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春の夢

書名:春の夢
著者:宮本 輝
発行所:文藝春秋
発行年月日:1991/7/30
ペーはジ:325頁
定価:1429円+税

なき父が残した借財、母と大学生哲之、父が振り出した手形を持ったやくざものが追いかけてくる。母は小料理屋に住み込み、哲之は別のアパートを大阪市郊外に借りる。アパートに引っ越しした日に奇妙な出来事に出会う。大家が電力会社への手続きを怠ったため、真っ暗闇の中帽子を掛けるために、柱に釘を打った。翌日よく見るとそこには蜥蜴が生きたまま釘に貫かれていた。釘を抜くことも、殺すことも出来ない哲之は、蜥蜴をキンちゃんと名付けて奇妙な同居を余儀なくされる。大学生哲之の支えは可憐な恋人とキンちゃん、苦悩と激しい情熱を1年の移ろいに描く青春の一こま。お金はない、暇もない、実力もない、でも情熱と若さは一杯ある。

本文より
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「俺はこんな説教めいたことを言うのは好きやないけど、ちょっと気障な遺言や思うて聞いといてくれ。人間には、勇気はあるけど辛抱が足らんというやつがいてる。希望だけで勇気のないやつがおる。勇気も希望も誰にも負けん位持ってるくせに、すぐにあきらめてしまうやつもおる。辛抱ばっかりで人生何にも挑戦せんままに終わってしまうやつも多い。勇気、希望、忍耐。この三つを抱きつづけたやつだけが、自分の山を登りきりよる。どれひとつが欠けても事は成就せんぞ。俺は勇気も希望もあったけど、忍耐がなかった。時と待つということが出来んかった。自分の風が吹いてくるまでじっと辛抱するということが出来んかった。この三つを兼ね備えている人間ほど恐いやつはおらん。こういう人間は、たとえ乞食に成り果てても、病気で死にかけても、必ず這い上がってきよる」(178頁より引用)