、自然描写といい、海の様子、人々の活動これは方言でないと判らない。言葉=自然がよく分かる。要約すると今まで続いてきた鯨漁の伝統の衰退期の太地の人々の物語といってしまえば簡単ですが、そこに深い深いものがある。1ページ目を読み始めるとついつい引き込まれてしまうそんな小説です。津本陽の傑作ではないかと思います。