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マンハッタン計画 プルトニウム人体実験

書名:マンハッタン計画 プルトニウム人体実験
著者:アルバーカーキー・トリビューン編
   アイリーン・ウェルサム
訳者:広瀬隆   
発行所:小学館
発行年月日:1994/12/1
ページ:366頁
定価:1748円+税

94年ピューリッツァー賞受賞作品。米国地方紙の記者が7年の歳月をかけ空軍機密文書の「謎の記号」を追跡。原爆開発に奔走していた1940年代のアメリカ。その過程で18人の一般市民に対し、プルトニウムを注射するという人体実験が行われていた。「戦後最大のスキャンダル」として全米を揺さぶる「国家の犯罪」追跡の全記録。

1945-47年、原爆開発のマンハッタン計画の一環として、プルトニウムの毒性や体への吸収率を調べるための人体実験が行われていた。ニューメキシコ州の地方紙アルバカーキー・トリビューンのアイリーン・ウェルサム記者が1987年に知り、6年がかりで被験者18人のうち5人の氏名・経歴などを突き止め、1993年11月に報じた。その後17人までの氏名・経歴などがわかった。7年に渡る追跡の記録です。人間の尊厳、人格、科学者の倫理を思わず問いかけたくなる内容です。

マンハッタン計画というと広島・長崎の原爆を開発した計画として知られているが、放射能の危険性を十分知りながら原爆製造に関わる作業員たちの健康被害。開発者たちの健康被害などの影響を知るため一般市民に対して人体実験(プルトニウムを末期患者に注射する)を行う医療班チームもその計画の中にあった。

最初に「ロバート・オッペンハイマーの手紙」が紹介されている。放射能で食品を汚染させて50万人を殺す(当時敵国日本を対象とした)計画についてショッキングなことが書いてあります。ナチのユダヤ人虐殺、731部隊等を思い起こす事件です。当時マンハッタン計画はノーベル賞学者など権威といわれた人たちを集めて、また政財界がこぞって支援した一大国家プロジェクト。そこに出てくる登場人物たちの軌跡をおっていくと巨大な闇に突き進んでいく。これは戦後直後の話ではなく現在も脈々と続いていることだと感じる。

「人を殺すことには痛みを感じないが、自分たちが犠牲になるようなときには逃げ出すような人間の科学論が、核実験と原子力の特徴である。」と解説している訳者の広瀬隆の言葉も今読み返してみると重みがある。”戦争中の狂気”といえない。戦後も同じ人間たちがさらに危険な冷戦、罪もない人たちの死を踏み台にして巨額の利権を操っていた。そして原理力発電の安全論にも同じ構図を見ることが出来ると思う。東電福島第一事故と重ね合わせて考えてみると見えてくるものが違ってくると思う。

本書より
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<ロバート・オッペンハイマーの手紙>
一九四三年五月二五日
イリノイ州シカゴ-シカゴ大学冶金学研究所

エンリコ・フェルミ様

放射能で食品を汚染させる問題について報告します。私はすでにいくつかの作業を進めています。また、エドワード・テラーが、あなたの直面している問題について話してくれました。

私がワシントンにいた時ですが、参謀総長がコナントに、放射性物質を軍事的に利用する方法について報告書をまとめるように言っていることを知りました。またコナントは、その報告のために資料を集めていました。そのため私は、グローヴスの承認を得て、有望と思われるその利用方法について彼(コナント)と話し合いましたが、具体的なことについて二、三説明した上で、その規模についての考えを述べました。私がそこで問題にしたのは、これを進めるにあたって、積極的に取り組むのか、それとも二義的に考えるのか、ということでした。

私とコナントが一致しているのは、消極的な態度では現実的に有効な手段をとることができないだろう、ということです。そこで私は、コナントの報告書のなかで、この作戦を優先するよう、政策上の問題を提起してもらいました。

この報告書は、ほかの部門からあなたに必ず伝えられるはずですが、マーシャル将軍に直接提出されて、専門的な問題は抜きにしても、承認されることになっています。コナントが一〇日以内にここに来ますので、その時、さらにくわしく問題を議論するつもりです。

私のほうでは、この件をもう少し深くハミルトンと一緒に検討するつもりでいます。これは勿論、生理学的な側面についての議論だけです。

あなたもご存じの通り、彼はすでにストロンチウムについていくつかの研究をおこなっており、そこできわめて有望な結果が得られているようですし、彼は、これらの問題について全精力を傾けたいという意思を明らかにしています。いかなる状況でも、われわれの目的を教えずにうまくやれる、と私は考えていますが、彼に会えるのは、多分三週間ぐらい先のことになるでしょう。

あなたが、この件を誰にも一切話さずに進めてきた苦労がどれほど大変なものか、私にはよく分ります。私などは、何をなすべきかというしっかりした忠告をできるような立場にはありません。

ただ少なくとも一点だけ、放射性化学物質の問題で完全にはっきりしていることがあります。それは、べータ線を出すストロンチウムをほかの物質から分離することです。

この件についてテラーと話し合った結果の印象では、実際の作業現場で分離するには、リモート・コントロールできるように準備が必要だということ以外は、大きな障害はないようです。

われわれがなぜストロンチウムを必要としているかという秘密を、あの膨大な数の人間に気づかれないようにうまくやりとげるにはどうすればいいのか、私には分りません。そこでお尋ねしたいのは、余裕をみて、いつまでにこうした問題を解決しなければならないか、その最終期限について、あなたがどうお考えになっているかです。

絶対に必要だという時までわれわれが実際の作業にかからなければ、あなたの計画の秘密を保ちやすいと思います。あなたがもし、この作業を今スタートするべきだとお考えでしたら、この件を、アリソンとフランクに話して下さい。そして彼らの忠告にもとづいて、絶対必要だというならコンプトンにも相談しなければならないと思います。

これだけの人間が揃えば、多分それ以上、話を広げずに作業をするにも充分でしょう。よく分った人間だけでこのような性格のことを実行しようというなら、ここはほかの場所に比べて、総じてやりやすいところだと思います。つまり研究所の科学者という点です。その反面、ここでは、あなたのいるシカゴのように物事をてきぱきと進めるという点では、充分な態勢がそろっていないように思います。

要点を申しますと、もしできることなら、もう少し計画を遅らせたほうがよいだろうというのが私の意見です(これに関連してですが、五〇万人を殺すのに食べ物を充分に汚染できない場合には、計画を試みるべきではないと考えます。というのは、均一に分布させることができないため、実際に被害を受ける人間がこれよりはるかに少なくなることは間違いないからです)。このように計画を遅らせるのはまずいとあなたがお考えでしたら、ごく限られた二、三人で議論するよう計らってみます。最後になりますが、コナントとこの問題を再び議論して、さらに、できれば幕僚の決定がどうなるか見きわめるまで、その行動は控えるつもりです。

こちらはまったく順調に、ことが進んでおります。あなたが来られた時の楽しく有意義であったことを、みなで思い出しています。六月下旬にもう一度おいでいただき、その時は、仕事とあまり関係のないことも、みなで一緒に語り合えると嬉しいのですが。

心をこめて
ロバート・オッペンハイマー
<出典: マンハッタン計画―プルトニウム人体実験>