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睡蓮の長いまどろみ

書名:睡蓮の長いまどろみ(上)
著者:宮本 輝
発行所:文藝春秋
発行年月日:2000/10/20
ページ:278頁
定価:1429円+税

書名:睡蓮の長いまどろみ(下)
著者:宮本 輝
発行所:文藝春秋
発行年月日:2000/10/20
ページ:284頁
定価:1429円+税

「与えられた場所から始めなくて、どこから始めるんだ」(本書より)計量器を作っている機械メーカーの開発設計部門に勤める世良順哉は妻の津奈子とヨーロッパ旅行中イタリアの小さなアッシジという田舎の村を訪れた。目的はある女性を探すこと、その女性は医師夫と身寄りのない子どもたち、不登校児童たちのための施設を運営して、社会に巣立てるような支援を行っている。夫が亡くなって年に一月だけこのイタリアのアッシジに静養のため滞在しているという情報を雑誌で知った。
生まれたばかりの順哉を残して去っていった森末美雪という女性を訪ねて、「自分はあなたの生んだ息子だ」と告げるためだった。でも美雪に会うことは出来たが、本心を告げることもなく帰って来た。

順哉が生まれてすぐに「違う生き方をしたくなった」「10人の私、100人の私、3000人の私」を生きて行きたいと謎の言葉を残して、一方的に夫世良庄平に別れ告げて出て行った。庄平が再婚した後、森末という医師と結婚して、病院の運営と森末村という施設を運営をしているということは父親の庄平から聞いていた。そして美雪が悪いのではなく自分が悪いのだと美雪を庇っていた。

ある日、仕事中に、いつも使っている喫茶店からコーヒーの出前を持ってウェイトレスが来た。コーヒー10人分の注文だった。ところが社内には出前を頼んだものがおらず、どうやらたちの悪い悪戯だっと判った。ウェイトレスは世良順哉の目の前でビルから飛び降りてしまった。飛び降りる直前、ウェイトレスは笑顔で「さよなら」と言った。

世良順哉の運命のミステリーをゆっくりとした展開で、少しずつあらわにしていく家族愛と人間愛、そしてミステリー、過去の謎を追いかけるそんな物語です。キーワードが睡蓮。この物語の中でも睡蓮と蓮が混在して覚えている人が出てきた。ハスもスイレンも同じだと思っていると。母親美雪もやっぱり睡蓮の事を蓮だと思っていた。生まれてすぐの世良順哉を連れて近くのお寺で、住職から因果倶時(ぐじ)」を聞く。この考え方が根底にこの言葉が流れています。
『蓮は、花と実を同時につけることから、仏教では原因と結果が同時にある意味をさす
「因果倶時(ぐじ)」の比ゆを表す。』
なかなか含蓄のある言葉です。ゆっくり味わいたい作品です。