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胡蝶の夢

書名:胡蝶の夢(一)
  司馬遼太郎全集40
著者:司馬遼太郎
発行所:文藝春秋
発行日:2000/9/20
定価:3,429円+税

書名:胡蝶の夢(二)
  司馬遼太郎全集41
著者:司馬遼太郎
発行所:文藝春秋
発行日:2000/9/20
定価:3,429円+税

江戸末期に生きた医師松本良順、島倉伊之助、関寛斎の3人が主人公の物語。江戸から明治に変わる激動の時代を生きた島倉伊之助のとぼけた純情さ(いつまで経っても幼児がそのまま大人になったような)、しかしオランダ語、英語、フランス語、ドイツ語などの語学を習得する能力は抜群勿論漢語はいう間でも無し、英語をオランダ語に訳しながら漢語で言葉を作ってしまう。それに比べて人と人のつき合いは全くダメという人を、良順は贔屓にするまた関寛斎も同類。長崎での蘭学をオランダ人医師から教えて貰うときには伊之助が通訳になって、日本人受講者に再講義する。西洋の知識、思想をどん欲に吸収していった先人の生き様が見えてくる。時代が人を作るのか?人が時代を作るのか?激動の時代を時代に翻弄されながらもそれぞれ自立しながら生きていた人々が見えてくる名作だと思う。司馬遼太郎節にちょっと騙されそうになるところがまた面白い。

これは胡蝶の夢ではないがこの全集の中に入っている短編に、いままで気になりながら良く分かっていなかったものがわかるようなヒントがあった。
 例えば佐藤ハチロー(佐藤紅緑の長男、佐藤愛子の兄)は人間としてはまったくできの悪い人間、愛子によればどうしょうもないだらしのない男だとか。ところがハチローの作る詩は天才的。『ちいさい秋みつけた』『リンゴの歌』『長崎の鐘』などなど人に感動を与えずにはおかない作品が多くある。下記のようにある意味、佐藤ハチローも詐欺師的な部分を多く持っていたのかもしれない。こんな目で見ていくと今まで良い作品と言われていた作家、作詞家、音楽家なども違った視点が有るのかも知れない。
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「有隣は無形にて」短編より
富永が天性のうそつきであることは、漢詩が巧であることもその証拠のひとつだった。こういう言い方は多分に誤解を招くおそれがあるが、漢文、漢詩というのは頭からうそを書く詐欺漢の心情をもってつくってゆけば、多少の詞藻の持ち主なら水準に近い作品が仕組み上がっていくという文学的分野である。
----(略)
日常の生きた言語、心情の通わぬ古代言語を詩文においては用いるため、そこに作者の本音や良心を当人でさえ気づかぬほどの自然さで麻痺させることができるという都合のいい断絶が生じる。あとはうその技術である。
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*富永:富永有隣