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花渡る海

書名:花渡る海
著者:吉村 昭
発行所:中央公論社
発行年月日:1985/11/10
ページ:342頁
定価:1200円+税

1800年代の初め、大坂から江戸に新酒を運ぶ千石船に水主として乗り込んでいた久蔵は、大坂を出航して潮岬を過ぎた頃から暴風雨に襲われ船は難破して舵を失い。帆柱も切り倒され海の藻屑の如く漂流を余儀なくされた。ただ波、風任せの漂流生活2ヶ月。雪と氷に覆われた島影を発見して上陸。上陸して周囲を見渡してみても人が住んでいる気配はない。余りの寒さに次々と仲間が凍死していく。久蔵も雪の塊に押し潰されて窒息しそうになったり、足が重症の凍傷になったりした。

もう死ぬしかないと諦めたときに、ロシア人を伴ってきた仲間に発見されて一命を取り留めた。八丈島と思っていた島はカムチャッカ半島だった。ロシアの医師に久蔵の足の治療(左右の足の指を何本か切断する手術)をして貰って傷が癒えようとしている頃、日本に送り返してくれることになった。(先に日本で捕まっているロシアのゴロヴニン少佐との交換条件として)でも完全に治療が終わっていないので船の中で死ぬ怖れがあるということで、船に乗った医師に追い返されしまう。

仲間は久蔵を残して日本に向かっていく。一人残された久蔵はロシアに棲み着いて日本語教師にさせられようとしたが、ゴロヴニン少佐の交換交渉は失敗して、再度久蔵との交換を行うことになった。このとき高田屋嘉兵衛の活躍でゴロヴニン少佐がロシアに帰ることが出来た。また久蔵は日本に帰ることが出来た。2年の歳月がたっていた。しかし理由の如何を問わず国外に出たものは厳しい罰則が待っていた。安芸の国以外に出てはいけない。ロシアであったこと。経験したことなどは口外してはならない。郷里に戻った久蔵は一生安芸の国で貧しい生涯を終える。

ロシアにいた時代に足の治療してくれた医師ミハイラに天然痘の予防接種の方法を学び、一緒に村々を回って子どもたちに予防接種をした。そして帰国のときに牛から採取した種痘菌、メス等の道具を持って帰って来て、函館の役人、江戸の役人、安芸の国の役人に強く疱瘡の予防接種を進めるが誰も取り合ってくれない。日本で最初に種痘が行われたとされるときより25年も前の事だったとか。「花渡る海」の花とは天然痘の予防接種をして1週間後に腕にできるかさぶたの事である。それが花が咲いたように見えるので花と呼ばれたらしい。歴史の影に埋もれた一人海の男の波乱万丈の生涯を描く長編です。