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執念谷の物語

書名:執念谷の物語
著者:海音寺 潮五郎
発行所:新人物往来社
発行年月日:2009/6/11
ページ:319頁
定価:667円+税

執念谷の物語、蝦夷天一坊、ただいま十六歳、平将門、西郷隆盛と勝海舟、殿様の限界、西郷隆盛の7つの短編集です。

戦国末期、上州吾妻郡の峡谷地帯に割拠し、遠く血縁で結ばれた土豪たちの中でひとり武勇をもって名を挙げようとした羽根尾輝幸。北条氏、武田氏、上杉氏らに挟まれた地域で常に強いところについて身を守ってきた弱小土豪のひとり。武田信玄が死んだ後、真田正幸の謀略に掛かって悲運の死を遂げてしまう。山峡に生きる男羽根尾輝幸の土地にかけた野心と執念を描いている。(執念谷の物語)

蝦夷地(北海道)松前藩の藩祖とされる武田信広の一代記。こころならずも僧となった清岩が、ある日奥州まで落ちてきた若狭守武田信広を殺してその武田信広に成り代わって、やがて蝦夷に渡ってアイヌのコシャマイン(アイヌの英雄)の乱を平定するという物語。(蝦夷天一坊)

お市の方の娘たち、十六歳の茶々(淀君)の物語(ただいま十六歳)
その他、平将門は別作「平将門」のエッセンスを描いている。西郷隆盛と勝海舟、殿様の限界、西郷隆盛は明治維新の裏、西郷隆盛を話題にした作品。作者は薩摩の出身。子ども頃から西南戦争に参加した人々の話を聞きながら育ってきた。明治政府が作ってきた歴史と違った解釈で育ってきた。その相違点を鋭くついている。また薩摩の人たちは物事を深く追求することは苦手、したがって何故西南戦争になったのか?そんな西郷研究は苦手。

実は戊辰戦争で庄内藩は西郷に助けられたことを恩にきて、西郷のことは薩摩よりも庄内藩(山形県)の方が詳しい。西郷と島津久光は互いに憎しみあるほど嫌っていた。島津斉彰を深く師事していた西郷は、島津斉彰を毒殺したのは島津久光だと信じていた。また坂本龍馬が行ったとされる「薩長連合」「大政奉還」のきっかけは勝海舟。坂本龍馬は独創的な発想はできないが、ちょっとしたヒントをきっかけに行動を起こすことは得意とするところ。

また尊皇攘夷、大政奉還、勤王で天皇を中心とした政治を目指していたものは誰もいなかった。幕藩体制は残す、いや残るものという気で動いてた。でも実態は思いも寄らぬことになってしまった。幕府が倒れてしまった。当時の人はだれも予測しなかった。歴史とは時にばかげたと思えることが起こるもの。その歴史の中に生きている人たちには見えていない。そんなことを感じさせてくれる。この小さな短編集にも海音寺潮五郎の歴史の見方、史観が遺憾なく発揮されている。そして文章が旨い。また教養がある。物語の流れがゆっくりとしていて落ち着いて読み進めることができる。