書名:伯爵夫人の肖像 杉本苑子全集12
著者:杉本苑子
発行所:中央公論社
発行年月日:1998/2/7
定価:3600円+税
大正時代の自由主義恋愛事件のひとつ千葉心中事件を題材に「芳村多満子」という主人公の物語。大正6年3月7日、千葉駅で若い女が列車に飛び込んだ。同行の男は女が死んだと思い、土手によりかかり短刀で喉を突いて死んだ。男は倉持陸助といい、芳村顕正伯爵のお抱え運転手、女は芳村顕正の娘で曾袮寛治の婦人の芳村多満子であった。
この事件を一番最初にスクープとして発表した東京朝日の記者、編集者など芳村多満子とその家族以外は全て本名で書いている。朝日新聞に在席した漱石、正宗白鳥など著名な作家も出てきて大正ロマンの一部を彷彿させる。実際にあった事件を克明に描いている。
この時代、新聞はしばしば恋愛事件を報じた。大杉栄・神近市子の日蔭の茶屋事件(大正6年)、芳川伯爵若夫人の千葉心中事件(大正6年)、白蓮事件(大正10年)など、世間の好奇心をくすぐるような形でそれらの事件は報道された。それは恋愛問題や結婚問題について、婦人が独立の地位を要求し、男性の所有物から抜け出そうとする苦闘だったといえよう。そして「自由主義恋愛」という言葉がどこからともなくこの時代に生まれたようだ。
「芳村多満子」というのは芳川鎌子のこと。
長谷川時雨 芳川鎌子
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