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本に出会う

約束の冬

書名:約束の冬(上)
著者:宮本 輝
発行所:文藝春秋
発行年月日:2003/5/30
ページ:419頁
定価:1600円+税

書名:約束の冬(下)
著者:宮本 輝
発行所:文藝春秋
発行年月日:2003/5/30
ページ:362頁
定価:1600円+税

父が凝りに凝って建てた家が完成して引っ越しをして3日過ごして、ドイツで交通事故で亡くなってしまった。母と氷見留美子と弟亮はこの家に12日過ごしただけ、引っ越しした。その12日の間に家の近くで高校生の少年から留美子は手紙を受け取る。中にはこんなことが書いてあった。

「空を飛ぶ蜘蛛を見たことがありますか? ぼくは見ました。蜘蛛が空を飛んで行くのです。十年後の誕生日にぼくは二十六歳になります。十二月五日です。
その日の朝、地図に示したところでお待ちしています。お天気が良ければ、ここでたくさんの小さな蜘蛛が飛び立つのが見られるはずです。ぼくはそのとき、あなたに結婚を申し込むつもりです。須藤俊国」-約束の冬-より

気味の悪い内容にすぐに捨てるつもりだったが、父の事故の処理、引っ越しなどに紛れてそのままになっていた。そして父の建てた家を売れないまま、10年後またその家に住むことにする。

氷見留美子と彼女の向かいの家に住む会社社長・上原桂二郎のことが章ごとに交互に入れ替わって描かれている。10年前の約束を巡ってストリーが展開していく。岡山県総社市、北海道小樽、大分、和歌山県新宮、京都祇園の料亭、銀座の高級日本料理店、軽井沢、台湾を舞台に年齢も性格も違う二人を中心に展開している。そしてこのストーリーに出て来る人はいずれも今の日本にはいない。見本にしたい人を想定している。大人の趣味が随所に出てくる。何十木のぬくもり、葉巻、そして、旬の食材を使った高級日本料理の数々。温度や香り、味わいまでもが伝わってくるような巧みな描写、深い教養のある物語として描かれている。

本書より
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徒然草第百五十段原文
 能をつかんとする人、「よくせざらむ程は、なまじひに人に知られじ。内々よく習ひ得てさし出でたらむこそ、いと心にくからめ」と常にいふめれど、かくいふ人、一藝もならひ得ることなし。いまだ堅固かたほなるより、上手の中に交(まじ)りて、譏り笑はるゝにも恥ぢず、つれなくて過ぎてたしなむ人、天性その骨なけれども、道になづまず、妄りにせずして年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位にいたり、徳たけ人、に許されて、ならびなき名をうることなり。

天下の物の上手といへども、はじめは不堪のきこえもあり、無下の瑕瑾もありき。されども、その人、道の掟正しく、これを重くして放埒せざれば、世の博士にて、萬人の師となること、諸道かはるべからず。

現代訳
芸能を身につけようとする人は「よくできないような時期には、なまじっか人に知られまい。内々で、良く習得してから人前に出ていくようなのこそ、まことに奥ゆかしいことだろう」といつも言うようであるが、このように言う人は一芸も習得することができない。まだまったくの未熟なうりから、上手の中にまじって、けなされても笑われてでも恥ずかしいと思わずに、平然と押しとおして稽古に励む人は、生まれついてその天分がなくても、稽古の道にとどこおらず、勝手気ままにしないで、年月を過ごせば、芸は達者であっても芸道に励まない人よりは、最後には上手といわれる芸能に達して、人望も十分にそなわり、人に認められて、比類のない名声を得ることである。

世に一流といわれる一芸の達人といっても初めは下手だという噂もあり、ひどい欠点もあったものである。けれども、その人が、芸道の規律を正しく守り、これを重視して、気ままにふるまうことがなければ、一世の規範となり、万人の師匠となることは、どの道でも、かわりのあるはずがない。