書名:逆説の日本史 13 近世展開編
江戸文化と鎖国の謎
著者:井沢 元彦
発行所:小学館
発行年月日:2007/7/1
ページ:353頁
定価:1600 円+ 税
井沢元彦の逆説の日本史シリーズ13弾ようやく江戸文化まできました。かつては頼山陽、徳富蘇峰は通史を書いていた。しかし今の歴史学会は専門が分化しすぎて重箱の隅を深く深く、例えば徳川家康でも子供の人質時代と江戸に幕府を開いた後では専門が違ったりして、たった一人の関連する歴史すら通して研究されているとは言い難い。それに比べて井沢の試みはなかなかおもしろい。古代から通史を一人で書いている。
今回の時代普通「鎖国」という言葉でひとくくりにされる時代。でも幕府は一度も「鎖国」という宣言も令も出したことがない。「伴天連追放令」・・キリスト教禁教令、海外渡航禁止令この2つを出しただけ、それが幕末黑船がくると「鎖国」やめて開国を!となってくる。秀吉の時代やってきたイギリスの船員が口を滑らせてしまった。「我々はキリスト教の宣教師を先に派遣して、民衆に改宗させてその国を植民地、支配するためにやってきた」と。これは南アメリカなどをみれば当たり前のこと。キリスト教は植民地支配、征服の役をかっていた。このことを知りながら、秀吉、家康は貿易という利益と秤にかけながら南蛮諸国と付き合っていたが、家光の時代になると段々ほっておけなくなってしまった。
徳川家康の時代は信長、秀吉の拡張時代ではなく緊縮時代、嫌われものになっても武士をリストラして、規模の縮小をしないと幕府がやっていけなくなった。また武断(人を殺すことは正義)の時代から文治(平和が正義)へそれが完成したのが家綱の次の綱吉の時代。バカ殿と評判の悪い綱吉だが、井沢は綱吉は名君という見解をとっている。儒教の影響についても面白い見解を見せている。水戸学は朱子学を日本流に発展させたもの。徳を失った天皇家が政権を持てなくなって、徳川が政権を持ったことは少しも不思議なことではないという理屈をつくった。これが幕末には徳を取り戻した天皇家が政権を取り返すのは不思議なことではない。ということで大政奉還に。これも自ら徳川の首を絞めてしまった。これも皮肉なこと。
日本には何故上流階級と下流階級のはなし言葉、アクセントなんかは違っていない。イギリスなどは全く違う。「マイフェアレディ」などは下流の女の子のアクセントを直す話なんか出て来るが、日本では殿様も農民もアクセントは変わらない。何故?実は能、と謡に秘密があると。歌舞伎は誰でもすぐ出来るものではないが、能は型が決まっているのでそれなりに入りやすい。その時の謡が一般民衆にも普及したことによってアクセントが一緒になった。
もともと万葉集(防人、貴族、天皇の歌が集められている)をはじめとして日本は意外と平等社会。茶の世界に平等思想を植えつけたのは村田珠光(皮革商人)がお茶の席ではみな平等と。切れ切れによむ歴史でなく通して読める歴史書です。次が楽しみです。